2012年もう一ヶ月終了。時間が経つのは早いもんで(2012/02/04)

01日本の最近のブログ記事

「官僚は犯罪者」は世界の常識 高山正之著

以下引用

「官僚は犯罪者」は世界の常識 高山正之著

明治政府に端を発する腐敗

江戸時代は農民が虐げられた暗黒時代だった、と教えるおかしな歴史学がある。だが少し調べれば「貧農史観」は誤りで、実際の農民は豊かだったことが分かる。むしろお上のほうが貧しく、それでいて買収にも応じなかった。それほど日本の役人(武士)は清廉だった。

その役人の清廉さが大きく崩れたきっかけが、明治維新だった。なぜなら明治政府になってから役人=武士が崩れ、武士でない役人が登場したからだ。

明治七(一八七四)年に、土佐藩の板垣退助と後藤象二郎が明治政府を「上帝室ニ在ラス下人民ニ在ラス、而独有司ニ帰ス」(民撰議院設立建白書)と非難した。「独有司ニ帰ス」というのは側近官僚の独裁というほどの意味だ。板垣退助は五箇条の御誓文に違反するとして、 民撰議院の設立建白書を出している。

これは権力をもった者の権力の濫用、つまり官僚の思い上がりを始めて指摘した言葉である。

引用以上

順法精神見あたらぬ菅首相 - 産経新聞

以下産経新聞WEBより引用

政治部・阿比留瑠比 順法精神見あたらぬ菅首相(2011・7・31)

◆市民ゲリラの原点

「菅直人首相は法治国家や議院内閣制に正しい理解があるのかなと思う。自分だけで独裁者であったら、この国は回りませんよ」

22日の参院予算委員会。たちあがれ日本の片山虎之助氏のこの指摘は的を射たものだったが、それに対する菅首相の答弁はいつものようにトンチンカンだった。

「従来の長い自民党のやり方は、ほとんどの決定を官僚任せにしてきたのを見てきたので...」

片山氏の法令や手続きは順守すべきだとの問いかけが、官僚依存は好ましくないという話にすり替えられている。菅首相はもう見たいものしか見ないし、聞きたいことしか聞こうとしない。かたくなに自分の殻に閉じこもっている。

菅首相は野党時代から三権分立の原則を否定し、「議会制民主主義は期限を区切った独裁」と主張してきた。だが、たとえ「原点は市民ゲリラ」(伸子夫人)であろうと、国民の命運を背負う国のかじ取りとなったからには、それ相応の振る舞いが求められよう。

にもかかわらず、与野党双方からの退陣要求に追いつめられた菅首相の言動は、ますます野卑に無軌道に自分勝手になってきた。

「東日本大震災を機に自分の原点に戻ってきた」

菅首相は同日夜、側近議員らと焼き鳥を肴(さかな)にこう語り、市民運動家時代への回帰を表明した。

7月に十三回忌を迎えた評論家の江藤淳氏は、かつて菅首相を「市民運動家の仮面をかぶった立身出世主義者」だと喝破した。首相は位(くらい)人臣を極めて立身出世の夢を果たした後、再び世の攪乱(かくらん)を得意とするゲリラへと立ち返ったということなのか。

◆法令を次々と無視

菅首相は就任以来、地位にふさわしい能力も心も徳も持たない「ないない尽くし」の宰相だと指摘されてきた。だが、首相にはもっと欠けているものがある。何より順法精神、ルールを守ろうという気持ちが見あたらないのだ。

菅首相は震災に当たり、安全保障会議設置法で「会議に諮らなければならない」と規定される「重大緊急事態」に該当するのを無視して安保会議を開かなかった。

また、5月には法的根拠のないまま中部電力浜岡原子力発電所の停止を要請する。7月には、唐突に担当者である海江田万里経済産業相の「安全宣言」をひっくり返し、原発へのストレステスト(耐性検査)導入を言い出した。

かと思うと、閣議にも諮らず記者会見を開いて「脱原発宣言」を打ち出し、閣内で批判されるとあっさり「個人の考え」だと引っ込めた。支離滅裂の極みである。

「私も憲法の中で、閣僚の任命・罷免は首相の専権だと十分承知している」

菅首相は20日の衆院予算委では、海江田氏が衆院解散詔書に署名しない意向を示したことについてこう牽制(けんせい)した。だが、自分に都合よく憲法は引用しても、憲法73条が内閣の事務として「法律を誠実に執行」と定めていることは頭に浮かばないようだ。

また、66条の「内閣は行政権の行使について国会に対し連帯して責任を負う」との規定にも無頓着で、閣内不一致も何のそのだ。

◆恥ずかしい首相

振り返れば、菅首相は昨年9月の中国漁船衝突事件では、体当たり事件を起こした中国人船長を「超法規的」に釈放・不起訴とさせた。これは結局、那覇検察審査会が船長を強制起訴すべきだと議決し、政府は赤恥をかいた形だ。

この事例で中国は、日本は恫喝(どうかつ)すれば法をねじ曲げて対応する「人治国家」であると学習したことだろう。禍根は計り知れない。

このほか菅首相は、在日韓国人から違法献金を受けていたことが発覚しても何ら責任を取ろうとしないなど、法など存在しないがごとく自由奔放に振る舞っている。

だが、為政者が法の軽視を率先垂範するような社会が成り立つものだろうか。マキャベリは「国家にとって、法律をつくっておきながらその法律を守らないほど有害なことはない」と指摘した。

また、韓非子は指導者が国を危うくする政治手法の最たるものとして、次のように記している。

「第一は、規則があるのにその中で勝手な裁量をすること。第二は、法規をはみ出してその外で勝手な裁断を下すこと」

菅首相の姿そのものであることが空恐ろしく、こんなトップをいただいていることが恥ずかしい。

「自国の首相を恥ずかしいと国民が思わざるを得ない状態になっている。ここまできたら、(首相は)もう自らが身を処することを考えられなきゃいけない」

これは平成20年11月、菅首相が当時の麻生太郎首相に退陣を迫った言葉だ。菅首相にも一片の廉恥心があり、自ら身を処してくれることを切に願う。(あびる るい)

引用ここまで

思いつきで国民に語りかけてくれたら困るね。ちゃんと段取り踏んでからでないと。なんの根回しもせずに思いつきのアイデアを社員に開陳して幹部を困らせるワンマン社長じゃないんだから。会社だったら潰れるだけで済むけど、国はそういうわけにいかないから。閣議決定もしていない内容を記者会見を開いて喋るなんてなぁ・・・日本もどこかの国々みたいに国民の手で失脚させないと降りないんだろうか。

会社でもそうだが、組織というのは規則を作ったならその規則通りに事が進まないとうまく回らない。組織が機能不全に陥っているのならまだしも・・・大臣が答弁中に泣いてしまうってどういうことですか。恥というのは日本人が持つ感覚だそうですが、日本の首相には恥というものがないのかな?

日本に住むには百年早い

高山正之著 「偉人リンカーンは奴隷好き~変見自在~」(新潮社)より転載

日本に住むには百年早い

家から一分ほどの駐車場を借りている。隣はかなり古い型の乗用車が入っていて、持ち主はインド人の若い女性だった。

ある日、駐車場に行ったら彼女がバケツの水で車を洗っていた。目が合って軽く会釈する。

車に乗り込んで発車しようとしたら、頭上でヘンな音がした。

窓越しに見ると彼女がこっちの車の屋根からフロアマットを取り込もうとしていた。

洗って濡れたマットの干し場にわが愛車の屋根を使っていたのだ。

車を止め、彼女にインドと日本の違いを教え、ソフトにたしなめた。

インド人は表情を消して、まるで言葉がわかりませんみたいな顔をして突っ立っていた。

そんなことがあって数日後、愛車の左側、つまり彼女の車のある側のドアに小さな凹みがついていた。

それからまた数日後、凹みは三つに増えていた。凹みの高さは同じ。

計ってみると彼女の車のドア下端と同じ高さだった。たしなめられたことへの報復にドアをぶつけていたのだろう。

傷が四つになる前に彼女に会う機会があり、もう一度たしなめたら、別の駐車場に移っていった。

インドでは未亡人は夫の亡骸とともに生きたまま荼毘にふされる。いわゆるサティだが、そういう風習が生まれる理由が何となしに分かるような気がした。

渋谷駅の山手線ホームで、祖父から孫まで十人くらいのインド人家族と行き合った。電車が入ってくると整列する日本人客の脇から息子夫婦が割り込んでいった。気がつくと後ろにいたはずの祖父母もこっちより先に乗り込んでいた。

かつて新疆ウルムチ駅でそれと同じ光景を見た記憶がある。割る込んだのは中国人だが、そのテクニックは同じだ。

そのときは座席指定車両の乗車口で、なぜ中国人がわれ先に割り込んだのか意味が分からなかったが、乗ってみたらこちらの座席を占拠していた。

「日本人の席だ」と怒鳴ったら退散したが、そうでなかったら指定席でも先に居座った者が勝つらしい。

インド人一家が混んだ電車に割り込み乗車したところでそれで座れるワケでなし、意味のないことをすると思うのは日本人だけで、恵比寿を過ぎた頃には全員が座っていた。

日本人はそんな彼らに眉を顰めるが、彼らはそれを痛痒にも感じない。

先日、仕事で新横浜から新幹線「のぞみ」のグリーン車に乗った。

混んでなければ並んだ二席を独り占めできるが、このときは通路側に中年の紳士が座っていた。他はガラガラで運の悪さに泣いたが、そうじゃあなかった。

結論から言うと隣の紳士の本当の席は三列後ろの窓側席。ところが品川駅から乗ったら、白人夫婦と十歳くらいの息子が席を向かい合わせにして座っていた。

席が違うと言っても「空いている席に座ればいい」とまるで中国人の対応だ。車掌を呼んだが、グリーン車の車掌は女性だから対応も大人しい。

「少しの間ですから」とわが隣の席に座らされたそうだ。

そのうちこの米国人一家の父親が車掌と戻ってきた。彼らの本来乗るべき普通車を車掌に案内させて見てきたらしい。

それで移るのかと思ったら「普通車だと家族はバラバラになる」「子供は車窓の景色も見られない」とかゴネ続ける。

そして「もう半分まで来たじゃないか」と父親は言う。確かに新幹線はもう静岡を通過中だった。

「だからあと少しここにいてもいいだろう。周りもすいてるし」

車掌がそこで毅然として言った。「結構です。ただし規定料金の三倍をいただきます」と。

この一言で傲岸不遜の米国人一家はやっと立ち退いた。ついでながら、これがオランダだとうっかり一等車に入っただけで料金の三倍を取り立てる。まだ日本は温情が過ぎる。

池袋に蝟集する中国人がここに中華街を作って新名所にするそうだ、と朝日新聞が嬉しそうに書いていた。

しかしマナーも知らない、平気で街は汚す余所者に地元は拒絶反応を示した。当たり前だが計画は頓挫した。

日本に住むには百年早い者がまだまだ多い。(2009年4月9日号週刊新潮)

真夏の電力不足

今さっきテレビ見てたらミヤネ屋のオッサンが出てるやつやってました。真夏に予測される電力不足で起こり得る首都圏大停電のシュミレーション。あれくらい脅かした方がいいのかもしれないですね。さすがに、自分も首都圏にいる身なので怖いと言えば怖いです。とは言え、首都圏は大丈夫ではないのかと思ってるんですけどね。

実は企業の節電意識はかなり高くて、どこ行っても節電に努めてるところが多いですから。それより家庭が多い地域の電力消費が半端ないことになるのが停電の一番の原因になるのではと思ったりしているのです。企業の消費電力ってのはそうそう上がらないっていうか、首都圏というかyahooのトップに出てる電力消費量もほぼ90%に触れてるイメージがないので。首都圏は意識高いですが、それ以外でも全国的に電力不足になる今年は首都圏以外で大停電ということになるのでは?とも思うのですが。

いずれにしろですね・・・経済に悪影響が出る電力問題は早急に対策を講じないと。原子力アレルギーが少し行き過ぎというか、衆愚になってやいないかと思うのです。そりゃ民意を重要視するのは当然としてもですよ。今まで散々推進してきたものを今更原子力は危ないとか言い出してて政治家ですかって感じなんだけど。老朽化してる火力やらの発電所を再稼動させるより、安全基準満たしてる原発を動かす方がリスクは低いと思うんだけど。総合的なリスクを勘案して「原子力は再開させます」って政府が言えばいいんだよ。地方が承知しなくても政府の責任でやれっての。

経済を上向かす方が先よ。被災地は大変だろうけど、しばらくは被災民には出稼ぎしてもらわないとどうしようもないでしょうに。あそこの復興には気の遠くなる時間が必要なのだから、とりあえず景気対策をして支援するだけの元気を日本が備えないと。復興税とか愚の骨頂だと思うんだけどね。そりゃ支援したい気持ちはあるよ。だけど、経済から言ってデフレ下で増税議論するってアホかと思うんだけどな。どうしてもやるなら建設国債発行して銀行から金吸い上げて使えばいいだろ。なんで国民から取ろうとするんだよ。

デフレ下で財政健全化とかアホか。政府が財政出動をして国民を安心させなきゃ健全化なんかできるか。国民生活は大丈夫なんです。一義的には企業が、最終的には政府が責任を持ってやりますというメッセージを何故出せない。電力不足にしたって、最終的には政府が責任を取るんです。こういう事態が起こった時の対処がしっかり出来ない。ライフラインを握っていた電力会社の体たらくは見過ごせないので国有化しますとか、電力業界再編を整備しますとか。そういうのを政治主導って言うのではないのかねぇ・・・

管総理が辞める辞めないって、もう辞めるって言ったんだからさっさと辞めろよ。次の奴が仕事出来るか出来ないかなんかわからねぇけど、管じゃダメだから変えるんだよ。あいつは仕事もしないし、ロクなことしないから辞めさせるだろ?次の人が管さんよりいい仕事するかわからないって言ったって今いる奴がロクなことしてないんだから辞めさせるんだよ。次なる人が仕事をする人選べばいいだけだろ。非常時にぬるいこと言ってんじゃねぇよ。被災地だけじゃなく、実は日本自体がえらいことなってる意識あるんかいな。

タマゴとニワトリ

国会も紛糾して、もう管総理も時間の問題ですかね。死んだ振り解散ってのはあるけど、死んだふり不信任案否決ってのは初めてだ。まぁ不信任を否決するのに身内まで欺いたのは失敗だったな。与党の協力なしに政権運営は出来んだろうに。やっぱり馬鹿なんだな。身内からも「辞めろ」って言われて居座れるなんて思ってる時点で。もう時代が違うんだよね。

5年前に通用してた価値観がもう通用しない時代だよ。それもこれもネットの普及がとか言うとアレなのだが、要はそういうこと。情報の伝達速度が速すぎるんだよ。隠そうたって隠せない。情報を伝える手段がマスコミ媒体と口コミだけだった時代とは違うってことを認識しないと。そもそも口コミの情報伝達速度は遅いんだってこと。もう口コミ効果とか言っても流行らない。あ・・・会社批判しちゃった。

まぁいいや。バブル時代に良い思いした人ってその時代の余韻が未だに抜け切ってない人多いし。売らないと売れない時代に売れた時代の話しても響かないし失敗するってことわかってないのかなぁ・・・まぁいいや。俺の誤解かもしれないからそのあたりの話は突っ込まない方向でいくとしよう。うん。

で、表題なんですがね。最近、国会中継をネット動画で見ているんですが国会中継って結構面白いのです。真面目な話してるんですが、政治ってこんな事してんだとかわかって面白いのです。新聞記事見てても「あ~これね。国会でやってたやつだ」とか。記事の理解も深まるのです。動画を見て予算委員会だとか各委員会だとか見てると思うんですが、やっぱり今の政府って馬鹿なんだと。震災対応も後手後手で初動の対応も素人より酷いんだと。あいつら責任回避しか考えてなかったんだとか。

で、思ったんですがやっぱり日本を正常化する為には、思想の左右は置くとしてまともな政治家を国会に送らないと始まらないと。でも、議会制民主主義では議員の質は国民の民度にイコールだという話もあるくらいだからまずは国民教育からなのかとか思ってたら、タマゴが先かニワトリが先かみたいな話に煮詰まった次第です。まず地方、国政限らず選挙のときなんか誰がなんなのかわかんないんですよ。推薦政党見て「こいつでいいか」的な。

まぁ政治に対する無関心といわれればそれまでですが、正直国民もみんな仕事やら忙しいのですよ。そんな程度なんです。自由民主主義なんてのは。だったら、この政治家はこんな実績があって、任期中にはこんな実績ありますとか、この人はこういう思想ですとかまとめるようなサイトがあってもいいなと。投票する時にはそこ見て投票のような。公報とか既存マスコミのは当たり障りなさすぎてよくわからない。今回の争点はこうでこの問題に対して賛成してるのか反対してるのかは結構よくわかるんです。

でも、任期は長くその問題だけの為に仕事してもらうわけじゃないんだよね。だから、今政治的課題は他にこれとこれもあります。近いところでこの問題には必ず取り掛からないといけません。それについてのこの人の見解はこうです。みたいなさ。どういう政策に強いのかとか。具体的政策はとか。そういうのを有権者に発信出来るメディアがいるんじゃないかと思った次第なんですよ。その前に愚民の教育が先だと言われるかもしれんですが、長い時間を要することですしね。

とか言ってると「もう30年くらい民主主義やめようぜ。国会で30年民主主義止め。大政奉還して30年は専制君主でいこう。愚民の再教育が終わったらもう一回民主主義やってみよう」とかいう結論に至った次第です。要は国民が幸せに安心して暮らしていけりゃ、独裁だろうが民主主義だろうがいいんだよ。民主主義じゃなきゃダメって誰が決めたよ。ちょっと前まで共産主義はもしかしていいかも!?とか糞真面目に言ってた連中がわんさかいたんだぜ。

今の時代そんなこと言ってるのは馬鹿のそしりを免れないでしょう。それと一緒。政治体制なんて国民が幸せに安心して暮らせる社会を作れればなんでもいいんです。民主主義はどうやら日本には向いてないことがようやく明らかになりつつあるんじゃないかと思う今日この頃。

震災復興も大事だけど経済対策の方が

管総理は辞めるだの辞めないだの、ホント無駄な事でマスコミを賑わしているようです。後釜が誰だとかなんだとか醜い政争が繰り広げられているわけですが、とりあえず管はとっとと辞めろよ。参院の西田議員が「切腹しろと言われた人が、裃を着るから時間をくれと言うから花道を用意していたのに姿を見せたら鎧兜を着て来た。なんだと言う事になる」と言ってましたが笑いました。

でねぇ・・・個人的に営業マンなので近頃思うのですよ。震災復興・・・そりゃ大事だけど経済対策が第一優先課題でしょうと。マスコミが怖くて言えないのかもしれないがねホントに必要なのは経済対策というかデフレ対策でしょう。デフレ対策を第一課題に据えたとしても被災者支援が途絶えるわけではないでしょうし、日本は東北だけじゃないのでね。冷たい言い方をすると。関西も関東も北海道も沖縄も九州も中部も四国も日本なのですよ。ついでに尖閣や竹島や北方領土も日本です(笑)何が日本にとっての第一課題かわかるでしょう。

この需要不足・・・震災から加速度的にね。とんでもないことになってるんですよ。政府から出てくる話というのは増税だの国家公務員の給与削減だのデフレ加速政策ばかり。馬鹿が政府に居座っているんですよ。夏に予想される電力不足も間違いなく需要減退の背中を蹴っています。民間の不安を解消できないんですかね。政府は。節電対策のためにと言って企業は金使わない、需要不足が凄いです。夏のボーナスなんぞ酷いことになるでしょうしね。

少し前には、日本がデフォルトするとか到底マトモと思えない事がマスコミなんぞで話題になっていましたが、政府負債はそりゃ過去最高なんでしょうが政府負債なんぞ過去最高を更新しつづけてきた歴史があるんじゃないですかね。デフレ下で負債が増えてるから問題なんでしょ?インフレ誘導しろよ。金刷ればいいじゃないかよ。民間に金が大量に余ってるだろ。預金超過凄いじゃないか。

それを民間に遣いなさいと無理強いすることは出来ませんから、政府が国債を出して銀行から吸い上げて使う。財政出動するべきなのに何故しない。借金だのなんだのマスコミに言われるからやらないの?そもそもマスコミなんてミスリードばかりしてきた歴史があるじゃないか。個人や企業が借金を増やし続ける事は異常ですが、国家は違うでしょ。だって通貨発行権があるんだから。自国通貨を発行できるのが借金増やしてるってのは個人や企業とは根本的に違うと思うんだけどね。

もうさぁ・・・原発がメルトダウンしてる事が明らかになり福島は汚染地域確定でしょ?それをハッキリ言えよ。福島はチェルノブイリ並みにヤバイんだろ?あの地域にも妊娠してる人や子供がたくさんいるんだよ。危ないのに「ただちに」とか詭弁を弄せずに危険だから避難しろと言えよ。自分たちの不始末だから言えないんだろうから辞めなさいと。違う人が言いますからって話だと思うんだがね。この大変なときに政権を変えるのはあり得ないとか言ってる人もいるけど、変えないと好転しないんだよ。

管政権はとんでもない事してたんだよ。パニックを起こさない為とか色々あるだろうが国民を欺き続けて取り返しのつかない不始末をしでかしてるんだよ。辞めてもらわないと明らかに出来ないような事がわんさかあるに決まってるんだよ。だから人を変えて悪いことも全て明らかにしてもらい、現実を見て対処しようと言うんだからさ。どう転んでも管はとっとと辞めないといけない。現実住めないところに未練を残して住みたいという人もいるだろうけど、政府がやるべきは憲法に定められた生命の安全を守るべきだからね。

我が国の憲法や法律にはどこにも「国民の我侭を聞かなければならない」とは書いてないからね。国民の生命の安全財産の保全を義務付けられてるんだから、意に反したとしてもやらなければならないこととはそういうことだよ。被災者の意思は大事だけど被災者の意思と、生命の安全どっちが優先かということであって。選びがたい選択をせざるを得ないんだよ。大東亜戦争の時も戦争は嫌だ。嫌だけどやらなければいけない事情があったというのと一緒だ。国民の理解を得られないと言って見過ごしていい問題ではないのだよ。経済復興が第一優先だ。

そう思う今日この頃。

夢がねぇよ夢が

どうも最近夢がないと思う。個人的にというより、社会的に。というか日本的に。なんか新聞とかでも夢のない話ばっかだし、地震とか原発とか起こるまでの話にしてもそうなんだけどやっぱり夢がない。なんかこうパァっとした話がないんだよなぁ・・・バブル崩壊から自信喪失状態の日本人どうしたよ。ええ?出来ると思ってた奴が鼻折られて凹んでるみたいじゃないかよ。んなもん頑張ったからある程度できただけで元々日本人は人口も少ないんだから出来ないように見えてるだけだって。

やったら出来る子なんだから。日本人は。なんか壮大な夢持とうぜ。日本人。なんか「出来るわけない」とか「そうは言っても」とか多すぎるぜ。誰かが先陣切ったら皆走るのに、誰も走らないと誰も走らないな。そんなリスク回避精神が一番嫌われるんだぜ?なんか二番手でいい。一番にならなくていいとかそんな精神嫌いだな。ナンバーワンにならなくていい元々特別なオンリーワンとか言ってオナニーしてんじゃないよ。あれはそういう意味じゃないから!あれ曲解してんじゃない?

若者が大企業志向になるって言われてますが、そりゃなるよ。だって大企業くらいしか夢らしい夢がないもの。別にあんなの安定志向だとか言われてますが、安定志向だけで大企業選んでるわけじゃないでしょ。仕事に対するスケール感とかそういうところだと思うんだけどな。大企業入っても3年ほどで辞める若者ってのは現実を知るだけでしょ。大企業入ったからといってスケール感ないってことを。夢がないんだよ夢が。

中小の企業説明会行って夢語るやつがどれほどいるんだよ。こじんまりした目先の食い扶持追ってる奴に誰がついてくんだって。若者が中小に魅力を感じてないのは、会社の規模感だとかじゃないんだって。若い奴に夢を見せられないから誰も来ないんだろ。夢も希望もないのに、誰が好き好んでデメリット取るんだよ。夢を語る社長はいないのか?壮大な夢を持った社長は。デメリット帳消しにするくらい壮大な夢語れよ。活きのいい若いのが入ってくるからさ。そう思うんだけどな。

金を追っても金はついてこないよ。金は夢の先に置いてあるもんじゃないのかと最近よく思うよ。映画見てその映画の世界に魅了されるってあるじゃない。じゃ、映画は人に夢を与えるもんだからその映画の素晴らしさを俺は広める!とかさ。わけわかんないけど、そういうわけのわかんないことについてくる奴こそエネルギーある奴だと思うんだよね。収益だとかなんだとかお前が勝手に考えろよって話でそれが経営者だろ。経営者は夢を語るその裏で飯食う手段をコツコツ実践するもんだろ。

下々に働け働けってケツ叩くだけなら奴隷使ってろよ。若い奴は奴隷は嫌だって言ってるのをいい加減理解したらどうだ。飯の心配はするな。お前らは夢を追いかけてればいいんだからくらい言える経営者はいないもんかね。ハッキリ言って飯の心配をしなきゃならんのは経営者とか役員層だけであって、後は前だけ向いて仕事してりゃ会社はよくなってくんだと思うんだけどな。経営層がヘタレだから日本はダメなんじゃないのかと。

リスク分散を従業員にまで求めてるところに今の日本の問題があるんではないだろうかと思うよ。フリーターだの就職難だの夢がないんだよ夢が。セコセコとどっかの下らない会社に潜り込んでも夢がなきゃどうせ辞めるんだから。現実そうだろ。飯のためだと会社に留まってる奴は利口だと言われるが、俺はそんな奴の方が異常で人格疑うがね。夢もないのに生きてられるほどの理性なのか精神なのか知らんが理解できん。

まぁ家族の為とかそういう別の生きがいを見出してるんだろうからそれはそれ。まぁそういう奴もいなきゃ社会は成り立たないからそれはそれ。まぁだけど、何もかも犠牲にして夢追うようなキチガイが日本には足りないんじゃないかと思う。一部のキチガイが多くの凡人を救うんだから。人生詰んでると思った奴はいっそキチガイになってみてはどうか。代打逆転満塁ホームランになるかもしれない。と思っている個人的に。

朝日はどこの国の新聞か

高山正之著 「偉人リンカーンは奴隷好き~変見自在~」(新潮社)より転載

朝日はどこの国の新聞か

オランダは国家としても性根が悪い。

ナチスに敗れて国を失ったウィルヘルミナ女王はロンドンに亡命後も植民地インドネシアの搾取は続けた。色付き人種は人間ではないと彼女は思っていた。

だから日本が南部仏印に進駐すると、白人の財産である植民地に色付き人種が勝手に上がりこむとは何事かと怒って報復に蘭印(インドネシア)にある日本資産の凍結を宣言した。

その四ヵ月後、日本は英米に宣戦布告する。

彼女は無視されたことを怒って日本に宣戦布告してきた。兵力は蘭印駐屯の植民地軍と軍艦が少々。

向こうから戦争を吹っかけてきたのだから少しは骨があるのかと日本人は思った。

スラバヤには要塞がある。日本軍は満州から要塞砲を運んでいい戦争をしようとしたが、彼らは砲が着く前に降参した。

バンドンの要塞も一週間攻めただけで八万人が手をあげた。ちなみに日本軍はたったの二千人。オランダ人はほんとに臆病者揃いだった。

彼らは卑怯でもあった。まだ日本軍の影も見えないとき、彼らは日本が定期航空便を飛ばしていた東ティモールに攻撃を仕掛けた。

ここは中立国ポルトガル領だから明らかな国際法違反になる。ポルトガルの総督が抗議したが、彼らは相手が丸腰なときは滅法強く、抗議を無視して大日本航空職員ら三十一人の日本人を拘束した。

日本はポルトガル政府の許可を得て第三八師団が邦人救出のため上陸した。

臆病なオランダ人は算を乱して逃げていった。

この史実を朝日新聞の主筆船橋洋一は「日本軍が東ティモールに侵攻した」と書く。この人の性格は日本人蔑視という点も含めオランダ人に似ている。

この島の守備はその後、四八師団が引き継ぐ。

彼らの見た島民の生活はひどいものだった。

宗主国ポルトガルは、原住民の反乱を恐れて道らしい道も作らず、まして島民のための病院も学校も何も作らなかった。

首都ディリにさえ商店はなかった。島民はニッパヤシで葺いた、家具もない粗末な家に住み、階下に豚を飼っていた。中国の便所と同じに餌は人糞だった。

彼らの財産はその豚と土器と火打石だった。

島民は日本軍がきて白人を追い立てるのを見て、自分たちを日頃残忍に扱ってきたポルトガル人を襲い始めた。

日本軍は総督らを保護し、その代わり島民を縛ってきた人頭税を廃し、成人に課してきた使役もやめさせた。

これを後藤乾一早大教授や倉沢愛子慶大教授は「日本軍が島民を虐待し、略奪し、殺した」と書く。

島民の褌を略奪して何の意味があるのか。こんな人たちに学生を教える資格があるのだろうか。

戦後、日本軍が去ると島民は再びポルトガルの過酷な支配にひしがれた。

男には再び使役が課され、女はきれいだと白人の慰みものにされた。それで生まれたのが現大統領のラモス・ホルタや先代のシャナナ・グスマンらだ。

ポルトガルは彼らに白人の血とともに宗主国の国籍と白人の名と教育と武器を与えた。

しかし島民にはそのどれも与えなかった。

二十世紀後半、ポルトガルはこの島を捨てた。特産品があるでなし、維持経費が出なくなったためだ。

捨てられた島をインドネシアが面倒見た。

毎年二千万ドル以上の国費がつぎ込まれ、西ティモールと同じにインドネシア語が教えられ、病院と学校が建てられ、道路も整備された。豚と一緒の家もまともな住宅に建て替えられていった。

四百年、ポルトガルが放置した島はやっと人の住む世界に生まれ変わった。

しかし白人の国籍を持つラモス・ホルタたちは色つき人種インドネシア人の支配を嫌い、オーストラリアと組んで無理矢理独立してしまった。

朝日新聞の矢野英基記者が最近のこの島の表情をコラムに書いていた。

警官が商店主にたかってみかじめ料を取っている。この悪習は「インドネシア併合時代に根付いた習慣だろう」。こういう「負の遺産」は早く処理しろと。

併合したからこそ商店が出来た。過去の調べず、悪い事は色つき人種のせいにして喜ぶ。

こういう嘘を書けば大学教授になれると思っているのだろうか(2008年10月23日号週刊新潮)

こいつは何を考えているのか

「老後の生活に直結」東電社長、年金削減を拒否 首相が再考求める(産経新聞5月13日)

東京電力の清水正孝社長は13日の参院予算委員会で、福島第1原子力発電所事故の損害賠償資金を確保するためのリストラ策として、企業年金や退職金の削減 を求める声が出ていることに対し、「老後の生活に直結する問題で現時点では考えていない」と述べ、検討対象とはしない考えを示した。中西健治氏(みんな) の質問に答えた。(以下略)

引用以上


なんだかなぁ・・・こいつは社長になっちゃいけなかったんじゃないだろうか。日本には社長どころか管理職にさえ向いてないと思う人多いけど、なんか能力のない奴だなぁと思うわけです。別に年金諦めて別の利権で食えばいいじゃないかよ。被災者なり電気量値上げだの税金だので不始末の後始末させられる国民の神経を逆撫でする必要があるのかと。

被災地で土下座しようが何しようが「自分たちの老後」を心配する奴が何言ってもやっても信用されんわな。事態が終息してもいない段階で「いやぁさすがに私たちの年金までは」とか言うような奴は器じゃないと断じざるを得ないわな。避難所とかで不自由な生活をしてる福島の住民とか電気量値上げだの税金補填だので、国民に甚大な損害を与えている組織の長の態度だとは思えない。

積み上げたものを崩すのが怖かったり、出来なかったりする奴は組織のトップに立つべきかと。そりゃ過去に社長やってた奴は逃げ得じゃないかとか色々いいたいことはあるにしろ、今トップやってんのはてめぇだろって話で、別に反省とか根っこでやってないのはみんな知ってるわけだから、不運だと諦めてへぇへぇ言ってりゃいいものをKY過ぎるにもほどがあるというか。

自分たちに能力さえあると自信あれば、無給だろうが年金返上だろうが何でも出来ると思うんだけどな。何かに寄りかかったり、己の能力に自信を持てない奴はこういう醜態を晒すものです。全くもって見苦しい極み。年金の額心配するくらいならいっそ死ねばいいのに。そしたら年金なんか要らんし心配も消えるだろうに。だいたいお前あと何年生きるつもりなんだよ。蓄えだけで生きてけよ。人様に迷惑かけて悠々自適の老後送ろうなんてお天道様が許さねぇってだよな(笑)

社員を守りたいという経営者としての気概あるなら、自分は無給で年金も全て返すし今後命の続く限り原子力安全運用に人生賭けますので社員の年金だけは許してくださいくらい言ってみろよ。やるやらんは後の話だよ。それも言えないんだからな。器じゃねぇんだって。

昭和の日です。

今日は昭和の日。昔はみどりの日とか言ってましたってのは毎年書いてることなので割愛して、昭和の日なので昭和に思いを馳せてみようかと。一応昭和生まれの一人として。昭和ってのは激動の時代で良くも悪くも日本は昭和の時代に色々と変化してきました。戦争に負けてお先真っ暗になったりもしたし、高度成長でわっしょいわっしょいやったりもした。終わった事だし言っても仕方ないが、昭和という時代に日本は変化したことは確かです。そして平成になり昭和の変化を少し調整したり清算している気がする今日この頃です。

こういう言い方を自分を棚に上げて言うのも何ですがね、政府が馬鹿だ馬鹿だと言うが、あれは国民が選んだんだよ。民主主義国家というのは何をどう言おうが多数決で選ぶんだから、概ねその国の民度を示すバロメーターというのは政府の能力とほぼ対称なのではないかと思うわけです。言い換えれば政府が馬鹿だという民意があるとすれば、まさに鏡に向かって叫んでいるが如きではないのかと。

民主党がいいと言った国民の多くは変化を望んだと考えるのか、それとも目の前に飴を置かれて後先考えずに手を出したのか。どっちでもいいですが、目先のことしか考えられない視野の狭さが現れているような気さえするわけで。目先のことしか考えられないので発想が全て場当たり的な思考になりがちなのも今の現状を作っているのではないかとさえ。だって選挙になると毎度毎度公報とかポストに入ってるので読んでますが場当たり的なことしか書いてないもんな。

教育課題とか10年先の理想形を語る政治家なんていないし受けない。原発事故が起こったら原発反対だのなんだの。ま、その時の選挙の争点ってのもあるだろうからそれはそれとしても、政治をするにあたっての思想信条みたいのが全くわからんから選びようがない。やりたいこととか言いたいことはわかったけど、「それであなたは実現できるだけの方策と能力を兼ね備えているのか」というところが全く見えない。国政選挙でもわからないんだから、区議だの市議だの何がなにやら。

選挙前1ヶ月くらいになると駅前に朝立ちしてりゃいい方で、最近はそれすらも見ない。告示されたら駅前でビラ配ったり選挙カーで名前連呼してみたり。悪いとは言わんが今までどこでなにやってた人かわからんのじゃお任せしていいのやらどうやら。従業員雇うときもお試し期間が必要だとか経営者は言うけど、政治家もそろそろ試用期間ってのを設けたらどうだろうかと思うほどどこの誰だかわからん奴多すぎ。そりゃ政党も知名度のあるタレントを擁立したがるわけだ。

まぁこんな政治家がユルユルですから、国民もユルユルで総理になってもらいたいアーティストとかいうアンケートを取ってうれしそうにテレビで流すわけです。上司になってもらいたい有名人とかああいうのは何のためにやってんのかと。エンターテイメントだし答える方も真面目に答えてないにしろ、政治がドンドン低レベルな次元に落とされているようで。なんか地方選にしろ国政にしろ自分の生活の基礎というか根幹というかそういうところのルール作りやら金の配分をする連中だってことを忘れてやいませんかと問いたくなるんですがね。

最近、小学校を舞台にしたドラマが放送されているようです。そこで親が不法滞在で子供が強制送還されるとかいう話が放送されたようで、強制送還しろと運動する市民団体を悪役扱いして、子供が可哀想みたいなストーリーに仕上がっている話が放送されてました。あぁこれは在特会のことだなとすぐにピンときましたが、あのドラマ見てて胸糞悪くなるのは子供がやたらと生意気で卑劣な行為をするんですよね。まぁそれを先生が諭して更正させるみたいな筋書きなんでしょうが、ドラマであることを差し引いても顔をしかめたくなるようなストーリーです。

こういうのが今の日本で受けるのかと。そもそも、まともな感覚を持ってりゃ気分悪くなると思うんですがね。かくいううちの彼女もそういうドラマ大好きでよく見てます。横で見てるんですが、正直10分見てたらイライラしてきますよ。好きで見てる人の横で何を講釈垂れても意味ないので無視してますが、ああいうドラマを見て何も感じていないあたりに今の日本人の姿を見る思いがするんだよな。徹底的に不感症。作り物は作り物という割り切りと言えばそれまででしょうが、あそこから何かを学び取るわけでもなく、楽しめるものでもないし・・・

面白いと思わないものを横で見せられて気分悪いだけかもしれないけど、なんだかああいうのが当たり前みたいに放送されちゃ迷惑だよな。別に社会派でもなけりゃ何かを問うているわけでもなく、ただただ醜いだけのものって。表現の自由はあるにしろ、そこから何を言いたいのか全く見えないストーリーのものが多すぎて。なんか昭和の日を回想するつもりが日本人はいつから白痴の不感症になったのかと考えていたら単なる愚痴になってしまった今日の更新。

もうやめとく。

あ、そういやネットニュースで保坂展人が世田谷区長に当選のニュースに接しました。

世田谷大丈夫かwwwwwwwwwものには限度ってものがある。
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