いやぁホント情報化社会だ。情報化による鬱病が多いらしいんですが、人間知らなくていいこともあって知らなくていいことも知って知らないはずのことを知って情報化は一概にいいとは言えないんでしょうが、もう時代の流れだから仕方ない。馬鹿だったり無知なことはある意味では幸せなのかもしれないと情報化時代と言われて久しいわけですが思うわけです。もうケータイでこれだけ情報が取れる時代になればパソコン使わなくても溢れる情報に翻弄されているなぁと感じます。
少し前にインターネット広告がこれからの時代は伸張するみたいな話を聞いた事あるんですが、最近ホントそうなったなと感じるわけです。動画サイトではWEBでCMを流す企業も多くなってきましたがよく見るのは人材関連企業の広告です。これだけ不況で雇用が不安定な時代に転職を勧める広告が溢れているわけです。年収が上がるだの今の仕事で満足?だの多くの凡庸な労働者を惑わす広告が溢れています(笑)
まさに上手い広告だなと思うのです。今、労働者は不満が多い時代です。所得は下がるし仕事はキツくなるし転職したくなる気持ちも多くの人が持っていることでしょう。そこで年収上げましょう、不満があればよりいい会社に行きましょうなど甘い文句で誘う広告は効果あるんでしょうかね。これが車だの食品だの消費目的のもの売ってるならいざ知らず人材関連会社が出す広告には罪も大きいなと感じるところもあるんですけどね。日本人は馬鹿じゃないから騙される人は少ないと思いますけどね(苦笑)
まぁ有り体に言えば所得が下がるのは景気が悪いからです。デフレだからです。経済のパイが拡大してないのに所得が上がるこたぁない。実質GDPが緩やかながら拡大しているのに名目GDPがマイナスになっているというのは政策が完全に間違っているとしか言いようがない気がしますけど、こんな状況でもやれ緊縮財政だ増税だとやっている政府に国民はさほど怒らず、それどころかマスコミの世論調査によれば増税はやむなしと国民の大半が考えているのだとか。日本人ってのは民族的にマゾの資質があると考える以外にどのように考えればいいのか悩む今日この頃です。
いやぁ少子高齢化で社会保障費が増大していく中でこのままじゃ破綻するんだぁ!みたいな話は個人的にはどうでもいいんですよ。そうですか。そうですか。そりゃ大変な話みたいだけどデフレなのに増税して税収が増えるなんてちょっと考えにくいんですけどね。私のような低所得者は大して税負担もないのでと思うのですが、政府が増収になるためには景気回復するしかないし増税しても仕方ないでしょと。政府は復興と増税を同時進行でやろうなんてキチガイじみた政策を実施しようとしてると思うんですが、どうしたことか野田首相はデフレ脱却をしなければと考えてるんだとか。なのに不退転の決意で増税。
誹謗するつもりはないけどあいつは馬鹿だ。ちょっと前まで財務大臣やってたなんて恐ろしくなるんですけど、あれならどっかの経済学部の大学生に財務大臣やらせた方がマシな政策やるんじゃないかとさえ思うわけです。デフレ脱却ってのは要はインフレ誘導するってことですが、インフレにするのに増税が必要だと世界中で考える人がいるならその人は馬鹿のレッテルを免れないと思います。
自民党の西田昌二議員が国会で日本はバブル景気の頃にインフレだったわけだが何が要因でインフレになったかというのを解説してたんですが「日銀が金融緩和をやって政府が積極的な公共事業投資をしていたんだ」と言っていたんです。まさしくそうだと思うんですけど、日銀が金融緩和をやっててもデフレ脱却できないのは、政府が財布の紐を締めくさって公共事業をやらないからだと糾弾していました。民間需要がないんだから政府が財政出動して公共事業投資すべきだと。
赤字が増えるだのなんだの財務省は抵抗するらしいんですけど、政府の財政がどうあれ景気が悪い時には政府が民間の代わりに金使うしかないだろうよ。そうは言っても・・・と言うんでしょうけど財政健全化ってのは税収が増えなきゃ出来ないだろうよ。税収は景気がよくなきゃ増えないんですよ?景気が悪い状態で増税しても追いつかないだろうよ。どうも増税論者とかこの状態で財政健全化を言う人たちはイメージ先行と情緒的な感じがするんだよなぁ
だいたい人ってのは情報に接しても先入観で選別する癖があるし、いくら情報が溢れていようとも自分好みの情報ばかり集めて客観的な判断なんて出来ないんでしょう。情報処理能力が優れていない人たちに多くの情報を与えることが情報化社会による精神病を生むのではないかとネットをしていて感じるのです。小学校で英語を教えるより人としての情報処理を教える方が時代に即しているのではないかなと考える今日この頃なのです。
いやぁ政治の話題って色々あるけど、今国会は増税国会と言われているそうで。もう野田首相は不退転の決意でやると言ってるんだけど、その野田が数年前の選挙では「マニフェストに書いてないことはやらない」とかなんとか言ってた過去がありやってる事と言ってた事が違うじゃないかとネットで批判をされているのだとか。
どうもテレビに出ている評論家によれば財務大臣になった奴はどうも増税シンパになるのだとか。そこで財務官僚諸悪の根源説が出てくるわけですが、官僚がロクでもないのは議論を待たないとしても官僚に言い含められるような政治家しか出てこないようじゃなぁ・・・自民党時代はそんな事なかったような気がするんだけどね。麻生内閣のときの今は亡き中川大臣なんかはそうでもなかったような記憶があるんだけど。
人材不足の民主党では仕方ない気もするんだけど、国会やら海外で官僚の助けがなけりゃ仕事が出来ない政治家が大臣やるから官僚に言い含められるんだろうと思うんですけどね。政治主導なんて言ってたけど素人が主導してもらっても困るけど出来るわけも無く結局は民主党は政治主導が出来る政党ではなかったんだということが数年でわかったということくらいしか民主党政権になったことでわかったことがなかったかな。あとは左巻きが権力握るとロクなことがないということかな。
そういえば野田が総理になる時には「民主党の保守を信じて欲しい」とか言ってたな。そんな聞こえのいい事を言ってその場しのぎをするなら俺でも出来そうだ。増税国会も紛糾して無茶苦茶になるみたいだけど、言ってたこととやってる事が違うと言えば「まず復興」と言ってたはずだけど増税しか言わないようになってきたと思うのだが。もう野田政権は支離滅裂だなぁと思うことしきりなわけです。
政治と言うのは背骨がないと話にならないと思いますが、政策は特に経済に関しては時流に即した政策が重要だと思うのですが、どうも政治家は原則論というか理想論というか持論に固執する癖があるんじゃないかと。個人的に小さな政府とか財政健全化は反対しませんけど今の状況で無理押しにやっても上手くいかないだろうと思うのです。デフレ状況で小さな政府志向したり増税したって害はあっても利がないと思うんですけどね。
小さな政府とか財政健全化ってのは大雑把に言うと緊縮財政やるってことでしょ。デフレなのにやっていい政策ではないと。景気が良いからってなら特に問題はないんですけどね。そうは言っても収入がないのに支出を垂れ流すのはマトモな感覚ではないとかっていうのは企業経営とか家計の話であって政府は違うでしょう。デフレ状況では民間に需要が無いんだから政府が積極財政をしてバシバシ支出をしてインフレ傾向に誘導しないとさ。デフレ克服ってのは要するにインフレ誘導するってことでしょ?(笑)
日経だったかな新聞にも出てましたが、アメリカが2%のインフレターゲットを設定したとか出てましたが、あれは要するに2%インフレになるまでFRBが資金供給続けるって話でしょ。世界は当たり前にやってる事をなんで日本がやらないのかと。思うに日本人は国民的に借金大嫌いで家計の安定こそ大人の証みたいなところがあるので、家計や企業経営の感覚で政府財政を考えるからデフレ克服出来ないのだろうと思うんです。マスコミのミスリードもありますけどね。
とにかく景気がよくならないと復興も財政健全化もお話にならないのですけど、どうせ悪くなるなら中途半端に悪くならないで徹底的に悪くなって国が混乱してみないとわからないのではと思っているので駄目なら駄目で徹底的に潰れればとは愛国者としては口が裂けても言えませんがね(笑)自民党が長年政権の座にいたのは幅広い政策があったからだと思うんですね。小泉構造改革みたいなことしたと思ったら麻生内閣みたいな政権も出来るわけですからね。同じ政党の政権だとは思えないです。あれを自浄作用が働いていると言って片付けるのもどうかと思っていて。
あのウイングの広さは日本の国益にならないと個人的には思いますから政党というのは最低でも国家観や外交安全保障政策には一貫性を持っていてもらいたいんです。時流に合ったというか内政については意見の違いがあっていいですしその時々で支持のある政党が政権取ればいいわけで、それが民主主義のあるべき姿ではないかと思うんですけどね。これは国民に受けないからとかで政策をコロコロ変えてりゃいつまでたっても民主主義なり国民の政治に対する関心など期待出来ないなと日頃考えています。だからこそ政権にしがみつこうとする利権政治家は問題があるというのはしかるべき批判だなと思うんですが、他人が儲けている役得をやっかむ批判になっているのが残念で。
民主党はマニフェスト詐欺というかマニフェスト守らないだけじゃなくマニフェストに出てなかっただけでなくやらないと断言した事をやろうとする言語道断政党ですけど、自民党も結党時のマニフェストである憲法改正を党是として掲げない時点で駄目ですけどね。いやぁとにかく日本大丈夫かなぁ・・・大丈夫なんだけど気持ちいい政治家いないな。と一般の人とはちょっと違うんだけど私も人並みに政治に不満を持っている今日この頃です。
日本の雇用ってのはあえて一概に言えば「若けりゃ若いほどいい」ってことだと思うのです。そんなのいくら年齢制限するなとか男が欲しい女が欲しい書くなと言ってみたって企業が欲しい人材は変わらないわけですから意味ないと思います。求人広告に下らない規制を加えても何の解決にもならないというか。逆に応募者が意味の無い応募を繰り返し自信を喪失するだけだと思いますし何がやりたいのかと求人関連の仕事をやっていた頃から感じてました。
これは企業の新卒採用をサポートする仕事をしていた頃に思ったことですが、日本の雇用情勢を変えるには新卒一括採用を廃止することじゃないかと。まぁ企業側にも色々新卒採用のメリットはあるからこそなくらないわけですけど。採用側からすれば、いかに楽に低コストで自分たちの責任を薄めて採用するかが人材採用における課題だと感じていたからです。前にも書きましたが人事部ってのはリスク回避したがる人種だからというのが個人的感想なんですけど。
なぜ人事部がリスク回避したがるかと考えてみれば、人事部というのは失点を補う要素が少ない部署ですから失敗は避けたいと考えるのも致し方なしかなと。利益を生まない部署ですし、自分たちで何かを作る使命がある部署でもないですし。企業内で一番官僚的な部署だと思うのです。だから新卒採用は母集団形成が比較的楽に出来て低リスクで出来るというのが企業が新卒採用を止めない理由としてあるんだろうと思っているわけです。まぁ当たり前の選択と言えば当たり前ですけど。
私が思うに、中途採用はリスクばかり高くて積極的にはなれないところだろうなと。母集団の形成だって今のような不景気であれば良いですが本来は非常に不安定ですし、選考も長引きコスト増にも繋がり、入社後に成果を出さないようなら責任も問われリスクも高い。いいとこない(笑)中小はとはいえ人が足りないので中途募集するわけですけどね。中途面接受けた事のある人はわかると思いますが「この会社はスーパーマンを求めているのか」と感じた事があると思いますが、人事の気持ちを慮れば理解できなくもないわけです。
現実的には、新卒採用は基幹職採用で中途はソルジャー。中途はとっかえひっかえ使うつもりなのですから転職を容易にすべきではないかと。正社員として雇用すれば色々企業としてもリスクが大きいので二の足踏むんでしょうから、3年とかの有期雇用や派遣、契約を活用すればいいわけですが現実もそうなりつつあります。しかし、契約感覚が薄いので気楽に使える正社員もどきくらいの認識しかないのが問題だと思うのです。企業側に色々と期待しても仕方ないと思いますよ。個人的には。
政治がやるべきは、非正規を正規にすることではなく非正規でも生活出来る環境を整えることだと思うのです。非正規だったら人間じゃない。駄目人間という感覚こそ時代遅れではないかと。非正規は不安定というかそれは仕方ないわけですが、雇用契約時にもっと対等に交渉出来る環境を整えるとか契約条項の交渉に弁護士を挟むのを当たり前にするとかすりゃいいんであって。個人事業者扱いにすべきじゃないかと。自由な働き方を志向する人が多くなってきて、そういう働き方が出来る環境の整備こそ急務じゃないのかなと。
非正規は不安定だと。そりゃ不安定でしょ。有期契約なんだから。企業にああしろこうしろと法律を変えるのではなく、現実に即して労働者の権利保護をしていけばいいんじゃないかと。正社員雇え雇えと言っても余計なお世話で労働者にとっても働く場がドンドン狭くなってお互いに利益ないし。大企業はどうでもいいけど中小なんて法律改正あっても守れないんだから、中小の労働者が恩恵を感じられる改正じゃないと意味ないんだよな。大企業は労組もあるし、まぁどうでもいい。
でも中小は会社が社労士囲ってしまったら法改正のたびに社内改悪があるってことが起こり得るんですよね。社労士も食えない人が多いので企業に知恵つけて従業員の不利益になるような助言をして飯食ってる人もいるでしょうし。そういえば安部首相が再チャレンジ社会とか言ってたような気がしますが、労働者寄り政権であるはずの民主党はそんな事言いませんな。あ、民主党は労働貴族専門でしたっけ。労働者の利益代弁政党ってイデオロギー政党しかないのが日本の不幸かなと思っておるところですが、とりあえず新卒一括採用は見直すべきではないのかなと思う次第です。
厳然たる事実ですが新卒ってある種の特権ですからね。スキルもないのにスキルに見合わない待遇で歓迎されますから。それを誤解して新卒カードを無駄にしたり、退職して痛い目に合う人が私も含め多いんですが。転職で苦労している私はもう「新卒特権を許さない市民の会」でも作りますかね(笑)職業選択の自由などと言いますが新卒時の話であって現実的ではないなぁ・・・
なんだか近頃は景気が悪いのが常態化してしまって日本はこれに慣れてしまっているような気さえするのです。まぁどこへ行っても景気はとにかく上向く気配は無いなんて話をよく聞きます。雇用の回復やらなんやら色々困った問題もありますから、景気回復しなければならないわけですが野田首相率いる政府は増税をやると言って景気回復には興味がないようで困ったもんです。
日本はデフレ経済下にあると言われて久しいですが、デフレ克服が最優先だ!と何人かの政治家や評論家が言っているの聞いたり読んだりしますが、まさにそうだなと。物価の下落が続けば景気にいい影響はないですからね。物価が下落すれば所得も減りますし国民の気分も落ち込みますもんね。所得が減るなんてこれほど労働意欲を失うことはないですから。
しかし、野田政権は「増税は不退転の決意でやる」と公言しているわけですが私はデフレ経済下で増税をやることの意味もその効果も全くわからないのです。国民に痛みを強いるだけの効果を狙っているのならわかりやすいですけどデフレ経済下ではインフレに誘導する例えば公共投資であったり積極財政をやるべきだと思うのですが増税をして財政再建をするのだとか。そもそも学生時代にマクロ経済なるものをやらされた記憶を辿るとデフレ経済下で増税をして財政再建ってよくわからないのです。
確か名目GDPと租税収入には因果関係があり、その数値はほとんど連動しているのだと習った記憶があるのです。増税をすると名目GDPを押し下げる効果があると思いますが、名目GDPを下げて税収を上げるというのは政策として成立するのかと疑問があるのです。「日本が財政破綻したら大変だから増税するのだ」という理屈らしいんですが、増税をして租税収入を上げる妙案でもあるんでしょうか。増税は所得の減少を意味すると思いますし名目GDPは下がるとすれば税収は下がるのでは?
国民の痛みは必ず発生しますが、その先に明るい未来があるように思えないのです。衰弱した患者に栄養剤も与えずに痛みの伴う手術ばかり繰り返していては体力の消耗はしても回復は見込めない。どうも増税議論についてかなり懐疑的に見ているのでそう思うのかもしれないのですが、デフレ下で増税って正気の沙汰ではないと思いつつなんとなく「今やらなければ取り返しがつかない!」風な論調を政府もマスコミも言っているのでなんとなく流されている状況は危ないなと。
まぁ日本の財政が健全だとは思いませんけど、財政再建は景気回復の後でも間に合うしそもそも財政再建なんて10年やそこらで終わる問題でもないでしょう。短期的な解決など出来る問題ではないのに今やれば数年後には財政健全化が終わる風な言い方も気に食わないです。即時財政再建論者の人はかなりヒステリックに何かに怯えているように見えるのですが、そもそも政府は借金を持っているものだと考えないんでしょうか。額が異常だと言ってもデフレを克服する際には概ね政府の財政出動が伴う場合が多いと思いますから短期的には赤字が拡大するのは仕方ないのでは?
そもそも経済が成長していれば所得が増える。これ結構常識的で中学生くらいでも分かりそうな事ですが、「もう日本は経済成長など見込めない」などという人でも所得の増加を希望している人は多いわけです。経済規模が変わらない或いは縮小傾向にある状態で所得を増やそうと思ったら他人を泣かせて自分が笑う事を希望しているとしか思えないのです。まぁ最近の日本人はそういう傾向があると思いますけど。競争で勝てばいい。敗れた弱者は淘汰されていけばいい風な日本人が本来持っていないような白人並の道徳観欠如といいますか。
日本は治安がいいと言われますが、日本人だって生きるか死ぬかとなれば暴れるでしょうし経済の混乱は治安の悪化にも繋がると思うのです。競争の結果差が出る事はやむを得ないことと思いますが、だからと言って・・・とも考えるんですが。いずれにしろ今の日本政府の政策は間違っていると思います。デフレ下で増税は狂気の沙汰です。それで景気をどう回復させていくのか野田はその計画を説明すべきですし、増税して信を問うのでは意味がありませんから強行しようとしている増税に国民が理解しているのかを確認すべきです。
何かのテレビだっか雑誌だったか覚えてませんが、ある人が何故デフレが解消されないかという原因に「財務省も日銀もインフレ恐怖症に陥っているからだ」と言ってましたが、それが本当なら日本は未来永劫景気回復しないということになりますよね。だって景気が良いって緩やかなインフレ傾向にある状態のことでしょ。インフレになる事を嫌がっている人たちが更にデフレになる政策を実施しているようです。なのに所得が上がらないだの失業率がだの、こいつらホントに経済わかってるのかなと思わずにはいられないのです。経済学など素人の私が学生時代に片手間のように聞いていた経済学講義から推測できるようなことすら理解できていないのですから。
そりゃ暗い話題しかないよなぁ・・・と落ち込むというか最近は怒りになっているわけです。
もう少し経てば世の中は新生活に突入する。今は季節関係なくリクルートスーツを着た人を見かけるし、新生活だのなんだのは時代に合わないのかもしれないねと思っているところです。もう全ての人が横並びで生活サイクルが決定される時代ではないのではないかなと。当方も学生時代は就職活動をそんなに真面目でないにしろしたし、転職活動は何度もしている。まぁ今もしているわけですけど。
仕事関連でも企業人事の方々と仕事をする機会もありましたし、人事相手に商売してる人たちと仕事したこともあります。なのでだいたい企業の人事というものがだいたいどういうものか知っているつもりなのです。過去に仕事で打ち合わせをした際にある営業担当者が言っていた言葉が忘れられずに今でも覚えています。それは「企業人事なんて大小問わず、だいたい社内で使い物にならない人か奇人変人であることが多い」
まぁその時の会話は確か「人事の人というのは、通常の営業では通じない論理を持っているような気がする」みたいな内容だったと思うのですが、その中で前述の言葉が出てきたと記憶しています。その人はだから「人事相手の商売というのはやり方を変えていかないと駄目だ」みたいなことを言っていた気がします。その時の会話の結論は「人事の人間は言ってしまえば官僚的だから、攻略法さえわかればどこでも通用するから対応をマニュアル化しよう」みたいな話に落ち着いたと思います。
だいたい、就活支援サイトなどに出てくる人事担当者の話というのを見ているとよくわかります。「例えばこういう質問をする。こういう質問はこういう回答が正解です」とか「エントリーシートの書き方で人柄がわかる」とかあくまでもマニュアル化されている中でしか判断出来ない。相手をステレオタイプ化して判断していると言っていいかもしれないです。人事の人と話をしていると膨大な応募者から選び出すには最初はステレオタイプ化していると言われてもそうしてふるいにかけるしかないみたいな事も言っていました。
だから字が汚いとか写真写りが悪いとかそういうのでも、一瞬の印象だけで人柄関係なしに落とされているのが現状でしょう。だからこそ、企業ってのはだいたい色が出るんだともいえますけど。特に大手は似たような人ばっかりですし(笑)要は人柄を見ますってのは"一番企業カラーに近い人を選びます"ということでもあると。その意味で企業研究というのは、その企業の色を理解しその人柄を演じきる能力を養うことと言い換えてもいいかもしれない。
そういう感覚を養うには経験を重ねるしかないので、受けるつもりのない会社でもドシドシ受けて場慣れすることも重要かもしれないですね。あと営業経験から得た事を言うと、決裁権のない奴に何をアピールしても無駄ということです。つまり一次選考あたりに出てくる下っ端に何をアピールしてもあまり意味がないのではと思うのです。一次選考では徹底的に企業カラーに合う人を演じきること。相手の立場になってみれば"こいつを二次選考に進める理由"を上長に説明しなければなりません。二次選考に進める理由を与えてやる事を考えるべきですね。
特に一次選考ではふるいにかけるのが目的ですから、意味がありそうで何の意味もない質問を数多くしてきます。まぁ相手は意味があると思っている場合もあるでしょうが、実に下らない質問をしてくるケースが多く、まともな神経を持っていれば付き合いきれないと思うと思います。だいたいいかにも人を見極めている風な顔をしていますが、ほぼ何も考えてませんし最初の一問二問であらかた合否を決めています。あとは惰性。「下らない質問が続くなぁ」と思ったら落ちたと見ていいです。
手元の資料をわざとらしく手で隠すでしょうが、大手であればほぼマニュアルを見ていると思って間違いないです。質問事項が決まっていてそれにどういう回答をしてくるか。これならOK、これならNGみたいな基準を決めてるんでしょう。まさに相手をステレオタイプ化して判断している。まぁ一次選考では仕方ないかもしれないですね。そもそも人を見る目がない下っ端が出てくるんですから。
大手はだいたい完全に採用はマニュアル化されていると見て間違いないと思います。先にも出ましたが社内で一番仕事の出来ない人たちが集っている部署だと専らの噂ですからマニュアル化も当然です。あと、これは自分が人事部署相手に営業してて思ったことですが他部署の人に比べてリスクを負う事を極端に避けたがる傾向があります。初物には手を出さず安心できるものにしか手を出さないという傾向は強いと感じます。だからマニュアル化、官僚的と言われるんですけど。だから企業は採用にリクナビ、マイナビしか使わないわけです(笑)
だいたい人事の人に話を聞いていて、具体論が出たことはほとんどありません。雲を掴むような抽象的で漠然とした話に終始する。「御社ではどのような学生を採用したいと考えておられますか?」と聞いてもよくわからない。「いい人」とか「能力のありそうな人」とかあまり採用する学生の具体的イメージは持っていないようです。要は印象で決めてると言っていいような気さえしました。就職はお見合いみたいなものとよく言いますがまさにです。だから人事の人ってよく縁があればとか言うしね。縁がないところには能力があろうが熱があろうが入れないみたいです。
中小なんかになると「誰でもいい」と言う人もいたな。辞める事は織り込み済みで大量採用して「ついてこれる奴だけでいい」教育する気もなければ、選ぶ気もない。中小は特にですけど、採る気もない人を面接に呼んで無駄足を運ばせるなんてこともよくしてますしね。そんな感じで企業の採用って結構いい加減だったりするので、落ちたとかでクヨクヨしても仕方ないよって事が言いたかったのです。落ちたことに特に意味がない場合の方が多いわけですし、「非常識だ」と怒られでもしない限り数打つしかないですね。そのうち自分と合いそうな会社は募集広告見ただけでわかるようになりますから。
面接は見られるだけでなく、見ることも必要です。気分の悪い人事ならそんな社風ですし。圧迫面接とか言ってわざと感じの悪い人を演じる場合もあるようですが、そういう会社はだいたい入ってからのストレスも半端ないんじゃないですかね。入る前からストレス耐性確かめるわけですから。圧迫面接が合わないなら合わないでいいと思います。いくつか受けてみて自分が社会生活不適合だと知れるだけでもいいと思いますしね。会社員になるだけが人生でもないしとか無責任な事言いますが、待遇とか仕事内容とか諸々を足し引きしてどこで妥協するかじゃないんですかね。内定出たって続きそうもないところ入ってみてもとか思わないでもないけど若いうちは経験かな。
とにかく入社面接って世の中でもかなりトップクラスのストレス感じる現場ですから、気楽に合わない奴とは合わないくらいの軽い気持ちでやればいいんでないですかね。そもそも人事だから人を見る目があるなんてことはないし、経験から言うと人を見る目がないというか人を見てない人が多いと思いますので。最後に一概には言えないと一応言っときますが、だいたい大手は「マニュアル化」中小零細は「(大卒で)若けりゃ若いほどよくて安く使える人」を基準にしてると思います。仕事で接してきた経験と転職活動してきた経験からの印象ですけど。
人事の人の側に立って話をすると「採用計画は決まっていて、上から言われた人数を採用する。相手のことなんて正直わからないけど、良さそうと思える人を採るしかない」ってことらしいです。選ばれる側からすれば「そんな!」って話ですが仕方ないです。景気がいい時は企業が選ばれようと思って四苦八苦するわけですから。相手も人間ですから、自分の経験値を上回る人とか相手にしたら何がなんだかわからない場合が多いんでしょう。自分以上の嘘つきとかは見抜けませんし。自分の能力に近い人を選んでいると思ってもいいのかも。
こっちも歳食ってくると仕事も選んでられないわけですが、新聞で大卒内定率70%台過去最低クラスとかいうニュース見ても10人に7人は内定取れてんだから、オッサンよりよっぽどいいよ!とちょっと僻んでいるけど無い内定の学生にもちょっとは勇気を与えられる更新をしてみようと思ったエントリー
以下引用
アパグループ第4回「真の近現代史観」懸賞論文優秀賞(社会人部門)受賞論文
「日本は負けていない」~超経験者しか知らない史実~
中松義郎博士(ドクター中松)著
昭和二十年八月一五日正午、その日は天文台によると三十三度で特に暑かった。突然「第二種軍装(夏用麻製仕立)ノ正装ニテ至急整列スベシ」との館内モー
ルス信号で校庭に集合し直立不動で汗を流しながら待つ我々帝国海軍機関学校最後の海機五十八期生(昭和二十年に海軍兵学校と合併)は、最後の帝国海軍将校
生徒として整列しラジオから流れる玉音放送を聞いた。
海軍機関学校の入学試験の体格検査で七十五センチだった胸囲が入校後の猛訓練と猛鍛錬で僅か三ケ月で百四センチになった巨大な胸が歴史上初めての玉音放送に大きく高鳴った。
しかしラジオの雑音が多く、よく聞き取れない。
「本土決戦が近いので頑張るようにとの天皇陛下御自らの激励のお言葉」と全員が受け取った。当時の日本人は全国民が「歴史上敗れたことがない神国日本は最
後には必ず勝つ」と信じており、全国民誰一人として日本が負けるなどと考える者はいなかった。特に軍は全軍士気旺盛だった。
現に私のいた舞鶴軍港は二十四時間軍艦を造るリベット音が絶えず、食糧、武器、弾薬が豊富で、いつでも敵を迎え撃つ準備が連日連夜進められていた。 会
原爆研究については陸軍が東京帝大の仁科博士と理研に開発を依頼した「二号研究」 (海軍は京都帝大と「F研究」)として行い濃縮ウランは海軍が潜水艦で
ドイツから運ぶ手配がされ、出来た原爆の第一弾をハワイに落とす作戦を杉山参謀総長は陛下に上奏したが、陛下は「原爆という非道なものは使うべきでない。
特にハワ
イには日本人が多いので却下する。」となり杉山参謀総長は解任され、東條首相が参謀総長を兼務することになった経過がある。
この様に非人道的爆弾と陛下が認識されていたものを日本に落とされたのだから陛下の衝撃は大きく終戦する一つのきっかけになったと思われる。
しかし杉山参謀総長は、原爆開発を継続したのだ。軍人は戦争に勝つために打てる手を全て打とうとする。しかしそれは陛下の御意向に反しているので原爆を
造って勝っても、原爆を造らずに敵に原爆を使われて負けても、いずれの場合にも杉山参謀総長の責任なので切腹すると誓い終戦直後に切腹した。元来日本は武
士道を基に戦争を行ってきたのである。
陛下は米の原爆に対し非道だと禁じた原爆で応じたのなら「人類の文明が滅亡する」と終戦を御聖断された。米が原爆を落とせば日本もこれに応じて米に原爆を
落とす。このことによって日米の多数の人が死に、この原爆戦争が世界に及び世界中の人が死ぬ。これを防ぐために米が日本に原爆を落とした時点で終戦にされ
たのであって、日本が原爆を落とされたから、または負けたので終戦にしたのではない。日本は負けていないのに終戦したのである。
これを文章にしたのが終戦の詔勅「敵ハ新ニ残虐ナル爆弾ヲ使用シテ 頻ニ無辜ヲ殺傷シ 惨害ノ及フ所 眞ニ測ルヘカラサルニ至ル而モ 尚 交戦ヲ継続セ
ムカ 終二我力民族ノ滅亡ヲ招来スルノミナラス 延テ人類ノ文明ヲモ破却スヘシ斯ノ如クムハ 朕何ヲ以テカ 億兆ノ赤子ヲ保シ 皇祖皇宗ノ神霊二謝セム
ヤ」であって、終戦の理由は負けたからではない、という意味である事を読み取ってほしい。
以下引用
「官僚は犯罪者」は世界の常識 高山正之著
国家に吸いつく寄生虫
役人はこれまで述べてきたように「貪汚」の性質をもつ。利権に群がってタカリを繰り返す。日本という国家に吸いつく寄生虫だ。
彼らに一切のモラルはないから、どれほど職務規程を厳しくしたところで、犯罪行為をする連中はなくならない。後からあとから虫のようにいくらでもわいて出てくる。
仕事をサボって寝ているのは当たり前、汚職をするのも当たり前、「贈収賄」とよくいうが、収賄はあっても贈賄罪はない。贈賄罪で捕まる企業の側はタカられ、金銭を強要される被害者と言うべきだ。
役人がどれほどこの国を汚しているか、あらためて「事件簿」を並べてみる。
巨悪の正体
都市伝説というのがある。ポインセチアを活けたコップの水を飲んだら死んじゃったとか。みんなが信じているもっともらしい話が、じつは真っ赤な嘘だったという類をそういう。
日本にも「じつは真っ赤な嘘」がいくつかある。「官僚は優秀」もその一つだ。戦後日本の復興は官僚の頭脳があってこそ、といわれた。そこが伝説で、彼らのおかげと思われる成果は何もない。逆に日本発の画期的なMPU(マイクロプロセッサユニット)をインテルに取られたり、港湾荷役のでたらめを放置して日本の港を世界の場末にしたり。日本の農業をダメにし、すべての年金を破綻させたのもみんな官僚が無能だったからだ。
ミスター円とか二つ名をもった元官僚が大いに語っているが、中身はびっくりするほどお粗末だ。そんな彼がいちばん優秀というのだから、あとは推して知るべし。天下れば秘書に車付きが相場とは、いかに彼らに過ぎたものか。
都市伝説の二つ目は「汚職は贈賄と収賄で構成される」という嘘だ。
少し前、元社保庁長官の下村某が中医協(中央社会保険医療協議会)の消費者代表委員に天下り、日歯連(日本歯科医師連盟)から賄賂を取って捕まった。元長官は「心が弱かった」と賄賂の誘惑に勝てなかった風な証言をした。
何を言う。だいたい元官僚がなぜ消費者代表なのか。そのポストなら、業者に接待と賄賂を強要できるから天下ったのだろうが。
贈賄という犯罪はない。汚職とは官僚が賄賂を強要する一方通行で、前述の事件でいえば日歯連は被害者でしかない。
防衛省の守屋武昌前次官が妻と一緒に収賄罪で捕まった。これも構造は同じ。家族で山田洋行にタカり、カネを搾り取った。山田洋行がそれを拒めば。守屋夫妻は軍需ビジネスを別のタカり歓迎の商社にもっていく。
汚職のパターンは松本清張が「点と線」で描いた。民が贈賄し、官が収賄し、その後ろに巨悪、つまり政治家が潜むと。それも伝説で、官僚の後ろには今は誰も居ない。官僚がちょっとケチだけれど巨悪になったからだ。
公務員という名の犯罪集団
公務員の不祥事が続いた時、人事院から「公務員の倫理確立」の講演を頼まれた。
それは無理だと断ったが、どうしてもというので「公務員とは犯罪者と同義」で「もし倫理観の欠片でもあれば一日だって公務員は務まらない」と話した。
彼らは不満げだったが、自身の来し方を思い出してもらったら納得した風だった。
彼らが公務員になってまずやったことは鉛筆や消しゴムの持ち帰り。子供のノートだって買ったことがない。
コソ泥稼業の次はタカりだ。宵闇迫れば業者を呼んで銀座、赤坂で飲み食いし、お土産と黒塗りまでタカる毎日が続く。
だから紅灯の巷に出ると、役人はみんなタダだと思い込む。たまに高校の同期会に出ても、役人になった者はつい癖で、二次会でカネを払ったためしがない。
くすねる事も覚える。役所支給のタクシー券で乗り回しているうちに、3000円のメーターに10000円つけてその差額分の現金を受け取る習性がついていく。
年間500万円もタクシーチケットを使っていた国土交通省の小役人がいたが、大方こんな乗り方をしていたのだろう。
立派な犯罪だが、彼らには倫理観がないから「無駄遣い」と称して処理してしまう。
公務員のせこさは彼らの妻にも感染する。お歳暮と中元で、石鹸も油も稲庭うどんも買ったことがないのが自慢だった。だから退職してもお歳暮が欲しいと夫にせっつく。
せこいだけが取り柄の夫は、最後に自らを「有為の人」という嘘を思いついて、巨額の税金でハコものをつくって、そこに天下る。明白な能力詐称だ。
民主党の国会議員が、例のタクシー券500万円濫用の件で国交省の出先機関を視察した。「国政調査である」と印籠を掲げたものの、連中はひれ伏すどころか、個人情報だとかいって、議員を追い返してしまった。
公務員とは、みみっちい小悪党集団だとばかり思っていたが、違った。彼らは、もはや怖いものもない立派な犯罪者集団に成長していた。
区議がやる仕事など何もない
ロサンゼルスは人口400万人。毎週末の三日間だけで平均22人が殺され、麻薬や不法移民や貧困など社会問題が山積する。それを処理する市議会の議員はたったの15人だ。
その上の市長は、長らく年俸1ドルのリオーダンが務めた。彼らの努力もあって殺人件数も二割下がり、荒れた学校も減った。
対して東京は、殺人件数が週に1件。米国では、HIV患者の食欲増進剤に使われる大麻を日本の学生が吸ったとかいって大騒ぎするくらいで、深刻な麻薬渦もない。
ロスとの人口比でいっても、都議会議員はロスの3倍の45人いれば十分だ。
しかし、現実の都議の数は127人。彼らは何をしているかというと、民主党都議などは海外に遊びに行って、報告書はどこかの文書を丸写しする。暇すぎて「不善」ばかりしている。
これで驚いてはいけない。23区にはそれぞれ区長と50人を超す区議が吸い付いている。都議も多すぎて暇なのに、区議がやる仕事など、はっきり言って何もない。
そのくせ報酬は一人前以上取る。前に「朝日新聞」が就職戦線から脱落したダメ男の話を載せていた。
就職のつもりで区議に立ったら当選した。新人でも報酬は企業の部長級。仕事はゼロで調査費名目でカラ伝票も切れる。いい就職だったと笑っていた。
そんなのが23区と都下合わせて2500人もいる。彼らの掛かりだけで何百億円、選挙や人件費も入れれば毎年何千億円も無駄に使われている。
青山通りから一本奥の住宅街で、火薬の爆発から火災が起きた。消防車が来たが、道が狭くて入れない。鎮火に手間取った。これが山手線の内側の大東京のど真ん中で起きた。
都市計画も都市行政も何もない。渋谷区だけではない。港区も大田区、世田谷区もまるで山村並みの畔道道路がいっぱい残る。
街づくりにはカネが掛かる。それなら無用な区議を廃止して、区長も昔通り都の任命制にすればいい。区長選も区議選もなくなれば、その分、住みやすい東京ができる。
役人の浅知恵はカラス以下
栃木県で日産社員が三人組の不良に拉致された。両親が警察に何度も訴えたが、警官は鼻であしらい、その結果、被害者は凄惨な殺され方をした。県民は怒り、民事裁判で県警は約一億円の慰謝料を支払え、と命じられた時は、皆当然だと思ったものだ。
でもよく考えてみると、その一億円は県民の税金から支払われる。責めを負うべき怠慢で傲慢な警官は停職処分だけで、罰金もなければ退職金も削られなかった。
一億円も納税者に肩代わりさせた広畑史郎・県警本部長は、すいませんでもなく「警官がサラリーマン化した」と言い訳した。警官がおまえら納税者と同じにだらけていただけ、そう目に角立てるな、という意味だ。
だが、サラリーマンがこんな失態をやらかしたら懲戒免職のうえ、家も田畑も売り払って見舞金を作る。新聞はなぜ広畑の暴言を許したのか。
規格と少々違うからと、ワッペンを3400万円もかけて作り直させた都下水道局長が減俸処分にされた無責任役人に始末のつけ方を教えるいい見本だが、それでも「減俸五分の一を三ヶ月」。雀の涙ほどだ。
なぜ、懲戒免職にして、退職金も取り上げなかったのか。
東京都は、また一億円の予算をかけてカラス退治をする。減少一途の都心のカラスが増え始めたからだが、原因はカラス捕獲の餌を、高価なマヨネーズから安い豚の脂にコスト削減をして、捕獲数が減ったためだという。
カラスがマヨネーズとは知らなかったが、都環境局はこうも広報する。「カラスを増やすのは都民が出す生ごみが主因だ」と。
よく言う。十五年前に小豆畑孝清掃局長がゴミの分別で「都民は信用できない」から、と黒のゴミ袋を半透明のゴミ袋に変えさせた。それで山にいた目のいいカラスが大挙都心に移り住んできた。無能な役人の浅知恵がカラス公害を巻き起こしたのが真相だ。
都環境局は「小豆畑が馬鹿をしました。すいません」というべきところだろう。それを都民にぬけぬけと責任転嫁する。カラスより悪質だ。
学校に警官を
東京都内の小学校の校長室に、児童の父親が木刀を手に訪れ、校長に「どういう教育をしているんだ」と文句をつけた。その間、木刀は男の脇に置いたまま。校長は「お前こそどういう教育を受けたんだ」と言いたかったけれど、恐怖心で謹聴するだけだった。男はその後の二ヶ月間に数回、校長室にやってきては校長に偉そうに説教した。
たまりかねた校長は、都の「学校問題解決サポートセンター」に相談した。「産経新聞」によると、弁護士、精神科医、行政書士らを雇って、いわゆるモンスターペアレンツに学校がどう対応するかを忠告する機関だとか。
で、木刀男問題は「威圧的だが暴力はふるっていない。学校側は親心を理解する努力をするよう」勧告した。さらに今回の教訓として「校長が直接ヘンな親に対応しないで済むよう」専門の窓口を設ける考えを示した。
何でも穏便。何でも思いやり。
しかし、それでいいのか。校長は木刀男が学校にきた段階で警察に通報すべきだろう。少なくとも、校長が恐怖心を覚えた時点で、脅迫罪も威力業務妨害罪も成立する。
大体そんな木刀男を校舎内に入れたら、安全な環境を守るという校長の職務にも悖る。本人は「児童の親」というが、他の児童には「見知らぬ危ない大人」だ。見知らぬおじさんが包丁をもって勝手に入ってきて、児童を殺し回った大阪教育大学付属池田小事件を思い出させる。
「学校問題解決サポートセンター」とやらも、さっさと警察に通報せよと指導すべきだった。それが「親心を理解して」とか利いた風なことをいう。だいたい行政書士や精神科医が木刀男に何の解決能力をもつというのか。
埼玉県和光の市立中学校で、茶髪にしただらしない女生徒を教師が注意した。そうしたら両親がいきり立って金属バットを手に学校に押しかけ、教師を体育館裏に呼び出して脅した。学校はさっさと警察に通報して両親は逮捕された。
それが正解だ。東京都は盲腸みたいな機関を作って問題をかえってこじらせた。学校は木刀を持った親の教育まで引き受けてはいない。
区長様の有給休暇
ロサンゼルスの人口は約400万人。市内の、例えばワッツは暴動がつきものの黒人居住区だし、その南のコンプトンは名だたる犯罪地区。ここに車を停めて十分して戻ってみたら、タイヤはおろか、ドアもハンドルもカーラジオもなくなっていたという話がある。
市の中心街の西側にはコリアンタウンが広がる。そこで万引きをした黒人少女を、店番の韓国女が撃ち殺した。ロサンゼルス暴動(1992年)の真の原因になった事件だ。
ロス暴動は、不良黒人ロドニー・キングを袋叩きにした白人警官が無罪になったのがきっかけだが、怒れる黒人たちが襲ったのは白人街ではなく、このコリアンタウンだった。街は四日間燃え続け、五十余人が死んだ。その大半は襲った黒人と襲われた韓国人だった。どこに行っても嫌われる民だ。
海岸沿いのサンペドロは夜ごとの黒人ギャングの抗争で知られる。おかげでロス検死官事務所には、週末の三日間だけで平均22体の殺人遺体や変死体が運び込まれる。
犯罪と人種問題が山積する巨大都市を仕切るのは、市長とたった15人の市議だ。市議の年間歳費は10万ドル(約1000万円)。市長も似たような額だが、ロス暴動のあと就任したリオーダンはそれを返上して年俸1ドルを通した。「この街が私を支えてくれた。そのお礼がしたい」と1ドルメイヤー(市長)は社会奉仕を就任理由に挙げていた。市議も、会社なら課長級の安月給について同じく「社会奉仕」を口にする。
俳優クリント・イーストウッドも、同じころカーメルシティの市長に就任したが、年間歳費は通勤のガソリン代200ドルだけ。これが選挙で選ばれる者の共通した意識だろう。
では東京はどうか。人口400万人のロスをモデルにすれば、人口1200万人の東京は単純計算すれば、都議は45人でいい。一国の首都という立場を勘案してもまあ60人で十分だろう。日本人議員が米国人に劣るとも思えない。
しかし現実は都議が127人もいる。歳費もロス市議の二倍を取り、おまけに意味不明の文書費だのなんだのの別封給料も取る。その点は首長の都知事も同じで、高額歳費のほかに派手に交際費も使いまくる。
都民の苦痛は、金遣いの荒い都知事・都議セットに加えて、23区などに別枠の首長と議員のセットを約40も抱えさせられていることだ。全部合わせれば2500人。ロスとの比率でいえば、じつに60倍にもなる。
それが皆クリント・イーストウッドだったらまだ救われるが、誰一人、社会奉仕精神の持ち合わせはなし。民主党議員などは偽領収書まで使ってもっとカネをせびる。
なかでも分からないのが区長の存在だ。区は都の出先機関で、独自の仕事といったらマンホールの蓋のデザインを決めることぐらい。昔のように都庁の任命で住むのに高いカネをかけて選挙で選んでいる。
そんな盲腸のくせに、たとえば文京区は560億円もかけて超高層庁舎を建てた。赤ん坊まで入れて区民一人三万円を拠出させた計算だ。マンホールの蓋のために、なぜこんな豪奢な庁舎が必要なのか。
その文京区長、成沢広修が厳かに記者会見を開いた。社会奉仕に目覚めました。区民へのタカりをやめて歳費を100円にしますというのかと思ったら「二週間の育児休暇を取って長男の育児に専念する」だと。その理由がふるっている。
「(育児休暇をとっても)キャリアロスにならないことを自ら示し、男性職員に育児休暇を勧めたい」
ただでさえ暇な職員を、もっと休ませるために、自ら範を垂れる意味が分からない。これが記者会見するほど意味のある話と思い込む神経は、もっと分からない。成沢区長は休んだ分のサラリーはもらうことを公言している。区長様の有給休暇だ。
半月休んでも仕事に支障がないという辺りは区長・盲腸説を裏付けた意味はあるとしても、こんなのを選挙で選ばせられる区民がなんとも可哀相だ。
引用ここまで