やっぱり永久に解り合えない国・韓国
渡部昇一(上智大学名誉教授)、呉善花(拓殖大学国際学部教授)対談
渡部:呉善花さんと最初に対談したのはずいぶん前でしたね。
呉:十四、五年前でしょうか。
渡部:韓国に対して物を言うにはまだまだ強い抵抗があった時代に、言論界で初めて「コリア・タブー」を破った対談でした。あの当時、呉さんは「神社は気味が悪い」と言っていましたね。
呉:韓国人が日本に来て何よりも理解できないのが神道、神社でした。当時、私は東京新宿・歌舞伎町の七階の部屋に住んでいて、窓を開けるとちょうど鬼主神社の杜が目に入る環境でした。今の時期なら蝉の声も聞こえて「いいなあ」と思う面もあるのですが、それよりも「気味が悪い」と言う方が強かったんです。
なぜかというと、韓国は儒教文化一色、「儒教イデオロギー」と言ってもいいくらい徹底しています。儒教社会では血筋を重んじるので、先祖以外のものを拝んだり信じたりするのは、文明の低い迷信の類とされているからです。
しかも私はプロテスタントのクリスチャンで、近くにあった韓国系の教会へ通っていたのですが、牧師さんに「日本に八百万の邪鬼がいる。この鬼たちを退治しないと日本の未来はない。教会に通っている人間はみな、神の使命を持って八百万の鬼たちを退治しなければならない」と教えられていました。
渡部:八百万の神が「邪鬼」とは驚きです。
呉:同じ教会には韓国から来た人がたくさん通っていましたので、たびたび私の家に集まって、窓から見える鬼主神社に向かって「早くこの神社がなくなって、ここに十字架が立ちますように」とお願いしていたほどです。
渡部:あの時、私は呉さんに「神社を知らなければ日本人は分からない」と言ったんです。それから呉さんは猛烈に勉強されて、今ではそこいらの日本人より神社に詳しくなりましたね。
呉:渡部先生のご指摘もあって、日本を知るために全国の神社を訪ね歩きました。今では神社本庁をはじめとして、日本各地の神社庁で講演をさせていただいています。全く理解できなかった神職の方々とも、お酒を飲むほどの仲になりました(笑)
古くは韓国にもアニミズムの一種として、木や岩を拝むような習慣もあったのですが、ほとんどが排除されてわずが周辺に残っているだけ。そういうものは知的レベル、文化レベルの低い人間が拝む、という感覚なんです。
ところが日本に来てみると、これだけ文化も経済も発展しているのに、霞ヶ関のビルの屋上や歌舞伎町の真ん中に神社がある。韓国人から見えば未開人の発想ですから、「反日」感情の中には常に「あいつらは未開人と同じだ」という「侮日」の感情が入り混じってくるんです。
渡部:数年前に韓国の古書学会の旅行で行った時、日本統治時代の古本をかなり買い込んだんです。その中で面白かったのが、当時のソウルでかなり役職が上の韓国人が日本に来て驚いたのは、お寺がたくさんあることだったという。韓国では仏教は最も下層の人間が拝むもので、貴族や官僚は絶対に信仰しない。ところが、自分たちを支配している先進国たる日本に来てみたら、自分たちが蔑んでいる仏教の大きな寺院が都のあちらこちらに建っているといって驚愕しているんです。
呉:李氏朝鮮時代には、仏教は国家管理下に一宗派(曹渓宗)だけしか認められていませんでした。「国家のためのもの(国家護持の仏教)ならば認める」ということで許されていたのですが、お坊さんは最低身分に置かれて蔑視され、「山にこもることしかできないかわいそうな人」という感覚でした。
そもそも、韓国には一元的な「儒教」しかありませんから、日本のようにさまざまな宗派、宗教があったり「八百万の神」がいること自体が理解できません。私も京都へ行って、いろんな宗派のさまざまなお寺が今でも残っていることに驚き、頭が痛くなりました(笑)こんなことは韓国ではあり得ない。
渡部:しかし、儒教一色といいながら、今の韓国には教会が多いですね。
呉:キリスト教については、キリスト教文化圏でないにもかかわらず、ここのところ信徒が激増しています。今は人口の半分くらいでしょうか。その多くがプロテスタントです。カトリックはマリア信仰が強い為に、儒教、男系社会の朝鮮半島では「聖母信仰」は普及しませんでした。
渡部:日本は多元的で、儒教一つとっても朱子学、古学、陽明学など分かれています。仏教にもいくつもの宗派がある。逆にキリスト教信者はそれほど多くはない。韓国とは対照的ですね。
呉:李氏朝鮮は儒教の中でも朱子学だけを採用して、これを唯一の思想として国家を固めてきたんです。家庭の中では父が最も偉いというピラミッド型で、その家庭の倫理が社会の倫理・道徳から国の法のあり方にまで、そのまま拡張されてつながっていきます。国王を国父として頂点に置き、「みな同じ血の流れている民族である」ことを説く家族国家観ですね。
家庭内で父親に逆らってはいけないのと同じように、国王には絶対に逆らってはいけない。年齢や地位が上の人間がどんなに間違ったことをいっても、下の人間はけっして否定してはなりません。朝鮮半島はこの二千年の歴史の間に、北方民族から一千回以上の侵略を絶え間なく受けてきましたから、多様な神々を信じてそれぞれが自由にものを考えていたら、いつやられるかわからない。多様化を許していては負けてしまうんです。
渡部:だから強烈な擬制で歴史を嘘で固めるんですね。
呉:まさしくそう言えます。それによって「国家=同じ民族」という意識が徹底されているので、韓国人はみな同じ血が流れている家族の拡大版であるかのように思っています。だから、国家元首を「国父」と呼ぶ。ピラミッドの頂点にいる人間は全ての人間の頂点ですから、精神的にも人間的にも正しいのです。
その究極形が北朝鮮の体制です。韓国と北朝鮮はだいぶ異なっているように思えますが、根底に流れているガチガチのピラミッド社会構造は同じです。ですから、国定の歴史教科書を読んでも、一般人が反発したり疑ったりすることがないんです。
トップにいる人間と、それを支える優秀な人間・・・昔で言う「科挙」に受かった人間が作った歴史や道徳は絶対的なものであり、そこから別の発想は生まれない。そういうことを朝鮮半島の人たちは少なくとも五百年間、踏襲し続けてきたんです。

