11名言・名文集の最近のブログ記事

闇に降り立った天才~アカギ~

闇に降り立った天才~アカギ~23巻より

アカギとの死闘、鷲津麻雀でいよいよ追い詰められた鷲津が思いをめぐらせる

鷲津「そう、覚醒しわしは永々築いてきた!勝利の不滅の怒涛の強欲の圧勝!偉業の人生を。ありえん!ありえんのじゃ!そうとも!生きるとか死ぬとかそんなことで思い悩むのは駄民!愚民!日々ダラダラ生きてるだけの、街に出れば数多蠢いているゴミ粒、芥子粒、塵芥!そんな低次元な輩のすることだ。わしは・・・君らとは違うんです!生とか死、そんなものよりわしが上!格上!

じゃから訪れない。わしが死を望まないうしは死は訪れない。つまり・・・勝つ!わしはここでアカギを殺して勝つ!それが道理!わしにとっては道理!そう。思えばそう。はたから見たら危ない橋に見える事も、わしからすれば当たり前に勝つ!鉄板の勝負。鉄板。誰も地球を踏み外したりはしない。負けようがない。負けたくても負けられない。ただ勝つ!勝ってしまうわし!見失っていた。その信念!その余波!

わしは、ただ勝つ超人!神、運、ツキそういうものからソッポを向かれた。どうにもならない。これではまるで。そうだ。そう、そりゃそうかもしれん。これは正しい。わしに最初、神などついていなかった。神懸かりは途中からだ。わしはまず自力で何者かになり、その豪腕に神は後からノコノコ乗っかってきたのだ。つまり奴は、強い者の尻馬に乗る事ばかり考えてる日和見主義者ってこと。

故に窮してる者、弱っている者、そういう者の力になど一切ならん!じゃから今のわしには降りてこん。が、かまわん!それで!もともとわしは独りではじめたのじゃ。戻っただけ。だからいらぬ!神などいらぬ!クビ!お払い箱よこっちから!死ね!神など死ね!死ね!上だ!おまえよりわしが上!」

開き直った鷲津にツキが戻る。

鷲津「当然だ!これで当然だ!何巡か回すとどうも勝負が練れるようですから一巡。一巡でどうですか?と擦り寄ってきよったわい。神が!そう。覚えておけ!わしが王!おまえたちは執事、下僕!御用聞き!従ってろ!わしに!そう。これこれ。これだった。神のあしらい方、これだった。だって奴らは助けてくれ、助けてくれと這いつくばり、拝み倒しても決して降りてこん。逆!奴らは自力!自力突破を決意した者の、その気迫、オーラに呼応するのだ。

指紋が消えるほど手を摺り合わせても、そんな輩には冷たい!一瞥もない!よし!きた!無敗無敗、もう無敗。思い出した。神の呼び出し方!思い出したぞアカギ!」

なんとも、まぁ・・・凄い言い様ですが(笑)言い切ってしまうあたりがいいよなぁ。この作者の漫画はどっか現実離れしてるというか、それでいて現実をどこか投影しているというか、全くのファンタジーのようでそうでもないような不思議な感覚があるんですよね。この「アカギ」は「天」の登場人物である、赤木しげるを主役にしたスピンオフのような作品なんですが、これだけでも成立してしまっているという。

2010年現在でもまだ連載中の人気漫画。スピンオフのはずが、吸血麻雀のインパクトがあまりにも強すぎたのか対戦相手の鷲津巌を主役にした更なるスピンオフ漫画も登場しているそうで。アカギは死闘を演じますが、天の前の時代を描いている以上アカギは負けません。まぁ漫画は終わっちゃいないんですけどね。負けたら死を意味する麻雀ですから50過ぎまで生きる設定になっているアカギはどうなってしまうのかと。

まぁわかっちゃいても、勝負というよりは個人の葛藤、思惑なんかがストーリーの主軸ですから関係ないっちゃないわけで。神より格上と断じる鷲津も結局はアカギを凌駕することなく死ぬんでしょうが、この漫画この先どうなるやら。まだまだ吸血麻雀は続いています。

天網恢々疎にして漏らさず

「天網恢々疎にして漏らさず」(てんもうかいかいそにしてもらさず)

意味:天網は目があらいようだが、悪人を漏らさず捕らえる。天道は厳正で悪事をはたらいた者には必ずその報いがある。(大辞林より引用)

 

まぁ名言というよりは諺ですが。恢々とは広くゆったりしている事で、天の張る網は一見粗いようだが、その実どんな小さな悪事も漏らす事なく必ず報いを受ける。という意味だそうです。まぁ実際問題として、社会で成功した人ってのは人を良かれ悪しかれ蹴落としてきた人たちですから敗者はこうでも思ってないとやってられんですよね。まぁ実際に使う時には、時の栄華を極めた権力者が悪事を暴かれ報いを受けたときなどに使う事が多いようですが。

「それ見た事か!やっぱり悪いことやった奴は天罰を受ける」というような時に使いますよね。まぁこの言葉は教訓的に「悪い事やっても絶対に見つかる」って意味で使う場合はほとんどなくて、悪い奴が捕まったら「それ見た事か!やっぱり悪人は世に憚ることはない」みたいな意味で使う事ばっかりで。例えば政治家とか資本家が摘発された時とかに使われてますから。でも、現実的には疎にして漏らしまくってるのが社会の実際でもあると思います。

憎まれっ子世に憚るという言い方がありますけど、色んな意味で完全な割り切りと達観が出来る人が憚る世の中です。それが良いか悪いかはさて置いて、実際そういう人が競争になれば勝利を得ますから。神風が吹くとか正しい事をやれば救われるというのは結果的に、どうかすると単なる自己満足とか根拠のない理屈にしかならない場合もあるし、負けの決定的な要因になる場合もありますし。勝つ為に最良の手段を選んだ者が勝利するという現実は知るべきです。

道徳観としては、「天網恢々疎にして漏らさず」の精神を持つ事は大切です。そして悪い奴が罰を受けた時には「天網恢々疎にして漏らさずだな」と言うと少し知的に見えるんじゃないでしょうか(笑)

教育ニ関スル勅語~教育勅語~

教育勅語とは、明治23年(1890年)に日本教育の根幹を成すものとして発表された勅語です。正式には「教育ニ関スル勅語」というそうですが。これは明治天皇が国民に語りかける形をとっており、日本の伝統的道徳観をまとめるものになっているそうだ。(wikiペディア参照)

最近は教育勅語の復活の必要性が言われる事もあるが、大東亜戦争中はその内容を国民教育の思想的基礎として神聖化されていた為、問題視される事も多い。特に昭和13年(1938年)国家総動員法が施行されると、それを正当化する為にも利用された為に本来の趣旨とは違った形でその存在が否定されているとも言える。

また、戦後GHQによって教育勅語が問題視され昭和23年(1948年)には衆議院では「教育勅語等に関する決議」が、参議院では「教育勅語等の失効確認に関する決議」が決議されている。しかし、内容を読んでみると、実に当たり前の道徳観が書かれているに過ぎず今の日本社会において教育勅語の精神が求められているとの指摘には頷ける部分も多い。以下に原文と現代語訳を載せておくので読んでみてもらいたい。

また明治天皇を祀る明治神宮のwebサイトでは教育勅語を「日本人にとって何が大切であるかを示された手本である」と紹介されている。

 

教育勅語

朕(ちん)惟(おも)うに、我が皇祖皇宗(こうそこうそう)国を肇(はじ)むること宏遠(こうえん)に、徳を樹(た)つること深厚(しんこう)なり。

我が臣民(しんみん)克(よ)く忠に克(よ)く孝に、億兆(おくちょう)心を一(いつ)にして世々(よよ)厥(そ)の美を濟(な)せるは、此(こ)れ我が國體(こくたい)の精華(せいか)にして教育の淵源(えんげん)亦(また)實(じつ)に此(ここ)に存す。

爾(なんじ)臣民(しんみん)、父母に孝(こう)に、兄弟(けいてい)に友(ゆう)に、夫婦相和(あいわ)し、朋友(ほうゆう)相信じ、恭倹(きょうけん)己を持し、博愛衆に及ぼし、學を修め、業を習ひ、以(もっ)て知能を啓發(けいはつ)し、徳器(とっき)を成就し、進んで公益を廣(ひろ)め、世務(せいむ)を開き、常に國憲を重んじ、國法に遵(したが)い、一旦緩急(かんきゅう)あれば義勇(ぎゆう)公に奉(ほう)じ、以(もっ)て天壤無窮(てんじょうむきゅう)の皇運(こううん)を扶翼(ふよく)すべし。

是(かく)の如きは、獨(ひと)り朕(ちん)が忠良(ちゅうりょう)の臣民(しんみん)たるのみならず、又以(もっ)て爾(なんじ)祖先の遺風(いふう)を顕彰(けんしょう)するに足らん。

 斯(こ)の道は、実に我が皇祖皇宗(こうそこうそう)の遺訓(いくん)にして、子孫臣民(しんみん)の倶(とも)に遵守(じゅんしゅ)すべき所、之(これ)を古今に通じて謬(あやま)らず、之を中外(ちゅうがい)に施して悖(もと)らず。

朕(ちん)爾(なんじ)臣民(しんみん)と倶(とも)に拳々服庸(けんけんふくよう)して、咸(みな)其(そ)の徳を一(いつ)にせんことを庶(こい)幾(ねが)う。

明治二十三年十月三十日  御名御璽

※文中の()は読み仮名。 

 

(現代語訳)

私は、私達の祖先が、遠大な理想のもとに、道義国家の実現をめざして、日本の国をおはじめになったものと信じます。

そして、国民は忠孝両全の道を全うして、全国民が心を合わせて努力した結果、今日に至るまで、見事な成果をあげて参りましたことは、もとより日本のすぐれた国柄の賜物といわねばなりませんが、私は教育の根本もまた、道義立国の達成にあると信じます。 

国民の皆さんは、子は親に孝養を尽くし、兄弟・姉妹は互いに力を合わせて助け合い、夫婦は仲睦まじく解け合い、友人は胸襟を開いて信じ合い、そして自分の言動を慎み、全ての人々に愛の手を差し伸べ、学問を怠らず、職業に専念し、知識を養い、人格を磨き、さらに進んで、社会公共のために貢献し、また、法律や、秩序を守ることは勿論のこと、非常事態の発生の場合は、真心を捧げて、国の平和と安全に奉仕しなければなりません。

そして、これらのことは、善良な国民としての当然の努めであるばかりでなく、また、私達の祖先が、今日まで身をもって示し残された伝統的美風を、さらにいっそう明らかにすることでもあります。


このような国民の歩むべき道は、祖先の教訓として、私達子孫の守らなければならないところであると共に、この教えは、昔も今も変わらぬ正しい道であり、また日本ばかりでなく、外国で行っても、間違いのない道でありますから、私もまた国民の皆さんと共に、祖父の教えを胸に抱いて、立派な日本人となるように、心から念願するものであります。

天和通りの快男児~天~

天和通りの快男児~天~18巻より

赤木とひろゆきとの面談が始まり、自殺を思いとどまらせる説得の方法を考え込むひろゆきに対して

赤木「おいおい、そう押し黙られても困るな。そんなんじゃ何も始まらねぇ。何でもいいから話してみ。話せば動き出す。その動きの中で随時考えていけばいいんだ。展開しないぜ、このままじゃ。埒があかねぇとはまさにこの事」

ひろゆき「そりゃぁそうですが」

赤木「やれやれ・・・まるで詰め将棋だな。正着手が見えないと一手目から動けない詰め将棋。しかし、間違っている!それはこの世のありようと違う!不完全でもやはり動く事が道を開くこと。そうだろ?

・・・・じゃぁこうしよう。ここに1から9までのピンズが2枚づつ18枚ある。つまり1は2枚あるってことだが、この1を2連発で今お前が引いたら、その奇跡に敬意を表し生き残ろうではないか!決心を翻し生き残る。ただし、もし2連発で引けなかった場合はお前の腕一本貰おう。どうする?」

ひろゆき「(確率としては1/153か・・・ひどい確率だ・・・)」

赤木「ハハハハハ!おいおい!何考え込んでんだよお前。いいかヒロ。俺を生かしたいと思うならこんなもん即受けだよ!即受け!いいか、考えるな。負けの可能性なんて。今回みたいな場合はな。ただ勝ちに賭けりゃいい。負けた時は反故にしちまえばいい。腕一本なんていう馬鹿な取り決めは!」

ひろゆき「反故にですか!?」

赤木「そうさ。死んでいく奴との約束なんて知ったこっちゃねぇって反故にすればいい。お前にはそういうズルイというかいい加減なところがない。かくの通り、乱戦よ!勝負事は。通用しない。お前の生真面目さは!足を取られて終わりだ。だからもっといい加減になればいいのさ。柔軟になればいい。もっと。真面目である事は悪癖だ!かくあらなければならないなんて考えは悪癖だ!それがお前を止めちまった。」

ひろゆき「どうしてそんなことを言い出すんですか?止まっていたなんて」

赤木「どうもこうもねぇ。ただ、そう感じた。意味もなく。感じたんだ。今日会って一見朧だなって。命が煙っている。お前の全体からまっすぐ生きていない淀み、濁りを感じた。苦戦の匂い。立ち止まりを感じた。」

ひろゆき「よしてくださいよ!それって印象じゃないですか!根拠も何もないただの印象」

赤木「そう印象だ。でもそれで十分。おおよそ誤らない。その人間の状態をおおよそ誤らない。難しく考えることはない。命ってのはすなわち輝きなんだから、輝きを感じない人間は命を喜ばせてないんだなってすぐわかる。どうして命が喜ばないかと言ったらこれまたひどく単純な話。要するに動いてないのだ!

命の最も根源的な特徴は活動。動くってことだ。動かなくなったら即死なんだからよ。それは微生物から人間まで変わらない。多分、お前はあの東西線から9年間半死!わけわからないんじゃないか?自分でもこの9年間何をやってるんだか。」

ひろゆき「赤木さんにはわからない。へこたれる人の気持ちがわからない!やろうと思っても最初から萎えてしまう。心ならずも停滞してしまうそんな人間の気持ちがわからない!なぜなら何でも出来る人だから!」

赤木「そうかな?けどよ、仮にそうだとしても、そういう才能みたいなことと、命は関係ねぇだろ。いわゆる凡庸な奴の中にも輝いている奴はたくさんいるだろ?いるさ。いくらでもいる。楽しむか楽しまないかだけだ!」

ひろゆき「楽しむ?」

赤木「勝負するってことよ!」

ひろゆき「だからそれが無理なんですって!勝負を楽しむなんていうのは、あくまで勝つ人の話で上には上がある。赤木さんや天さんの麻雀には届かないってわかってしまった以上、もう勝負なんて勝負を楽しむなんて不可能でしょ!そんなこと!ただ傷つくだけじゃないですか!そんなことしても!」

赤木「そうかな?案外そうじゃないんだけどな。まぁいいや。そこは置いとこう。そこはヒロの言う通りだとしよう。しかし、そんなに悪いかな?傷つくって。思うようにならず傷つくっていうかイラつくっていうか、そういうの悪くない。まるで悪くない!俺はいつもそう考えてきた。痛みを受ければ自分が生きてるってことを実感できるし、何より・・・傷つきは奇跡の素。最初に一歩になる!

たいていの奇跡、偉業は初めにまず傷つきそのコンプレックスを抱えた者が、通常では考えられぬくらいの集中力や持続力を発揮して成し遂げるものだ!つまり、天才とか言われる連中の正体は、みなその類の異常者!さらりと生きてない。あいつらもさらりと生きてない。結局ハナっから勝つ人、負ける人なんていないんだ。結果表れるだけ。勝ったり負けたりが。決めるなよ。自分が勝てないなんて決めるなよ。

わかったもんじゃないって。勝ち負けはわからない。第一いいじゃないか。仮に負けても。何かをして仮にそれが失敗に終わってもいい。」

ひろゆき「そりゃぁ小さな失敗ならいいですよ。でも大きく人生そのものに関わる失敗てのは!」

赤木「それもいい。いわゆる世間でいうところの失敗の人生もいい!」

ひろゆき「メチャクチャ!どこがいいっていうんですか!そんな人生の!誰にも認められず軽んじられ疎まれ嫌われる。軽蔑や貧窮、そんな人生ってことでしょ!?どこがいいっていうんですか!そんなのの!」

赤木「そいつは嫌だな(笑)」

ひろゆき「そんな羽目に陥るくらいなら、まだ今の方が・・・まともっていうかそれなりっていうか・・・」

赤木「やっぱりそこか。今ヒロは今の方がまともって言ったが、そのまともって何?平均値、世間並みってことか?そういう恥ずかしくない暮らしってことか?知ってる?それだぜ!お前を苦しめているものの正体って。お前は、そのまとも、正常であろうっていう価値観と自分の本心、魂との板ばさみに苦しんでいたんだ。振り回されてきた。そのまとも、正しさに。

考えてみろ。正しい人間とか正しい人生とか、それっておかしな言葉だろ?ちょっと深く考えると何言ってんだかわからないぞ。気持ち悪いじゃないか。正しい人間、正しい人生なんて!ありはしないんだって、そんなもの元々。ありはしないが、それは時代時代で必ず表れ俺たちを惑わす。暗雲!俺たちはその幻想をどうしても振り捨てられない。一種の集団催眠みたいなもん。まやかしさ。そんなもんに振り回されちゃいけない。

とりあえずそれは捨てちまっていい。そんなものと勝負しなくていい。そんなものに合わせなくていい。そういう意味じゃ駄目人間になっていい!」

ひろゆき「・・・赤木さん・・・」

赤木「話しておきたかったんだ。今日それだけはヒロに。いかにもお前その辺に引っかかってそうだったからよ。さぁもう漕ぎ出そう!いわゆるまともから放たれた人生に!無論、気持ちはわかる。わかりやすい意味での成功。世間的な成功。金や地位、名声、権力、称賛。そういうものに憧れる。けどよ、ちょっと顧みればわかる!それは人生そのものじゃない。そういうものは全部・・・飾り!人生の飾りに過ぎない。

ただやる事、その熱、行為そのものが生きるってこと!実ってやつだ。成功を目指すなと言ってるんじゃない。その成否に囚われ思い煩い、止まってしまうこと、熱を失ってしまう事。これがまずい。こっちの方が問題だ。いいじゃないか!三流で。熱い三流なら上等よ。まるで構わない。構わない話だ。恐れるな!失敗を恐れるな!」

天和通りの快男児~天~

天和通りの快男児~天~18巻より

赤木と原田の会話シーン

原田「わかんねぇよ。例え僅かでも生きたきゃ生きりゃぁ!」

赤木「まぁわかんねぇだろうな。お前は積む人間だからわからねぇ。すぐにわかった。こいつは誤解してるなと。多分、お前はこう考えた。アルツハイマーになんかなっちまって、なんて赤木しげるはついてない。かわいそうだと!

だろ?クククところが実はそうでもねぇ。そうかわいそうって訳でもねぇ。上から下を見下ろすように、あっさりそう決め付けられちゃちょっと不愉快だ。俺からすりゃ・・・原田、お前の方がかわいそうだ。」

原田「はぁ?かわいそう?どうして!」

赤木「簡単だ。お前も気づいてるだろう薄々は。ろくに生きてねぇ!お前は今ろくに生きてない!ククク苦しむぜそれじゃぁ。死の際、死の淵で」

原田「どういうことだ!あ?かわいそうとか苦しむとか、ろくに生きてねぇとか何言ってんだ?まるでわからねぇ!」

赤木「だから、積み過ぎたってことさ。お前は成功を積み過ぎた!」

原田「おいおい、何を言い出すんだ?悪いってのか?成功が!失敗しろとでも言うのか?勝つなと?」

赤木「そうは言わねぇ。勝つこと、成功は必要だ。生きていく以上な。どうしたって成功は目指さざるを得ない。それはいい加減に生きてきた俺とて同様。何しろ死んじまうんだ。勝ってかないとな。だから目指す!目指すさ。それは仕方ない。

ただ、俺は成功を少し積んだらすぐ崩すことにしてきた。意図的に平らに戻すようにしてきた。実は成功はなかなか曲者でよ。一筋縄じゃいかない代物!最初の一つや二つはいいんだが、10、20となるともう余計。余分だ。体を重くする贅肉のようなもの。

それを、お前はいいやいいやで無用心に積み過ぎだ。動けねぇだろ?お前今動けねぇだろ?満足に。まぁ最初は必要な意味ある成功だった。勝つことによって人の命は輝き光を放つ。そういう生の輝きと成功は最初つながっていた。なのにどういうわけか積み上げていくとある段階でスッとその性質が変わる。

成功は生の輝きでなく、枷になる。いつの間にか成功そのものが人間を支配乗っ取りにくるんだ。成功が成功し続ける人生を要求してくる。本当はあえてここは失敗をする。あるいはゆっくりする。そんな選択だって人にはあるはずなのに、積み上げた成功がそれを許さない。

縛られている。まるで自由じゃない。原田。正直に言ってみ。お前窮々としてるだろ?どんなに金や権力を手に入れたところで実は窮々としている。成功ってやつは人を自由にしないんだ。裸を許さない。装う事を要求してくる。つまり成功者大物らしく振舞うことを要求してくる。

さぞや窮屈だろうぜ!我慢してるはずだ。そんなストレスのかたまりみたいな日々を、お前は営々とこなしている。スケジュール通り。何だそれ?まるでわからねぇ。ありのままの自分がどこにもねぇじゃねぇか。金や家来をいくら持っていようと、そんなもん俺は毛ほども羨ましくねぇ。みすぼらしい人生だ。生きてると言えるのか?お前それで!

棺さ。お前は成功という名の棺の中にいる!動けない。もう満足にお前は動けない。死に体みたいな人生さ」

・・・部屋を出て一人思いにふける原田

原田「その通りかもしれねぇ。おれはただそれを営々とこなす係り。番人みてぇなもの。成功を維持管理する番人。管理者。俺が築き、勝ち取った成功が、成し遂げた成功が、どういうわけか俺を殺しにきやがる!そうまるで棺の中にいるようだ。そうか・・・なるほどな。死んでたかい。生きながら俺は半ば死んでいた。

気が付かなかったぜ。うかうか暮らしてるとついわからねぇ。見失っちまう。気がつけねぇ自分ではな。しかし、逆も言えるんだぜ?赤木!あんたは生きたがってる。そんな事ねぇと言うだろうが、俺は確かに感じた。赤木、案外自分のことはわからねぇもんだぜ」

天和通りの快男児~天~

天和通りの快男児~天~18巻より

17巻での赤木と原田との会話シーンの続きから

赤木「死のうと決めても3%くらい生きたい気持ちが混ざる。逆に言うなら通常生きてる時も何%か死にたい気持ちが混ざっている。スリルって快感じゃねぇか?破滅や死を誰も望んでない、嫌なこったと言いながら一方で少し覗いてみたかったりする。

そんなに嫌なものなら、ただ避けていればいいだけのことなのに一方で望むんだ。破滅や死を呼ぶギャンブルやスピードや血なまぐさい決闘を。まぁ学者の能書きじゃ、それは生を希求する心の変形でそうやって生の対極にある破滅や死を覗くことによって浮かび上がらせてるってことらしい。現在の生を!

つまり死ぬたいのではなく、死にそうになった後に助かりたいのだ。求めているのはこの助かった生き延びたという快感であって、別に死や破滅を求めているわけではないって話だがどうかな?まぁ否定はしない。スリルってやつの正体は概ねそんなところ。

が、果たしてそれが全てか?チキンランでアクセルを踏む時、大穴に有り金を突っ込む時、微かによぎる破滅。それ自体を求める心!死んじまうことへの希求!そんな説明不能な危ない気持ちがまるでゼロと言い切れるか?とりあえず俺にはあった。そんな気分。感性が。

だからここぞという場面で助かるよりむしろ死ぬだろう。それで結構という選択がしばしば混ざった。大事な場面で死に向かう一打が。どうもこれが相手の調子を狂わせてきたらしいぜ。通常一か八かの一打といっても、まぁまぁ勝算の高い方を打ってくるのに俺は時に逆!生き残りの低い方を選択してくるんだから訳がわからない。困惑していた。明らかに!」

原田「なるほど・・・こりゃぁかなわねぇ!かなわねぇはずだ!生きようとする人間の一打は読めても、死のうって人間、死に向かう一打なんてわかるわけがねぇ!読めねぇよ半ば死人の打ち筋なんて!」

赤木「まぁ・・・確かにわかりにくかろうな。読みの基盤が消えちまってんだから我ながら訳わかんねぇ。しかし、俺からすればそれがただ自然だった。いつも俺は生に死が混ざっていた。だから今死ぬと言っても言うなら濃度の問題でよ。生死はコインの表と裏みたいなそういう正反対の変化じゃねぇ。同じ泥中の濃いところと薄いところというか。水割りの濃度の問題と大して変わらない。

いつもは割っていたのに、今回は原酒っていうのにちょっと面食らっているというか、嫌な気分になっているだけだ。3%ほどな」

天和通りの快男児~天~

天和通りの快男児~天~17巻より

赤木と原田の面会のシーンで原田が「死ぬのが怖くはないのか!」と赤木に質問する場面

原田「かけらも、ただの1%も生きる気ねぇのかい?ゼロかよ!?本当に心から!」

赤木「クククいや、1どころか3はあるだろうよ!3%は生きたい未練がねぇわけじゃねぇさ」

原田「だったら!」

赤木「原田・・・仕方のない3なんだ。生きてる以上、生きたいという気持ちは完全には消せない。3くらいは混ざる。混ざらざるを得ない。まるっきりスッキリってわけにはいかねぇ。どう頑張っても混ざるものは混ざる。なら、これはもう・・・甘んじて受けるしかない。そうは楽に死ねないと。諦めるしかない。これが死の味と観念するしかない。」

天和通りの快男児~天~

天和通りの快男児~天~17巻より

赤木との最後の面談を終えた僧我が一人思いをめぐらせる場面

僧我「確かに大変な天才だが、同時に社会生活を送る者としては破綻者でもあったんや!普通には生きていけない男。唯一奴はあの能力だけを頼りにここまで生き延びてきた。だからそれを失ったらもう死ぬしかない。

さっき、奴は高みのまま消えていくんやな。そう思ったんやが、多分赤木からすればまるで違う感覚なんやろ。奴にすればこれが最低線。譲れないギリギリの線なのかもれん!動物と一緒や!奴は能力が尽きたら死にたいのよ。虎や熊、鷲何でもいいんやが、動物はみな己の突出した能力によってその生命を支えとるやないか。

例えば、猛禽類の王である鷲。鷲は天空を舞う翼と獲物を八つ裂きにする爪、くちばしそれらによって命を支えている。つまり、能力才能がすなわち生!野生動物はだからこそただ生きているだけで美しい。在り方がシンプルで無駄な欲がないから美しい。いうなら機能美。鷲が翼を失い、獲物を八つ裂きにする爪やくちばしを失いただヨタヨタ歩き回るだけのそんな存在になったとしたら。

それはもう鷲やないやろ?DNAなどの問題はともかく、少なくとも生き物としての鷲のイメージはない。当然美しくもない。多分、鷲に言葉を発するそんな能力があるとしたら「もういい」言うんやないかな?「殺せ」と。もっとも、そんなヨタヨタした存在を自然界は許さん。3日と持たず誰かが食い散らかす。それが自然の摂理。当たり前の姿!一見それは残酷に見えるかもしれんが、能力を失って生きる方がよっぽど残酷よ!

死んだ方が生き物としては救いなんよ。赤木がやろうとしてることは多分そういうこと!人としての能力を失って生きていたくないんよ。霞がかったような意識で生きていたくないんや。もういいちゅうことよ。事ここに至ったらもう死にたい!獣のように朽ちたいと!

いらないって決断があっていい。どこまでも生きなくたっていい。その幻想がどれほど人を苦しめてきた事か。出来る事なら人は自由に生き、自由に死んでいきたい。赤木はただそれをやろうとしてるだけなんや!難しい話じゃないのさ。楽になったわ。風が通った感じや心に!わしらは死んでいいんや!恥じる事はない!死のう、時満ちたなら!」

天和通りの快男児~天~

天和通りの快男児~天~17巻より

赤木と僧我との会話の一場面で

僧我「少しぐらいわからなくたって死ぬ事ないじゃないか!ボケたっていいじゃねぇか!残った意識の中で人生を楽しめる」

赤木「茶でも飲んでろってか?」

僧我「そうだ!そういう幸せもある!」

赤木「いらねぇよ。そんな幸せ。勝負が出来なきゃ無意味。勝負が人生の全て!」

僧我「何を言うとるんや!そんな滅茶苦茶あるかい!全てって事はねぇだろ。他にも女や酒、友人、家族とかいろいろ・・・」

赤木「ククククそんなものは全部休憩だ!あんなものは勝負と勝負の間の息継ぎに過ぎない」

僧我「それは違う!滅茶苦茶偏った考えや!それは!」

赤木「その通り!俺は偏っている。俺は唯一それを誇りにここまで生きてきた」


その後、勝負が人生の全てと言い切り、だから勝負が出来ないんだから死なせろという赤木に対して、偏った考え、しかし偏った考えだからこそ超人的能力や直感を赤木が発揮したのかもしれないと思いをめぐらせるシーンになる。僧我はそこで心で叫ぶ「勝てる気がしねぇ!」

自分を憐れむのは贅沢だったんだ!

「自分を憐れむという贅沢がなければ、 人生なんていうものには耐えられない場合がかなりあると私は思う。」

 

~ヘンリ・ライクロフトの私記より ギッシング~

 

 わかるんだなぁ・・・自分を憐れむという事は自己弁護というか自己防衛というか自己正当化というか。そういうことをして自分を保護しないと耐えられないことだらけなのが人生ってもんなんだなぁ。それが行き過ぎると毒にもなるけど、適度にする分には精神安定剤のようなもんだと思う。

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