2012年もう一ヶ月終了。時間が経つのは早いもんで(2012/02/04)

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白人に寝返った哀れなツケ

高山正之著 「偉人リンカーンは奴隷好き~変見自在~」(新潮社)より転載

白人に寝返った哀れなツケ

真珠湾攻撃のあと、米政府はカリフォルニア州など西海岸三州の日系人に引き払い命令を出した。

日本軍がここに上陸したとき呼応して侵略に手を貸すに違いないという言い分だった。

しかし東海岸でドイツ系市民を隔離はしなかった。生意気な非白人種を始末したいという思いがそこに覗いている。

驚いたことに何百人かはこの理不尽な命令に黙って従って家を捨て見知らぬ土地に移っていった。のちに東京五輪招致に手弁当で協力したフレッド和田もこのときオークランドからユタ州の荒地に移っている。

しかし大方の日系人はこれを拒んだ。

年が明けて米政府は一斉に日系人を狩り出し、モハベ砂漠に作られたマンザナなど十箇所の強制収容所に追い立てていった。

手製のカメラでこの収容所の生活を記録した宮武東洋のドキュメンタリーが今、公開されている。

映し出される画像はあのナチのユダヤ人ゲットーの狩り立てと強制収容所送りの映像に恐ろしいほどダブって見える。米国人の正体が透けて見える。

収容所に送られたのは十二万人に及ぶ。漏れはなかった。短時日にここまで完璧にやれたのは日系市民連盟(JACL)の協力があったからこそだった。

この組織はもともと日系への偏見を正し、権利を守るために作られた。

それが寝返って、身内を売り渡したのだ。

裏切りの証拠はある。日系人がすべて収監された中でJACL幹部とその家族は自由世界にとどまれたこともその証の一つだ。

しかし組織の全メンバーが鉄条網の外にいたわけではなかった。何人かは善良な日系人を装って収容所に入り、内側から収容者の言動を監視し、米当局に報告していた。孫子・用間篇に言う「死間」、つまりクサだ。

これがやがて「マンザナの暴動」を引き起こす。

発端は隠れJACLが若い二世に「日本人であることを忘れろ。米国の為に兵役に志願しろ」と誘いをかけて歩いたことだった。

宮武のドキュメンタリーには怒る一世の声が入っている。財産や自由ばかりか日本人の心まで奪っておいて、そんな国に忠誠を誓えというのか、と。

鬱積した思いが開戦からまもなく一年というときにはじけた。ある夜、収容所内で隠れJACLの一人が六人の男に襲われて袋叩きにされた。

米当局はすぐさま容疑者を逮捕する。収容者がそれに抗議すると当局は待っていたように丸腰の収容者に銃撃で応えた。暴動とされるこの騒ぎで十人の日系人が死傷した。

これ以降、JACLは公然と米国への忠誠を謳い、米政府は日系人部隊の創設を決めた。

収容所では「日本国天皇への忠誠を否認する」ことを求めた忠誠登録が収容者に押し付けられた。

拒んだ者は別の施設に送られ、若い二世の多くは兵役を志願して出所した。

やがて欧州戦線での二世部隊の活躍が伝えられた。彼らの代名詞「Go for broke(当たって砕けろ)」が示すように舞台の消耗率は半端ではなかった。

収容者は最後にわが子まで失って泣き、JACLはこれで評価が上がったと笑ったが、米政府からは何の挨拶もなかった。

この組織は半世紀後の三菱自動車セクハラ訴訟にも出てきた。組織代表のポール・イガサキは「日本では女に人権はない」から「日系企業の三菱は職場のセクハラを推奨した」と嘘八百を並べて三菱を訴えた。

彼はこの恐喝訴訟のためにクリントンに雇われたが、四十億円を脅し取った段階で使い捨てられた。

米国への忠誠を祖国・日本を裏切ることと錯覚する者は多い。日本軍は二十万人の女性を拉致して性の奴隷にしたという従軍慰安婦の嘘を担いだマイク・ホンダもそれで米国社会に取り入ったと信じているが、果たして次はあるのか。

ニューヨークタイムズのノリミツ・オオニシも無知を曝け出しながら日本を貶め続けたが、この三月に人知れず日本を去った。

次のポストは不明。彼も用済みになったか。(2009年5月21日号週刊新潮)

日本に住むには百年早い

高山正之著 「偉人リンカーンは奴隷好き~変見自在~」(新潮社)より転載

日本に住むには百年早い

家から一分ほどの駐車場を借りている。隣はかなり古い型の乗用車が入っていて、持ち主はインド人の若い女性だった。

ある日、駐車場に行ったら彼女がバケツの水で車を洗っていた。目が合って軽く会釈する。

車に乗り込んで発車しようとしたら、頭上でヘンな音がした。

窓越しに見ると彼女がこっちの車の屋根からフロアマットを取り込もうとしていた。

洗って濡れたマットの干し場にわが愛車の屋根を使っていたのだ。

車を止め、彼女にインドと日本の違いを教え、ソフトにたしなめた。

インド人は表情を消して、まるで言葉がわかりませんみたいな顔をして突っ立っていた。

そんなことがあって数日後、愛車の左側、つまり彼女の車のある側のドアに小さな凹みがついていた。

それからまた数日後、凹みは三つに増えていた。凹みの高さは同じ。

計ってみると彼女の車のドア下端と同じ高さだった。たしなめられたことへの報復にドアをぶつけていたのだろう。

傷が四つになる前に彼女に会う機会があり、もう一度たしなめたら、別の駐車場に移っていった。

インドでは未亡人は夫の亡骸とともに生きたまま荼毘にふされる。いわゆるサティだが、そういう風習が生まれる理由が何となしに分かるような気がした。

渋谷駅の山手線ホームで、祖父から孫まで十人くらいのインド人家族と行き合った。電車が入ってくると整列する日本人客の脇から息子夫婦が割り込んでいった。気がつくと後ろにいたはずの祖父母もこっちより先に乗り込んでいた。

かつて新疆ウルムチ駅でそれと同じ光景を見た記憶がある。割る込んだのは中国人だが、そのテクニックは同じだ。

そのときは座席指定車両の乗車口で、なぜ中国人がわれ先に割り込んだのか意味が分からなかったが、乗ってみたらこちらの座席を占拠していた。

「日本人の席だ」と怒鳴ったら退散したが、そうでなかったら指定席でも先に居座った者が勝つらしい。

インド人一家が混んだ電車に割り込み乗車したところでそれで座れるワケでなし、意味のないことをすると思うのは日本人だけで、恵比寿を過ぎた頃には全員が座っていた。

日本人はそんな彼らに眉を顰めるが、彼らはそれを痛痒にも感じない。

先日、仕事で新横浜から新幹線「のぞみ」のグリーン車に乗った。

混んでなければ並んだ二席を独り占めできるが、このときは通路側に中年の紳士が座っていた。他はガラガラで運の悪さに泣いたが、そうじゃあなかった。

結論から言うと隣の紳士の本当の席は三列後ろの窓側席。ところが品川駅から乗ったら、白人夫婦と十歳くらいの息子が席を向かい合わせにして座っていた。

席が違うと言っても「空いている席に座ればいい」とまるで中国人の対応だ。車掌を呼んだが、グリーン車の車掌は女性だから対応も大人しい。

「少しの間ですから」とわが隣の席に座らされたそうだ。

そのうちこの米国人一家の父親が車掌と戻ってきた。彼らの本来乗るべき普通車を車掌に案内させて見てきたらしい。

それで移るのかと思ったら「普通車だと家族はバラバラになる」「子供は車窓の景色も見られない」とかゴネ続ける。

そして「もう半分まで来たじゃないか」と父親は言う。確かに新幹線はもう静岡を通過中だった。

「だからあと少しここにいてもいいだろう。周りもすいてるし」

車掌がそこで毅然として言った。「結構です。ただし規定料金の三倍をいただきます」と。

この一言で傲岸不遜の米国人一家はやっと立ち退いた。ついでながら、これがオランダだとうっかり一等車に入っただけで料金の三倍を取り立てる。まだ日本は温情が過ぎる。

池袋に蝟集する中国人がここに中華街を作って新名所にするそうだ、と朝日新聞が嬉しそうに書いていた。

しかしマナーも知らない、平気で街は汚す余所者に地元は拒絶反応を示した。当たり前だが計画は頓挫した。

日本に住むには百年早い者がまだまだ多い。(2009年4月9日号週刊新潮)

リンカーン大統領は偉人か

高山正之著 「偉人リンカーンは奴隷好き~変見自在~」(新潮社)より転載

リンカーン大統領は偉人か

朝日新聞はオバマがよほど好きみたいだ。

先日の論説委員コラムは「オバマの尊敬するリンカーンが徳川家茂に宛てた書簡があった」という、それがどしたみたいな話を載せていた。

書簡は南北戦争のさなかに書かれ、そのすぐ後に彼は奴隷解放を宣言している。それから百五十年、いまオバマ大統領が登場した。家茂から現代までの年月と重ねてみて「これを長いと見るか短いと見るか」とコラムは問う。

問いがよくわからない。

だいたい百五十年前まで奴隷を使っていたこと自体、米国は恥ずかしいほど遅れていた。

やっと奴隷制をやめてなお、百五十年間も人種の壁を崩さなかったのは正気の国とも思えない。

奴隷制を憎んでその歴史も持たない日本と重ねたら、なおさらこの国のお粗末さが際立つだけだ。

このコラム子はそれも分からずに、あたかも米国がいい国のように語る。

この国の正体は百五十年前を見ただけではだめだ。遡ってメイフラワー号でやってきた清教徒の時代から見なければならない。

彼らは知られるようにワンパグノ族の酋長マサソイトが恵んだ食糧で冬を越す。感謝祭の謂れだか、よさそうな話にはけったいな続きがある。

七面鳥で元気になった清教徒らは酋長の死ぬのを待って彼らの領土を奪い始める。抵抗した息子は殺され、その首は二十年間プリマスの港に晒された。

彼の妻子と一族もまとめてカリブの奴隷商人に叩き売られた。

土地を手に入れた清教徒は働き手と妻を最寄の奴隷市場に買いにいった。

奴隷市場は実はメイフラワー号が着く一年前に店開きしていて、最初の売り物は百四十人の英国産の白人女囚だった。

新大陸はまず男どもが入植したから圧倒的な女日照りだった。それで英政府は万引き程度の罪でもみな島流しを宣告して新大陸に送り込んだという。

女が行き渡ると市場の主商品は黒人になった。

こちらも当初は開墾だとかの力仕事に耐えられる男の奴隷が主だったが、やがて女の奴隷も入れるようになった。

輸入に頼らず、国内で繁殖させればコストは安上がりになる。

ちなみに独立宣言を起草したトーマス・ジェファーソンは黒人女性サリー・ヘミングスを隠し妻にしたことで知られるが、彼女は正確には八分の一の黒人混血児だった。

つまり繁殖用に輸入された曾祖母がまずブリーダーの白人に犯され、生まれた娘がまた白人に犯され、孫も犯されてサリーが生まれたということだ。

彼女がずっと隠し妻だったのは当時、黒人女性など有色人種と白人が性交すること自体が罪とされていたからだ。

それでもジェファーソンは「人は等しく創造され、生命と自由と幸福追求の権利を持つ」と書いて恥じるところがなかった。

こうした裏切りや背徳が山と積まれたころ、リンカーンが登場する。

彼は確かに黒人奴隷制の廃止を宣言した。

いかにも人道的な人のように見えるが、この宣言に前後して彼はダゴタ族の討伐命令を下し、その処刑まで命じている。

発端は白人側の裏切りで、土地を取り上げた代償の食糧品などが粗悪を極めた。怒ったダコタ族が決起すると、待ってましたと騎兵隊が殺到して全滅させた。いつもの手口だ。

このときは法に則って裁判を開いたというが、たった五分で結審して三百人のダコタ族に死刑判決が下された。ミネソタ版の東京裁判といっていい。

リンカーンはそれを支持した。人道的というには程遠くないか。

奴隷廃止も額面通りではない。米国は国際世論がうるさい黒人奴隷に替わる格安の中国人苦力をとっくに見つけていた。実際、ペリー来日前に米の奴隷船から苦力が石垣島に逃げ込み、ペリー艦隊の戦艦サラトガが砲撃、上陸して逃亡した苦力をみな殺しにしている。

コラムはリンカーンの性格は筆跡からきっと「正直に違いない」と見る。そして日本に書簡を認めるとき「どんな日本を思い浮かべたのだろう」と結ぶ。

同じモンゴロイドのダコタ族を虐殺し、苦力を代替奴隷に使う白人大統領が日本人をどう思っていたか、コラム筆者は想像がつかないのだろうか。(2009年2月12号週刊新潮)

朝日はどこの国の新聞か

高山正之著 「偉人リンカーンは奴隷好き~変見自在~」(新潮社)より転載

朝日はどこの国の新聞か

オランダは国家としても性根が悪い。

ナチスに敗れて国を失ったウィルヘルミナ女王はロンドンに亡命後も植民地インドネシアの搾取は続けた。色付き人種は人間ではないと彼女は思っていた。

だから日本が南部仏印に進駐すると、白人の財産である植民地に色付き人種が勝手に上がりこむとは何事かと怒って報復に蘭印(インドネシア)にある日本資産の凍結を宣言した。

その四ヵ月後、日本は英米に宣戦布告する。

彼女は無視されたことを怒って日本に宣戦布告してきた。兵力は蘭印駐屯の植民地軍と軍艦が少々。

向こうから戦争を吹っかけてきたのだから少しは骨があるのかと日本人は思った。

スラバヤには要塞がある。日本軍は満州から要塞砲を運んでいい戦争をしようとしたが、彼らは砲が着く前に降参した。

バンドンの要塞も一週間攻めただけで八万人が手をあげた。ちなみに日本軍はたったの二千人。オランダ人はほんとに臆病者揃いだった。

彼らは卑怯でもあった。まだ日本軍の影も見えないとき、彼らは日本が定期航空便を飛ばしていた東ティモールに攻撃を仕掛けた。

ここは中立国ポルトガル領だから明らかな国際法違反になる。ポルトガルの総督が抗議したが、彼らは相手が丸腰なときは滅法強く、抗議を無視して大日本航空職員ら三十一人の日本人を拘束した。

日本はポルトガル政府の許可を得て第三八師団が邦人救出のため上陸した。

臆病なオランダ人は算を乱して逃げていった。

この史実を朝日新聞の主筆船橋洋一は「日本軍が東ティモールに侵攻した」と書く。この人の性格は日本人蔑視という点も含めオランダ人に似ている。

この島の守備はその後、四八師団が引き継ぐ。

彼らの見た島民の生活はひどいものだった。

宗主国ポルトガルは、原住民の反乱を恐れて道らしい道も作らず、まして島民のための病院も学校も何も作らなかった。

首都ディリにさえ商店はなかった。島民はニッパヤシで葺いた、家具もない粗末な家に住み、階下に豚を飼っていた。中国の便所と同じに餌は人糞だった。

彼らの財産はその豚と土器と火打石だった。

島民は日本軍がきて白人を追い立てるのを見て、自分たちを日頃残忍に扱ってきたポルトガル人を襲い始めた。

日本軍は総督らを保護し、その代わり島民を縛ってきた人頭税を廃し、成人に課してきた使役もやめさせた。

これを後藤乾一早大教授や倉沢愛子慶大教授は「日本軍が島民を虐待し、略奪し、殺した」と書く。

島民の褌を略奪して何の意味があるのか。こんな人たちに学生を教える資格があるのだろうか。

戦後、日本軍が去ると島民は再びポルトガルの過酷な支配にひしがれた。

男には再び使役が課され、女はきれいだと白人の慰みものにされた。それで生まれたのが現大統領のラモス・ホルタや先代のシャナナ・グスマンらだ。

ポルトガルは彼らに白人の血とともに宗主国の国籍と白人の名と教育と武器を与えた。

しかし島民にはそのどれも与えなかった。

二十世紀後半、ポルトガルはこの島を捨てた。特産品があるでなし、維持経費が出なくなったためだ。

捨てられた島をインドネシアが面倒見た。

毎年二千万ドル以上の国費がつぎ込まれ、西ティモールと同じにインドネシア語が教えられ、病院と学校が建てられ、道路も整備された。豚と一緒の家もまともな住宅に建て替えられていった。

四百年、ポルトガルが放置した島はやっと人の住む世界に生まれ変わった。

しかし白人の国籍を持つラモス・ホルタたちは色つき人種インドネシア人の支配を嫌い、オーストラリアと組んで無理矢理独立してしまった。

朝日新聞の矢野英基記者が最近のこの島の表情をコラムに書いていた。

警官が商店主にたかってみかじめ料を取っている。この悪習は「インドネシア併合時代に根付いた習慣だろう」。こういう「負の遺産」は早く処理しろと。

併合したからこそ商店が出来た。過去の調べず、悪い事は色つき人種のせいにして喜ぶ。

こういう嘘を書けば大学教授になれると思っているのだろうか(2008年10月23日号週刊新潮)

こいつは何を考えているのか

「老後の生活に直結」東電社長、年金削減を拒否 首相が再考求める(産経新聞5月13日)

東京電力の清水正孝社長は13日の参院予算委員会で、福島第1原子力発電所事故の損害賠償資金を確保するためのリストラ策として、企業年金や退職金の削減 を求める声が出ていることに対し、「老後の生活に直結する問題で現時点では考えていない」と述べ、検討対象とはしない考えを示した。中西健治氏(みんな) の質問に答えた。(以下略)

引用以上


なんだかなぁ・・・こいつは社長になっちゃいけなかったんじゃないだろうか。日本には社長どころか管理職にさえ向いてないと思う人多いけど、なんか能力のない奴だなぁと思うわけです。別に年金諦めて別の利権で食えばいいじゃないかよ。被災者なり電気量値上げだの税金だので不始末の後始末させられる国民の神経を逆撫でする必要があるのかと。

被災地で土下座しようが何しようが「自分たちの老後」を心配する奴が何言ってもやっても信用されんわな。事態が終息してもいない段階で「いやぁさすがに私たちの年金までは」とか言うような奴は器じゃないと断じざるを得ないわな。避難所とかで不自由な生活をしてる福島の住民とか電気量値上げだの税金補填だので、国民に甚大な損害を与えている組織の長の態度だとは思えない。

積み上げたものを崩すのが怖かったり、出来なかったりする奴は組織のトップに立つべきかと。そりゃ過去に社長やってた奴は逃げ得じゃないかとか色々いいたいことはあるにしろ、今トップやってんのはてめぇだろって話で、別に反省とか根っこでやってないのはみんな知ってるわけだから、不運だと諦めてへぇへぇ言ってりゃいいものをKY過ぎるにもほどがあるというか。

自分たちに能力さえあると自信あれば、無給だろうが年金返上だろうが何でも出来ると思うんだけどな。何かに寄りかかったり、己の能力に自信を持てない奴はこういう醜態を晒すものです。全くもって見苦しい極み。年金の額心配するくらいならいっそ死ねばいいのに。そしたら年金なんか要らんし心配も消えるだろうに。だいたいお前あと何年生きるつもりなんだよ。蓄えだけで生きてけよ。人様に迷惑かけて悠々自適の老後送ろうなんてお天道様が許さねぇってだよな(笑)

社員を守りたいという経営者としての気概あるなら、自分は無給で年金も全て返すし今後命の続く限り原子力安全運用に人生賭けますので社員の年金だけは許してくださいくらい言ってみろよ。やるやらんは後の話だよ。それも言えないんだからな。器じゃねぇんだって。

民を泣き寝入りさせる北朝鮮との国交にNOを

高山正之著「日本人の目を覚ます痛快35章~朝日新聞、米国、中国を疑え~」(テーミス)より転載

民を泣き寝入りさせる北朝鮮との国交にNOを
~ビルマのネウインは国家再建のためデノミ徳政令を出したが~

2千の英国人がインドを統治

62年、軍事クーデターでビルマの実権を握ったネウインは当初、どう国を処理していいか途方に暮れた。

ビルマは、ほんの1世紀前までは敬虔な仏教徒ビルマ族の国だった。すべての民は8歳で髪を落とし、仏門に入り、集団生活を送りながら仏の道と読み書きを習った。食事は毎朝の托鉢で賄う。

修行が明けると環俗して家族の下に帰る。ビルマ人が日本と並んで高い識字率を誇ったのは、この制度のおかげだった。

豊穣の実りに加え、石油を含む地下資源にルビーなど宝石も産出した。

その豊かさを狙って19世紀、英国がこの国を武力攻略した。英国は植民地統治では実に狡賢い。インドではイスラムとヒンズーの宗教確執に加え、人種や風俗の違いも対立をあおる材料にした。

西ベンガルでは人種と宗教が異なるベンガルとビハールを抱き合わせ、地方選挙のたびごとに双方で1千人単位の住民が殺されてきた。インド人が団結して英国の植民地支配に抵抗しようなどという状況は望むべくもなかった。

だから、たった2千人の英国人が4億のインド人を自在に統治でき、第一次大戦では英国のためにインド人が嬉々として戦場に赴き9万人が戦死している。戦没者の名はニューデリーのインド門に彫られ、彼らは英国の為に戦死することを誇りとしてきた。

そういう経験からいえば、単一宗教単一民族のビルマの統治は難しい。で、英国は考えた。それならいっそのことビルマを多民族国家にすればいい。

植民地システムを壊した日本

かくて華僑をどんどん入れ、山ほどのイスラム系インド人を運び込んだ。華僑にはビルマでの交易の下請けを任せ、インド人は主に金融を担当させた。そして仕上げにモン、カチン、カレンなど周辺山岳民族を山からおろしてキリスト教に改宗させて、軍と警察を担当させた。

治安対象は、この国の本来の主ビルマ人で、彼らが団結して英国人に歯向かわないよう、その目配りをやらせた。騒擾があれば、その鎮圧が任務だった。実際、30年代に起きたサヤサンの暴動では、モンの部隊がインド兵とともに残忍な鎮圧をやっている。

かくてラングーンには、この山岳民族のためのキリスト教会とインド人用のモスク、華僑の関羽廟がスーレーパゴダを取り囲むように建ち並んでいた。首都の人口構成も宗主国の英国人とシーク教徒のインド人、ベンガル人、華僑、それに山岳民族が64%を占め、ビルマ人は36%だったと英史家J・ファーニバルが記録している。

そして第二次大戦。日本軍が英国の芸の細かい植民地システムを打ち壊し、アウンサンがビルマ人の国防軍を作った。

しかし、多民族国家という社会構成は、戦後もほぼそのまま残り、商業実権を華僑が、金融関係をインド人が握ったままだった。

ネウインが当惑したのは、英国が持ち込んでそのままビルマ社会に棲みついたインド人、華僑、山を下りたままの山岳民族をどうするかだった。

ここはビルマ人の国、華僑もインド人も国に帰れ、山岳民族は山に戻れといっても、ハイそうですかと出て行く相手ではない。強制すれば内戦の危険だってある。

「ともに貧しく」政策のビルマ

で、ネウインが選んだ道が鎖国だった。国を閉ざし、自給自足で行く。ということは、貿易も商売もほとんどなくなる。それで食ってきた華僑は困った。でもやせ我慢がいつまで続くか、たかをくくっていたのが3年経ち5年経っていく。ネウインに泣きついても「ともに貧しく生きましょう」と諭される。華僑の多くはこのときに逃げ出していった。

ベトナムでは南北統一後、居着いた華僑に対し、強制的に財産没収をやった。それが嫌で華僑は小さな船で逃げ出した。いわゆるボートピープルだ。多くは同胞のシナ人の海賊に襲われ、殺された。嵐で船が沈んで死んだ者もいる。

それに比べて、ビルマ方式はいかにも殺生を嫌う仏教国らしい手法だ。ネウインはまた何年かごとにデノミや新札を発行した。そのとき例えば5万チャットを上限にそれ以上は没収した。「ともに貧しく」政策だ。貧しいビルマ人は誰も上限に達しないが、金融業のインド人には痛手だった。持ち金を家族に細分して目減りを最小限にしたが、ネウインの新札発行は頻繁に行われ、その都度、上限額は下げられた。最後は新札の図案も出尽くして90チャット札45チャット札まで登場した。インド人も、ついにビルマに長居するだけ損になることに気づいて出ていった。

問題は山岳民族だったが、ネウインは彼らとの共存の道を選ぶことにし、国名をビルマから「ミャンマー」に改めた。結局ネウインは「貧しさ」という誰も傷つかない手法で、英国植民地が残した負の遺産を大方洗い落とすのに成功した。

しかし、忍耐強いビルマの民も4半世紀に及んだ鎖国に倦み、88年いわゆる民主化運動が起きる。ネウインにひどい目に遭ったインド人、華僑、それに一部の山岳民族が英国の手先のアウンサン・スーチーを担ぎ出したのはこのときのことだが、それは別項に譲る。

金正日「不逞の者」は銃殺せよ

昨年暮れ、金正日は突如としてデノミを実行した。100ウォンを新1ウォンにするそうだが、各家庭は1ヶ月分の収入に相当する10万ウォン(約30ドル)だけしか交換できなかった。それ以上の貯金は全て没収される。人民の不満は高いが、金正日は1人10万ウォンの制限を掻い潜って他人に交換を依頼した「不逞の者」2人を銃殺して強硬姿勢を納得させた。

また民の泣き寝入りで終わりそうな気配だ。

北朝鮮では国家経済をよそに、ヤミ市など地下金融が国家予算の半分にも達している。今回のデノミはこうしたヤミ市の成金から金を搾り取るのが目的だという。

ネウインは国家を再建するために、泣いてデノミ徳政令をやった。同じ新貨発行という手法でも、金正日とは志が違う。日本は、ヤミ市の上前をはねて恥じない首領を戴く国との国交などいらない。

(2010年2月号)

沖縄返還「密約」説に乗る朝日新聞の浅はかな論調

高山正之著「日本人の目を覚ます痛快35章~朝日新聞、米国、中国を疑え~」(テーミス)より転載

沖縄返還「密約」説に乗る朝日新聞の浅はかな論調
~一方でカンヌ国際広告大賞では電通マンの情けない一票が~

中国の人工衛星に見る物真似

嫌いな国、胸糞が悪くなる国といえば、中国とか韓国あたりが相場だろうか。

とくに、中国は可愛くない。

この国の近代化の基本は「日本人にできることは、われわれにも出来るはずだ」と日露戦争を見て語った孫文の言葉で、以来、中国はひたすら日本を手本にしてきた。

日本人が卓球で世界一になると10億の民に卓球をやらせ、今では日本より強くなった。三宅選手が勝つと重量挙げに力をいれ、東洋の魔女が名を売るとバレーに手を出した。

スポーツはそれで何とかなったが、技術や知的財産はからっきしだめだった。

50ccの原チャリも作れない。それで日本製品をばらしては、そっくり盗作することで誤魔化してきた。ホンダを寸分違わずコピーした「HONGDA」がいい例だ。

性悪の中国人はそれを認めたがらず、「中国は日本に先駆けて人工衛星を飛ばした」とか、偉そうにいう。

確かに地上200キロの低空周回軌道に乗ったことは確かだが、その乗員の帽子を見て十分に笑えた。もう半世紀も前のソ連ガガーリンが被っていたのと、そっくり同じ形だった。

中国の宇宙開発は、蜜月時代のソ連から技術を盗んだものだ。盗用の技術は凄い。寸分違わずに作ったのは立派だが、せめて帽子の形くらいは変えた方がよかった。

その中国が、宇宙開発では「日本を追い越し、10年以内に米国に追いつく」(3月11日付産経新聞)と見栄を張る。3千万人を殺した大躍進のスローガン「超英追美」(英国を追い越し米国に追いつく)を思い出す。またこれで何千万かが殺されるのだろうか。

そういう中国や、喧しい韓国がすぐ隣で喚き続けるので日本人は見落としているが、たちの悪さではノルウェーもひどい。

この国は事情も知らないくせに、なぜか日本を嫌って、折に触れては侮辱する。

例えば、この国のブローテン航空のテレビコマーシャルだ。タイトルは「日本人」。

日本人乗客が出されたケーキをお絞りと間違えて顔を拭き、クリームがべったり。同じ日本人が次に乗ってきてお絞りを渡されると、「おなかが一杯」というゼスチュアをして断ってみせる。

日本人役は、ぶよぶよ肥って顔がでかくて醜い。朝鮮系の印象だが、いずれにせよ日本人を外国語が話せない、ホットタオルも知らない馬鹿に描いて虚仮にしている。

ノーベル平和賞に対する疑問

しかし、お絞りは日本固有の文化だ。日本人が発明し、それを戦後、日航が国際線進出とともに機内サービスとして出した。

外国人、とくにノルウェー人は、そんな美風を知らない。朝、顔も洗わない。つい半世紀前まで風呂に入る習慣もなかった。中国農民と変わらない生活をしてきた。

中国の農民はまだ箸を使うが、彼らはつい最近まで手づかみで食っていた。かなり下品な育ちをしてきた民族だ。

そんな彼らに、ちょっと汗ばんだり埃っぽさを感じたりというときに、そっと出されるお絞りの心地よさは、理解も出来ない。

それを馬鹿にすることなく、そっと教えたのは日本だ。そんな起源も知らず「日本人がお絞りを知らない」という無知で悪意ある制作態度は、明らかな人種偏見を感じさせる。

ちなみに、この作品はカンヌの国際広告大賞で、グランプリを獲得した。日本からは電通の社員が審査員で出ていたが、彼はお絞りが日本文化とも知らず、この作品に喜んで一票を投じた。電通の人材不足に呆れる。

ノルウェーは、スウェーデンのノーベル賞に対抗してノーベル平和賞を出している。しかし、受賞の定義はあやふやで「極めて政治的に使われる」(ブルッキングス研究所リチャード・ハース国際政治学部長)といった指摘が毎回出る。

過去の受賞者を見てもまともなのは、79年のマリア・テレサと89年のダライ・ラマ、93年のマンデラくらいか。

あとは胡散臭い。先年は地雷除去の米国のNPOが受賞したが、その直前まで米、露、中国の地雷生産国家の責任が追及され、非難されていた。この3カ国が製造し、ばら撒いた責任を取るべきだ、と。

それをNPOが平和賞を受賞することで、米露と中国はまんまと責任逃れして、代わりに日本などが資金拠出を割り振られた。

佐藤栄作にケチをつけた委員

ともに無差別テロで名をあげたイスラエルのラビンとパレスチナのアラファトが受賞したのは、中東紛争終結のための政治的思惑からだ。しかし、ラビンは身内に暗殺され、アラファトは棺の蓋を閉じる前に国際援助を私していた正体がばれた。

最悪がポルトガル人と原住民の混血(ハーフカスト)のラモス・ホルタだ。ポルトガル植民地だった東ティーモールがもらえると思ったら、インドネシアに吸収され、偉い白人の血を持つのに原住民と同じ扱い。それで東ティモールに石油があることを知って、オーストラリアと母国ポルトガルと組んで例の独立運動をやった。

平和賞機関とどういう取引をしたが、前述のハース部長も首を傾げる中、ホルタの受賞が決まり、東ティモールは独立する。

そういう非難を受けて、平和賞委員会が100周年記念の折に攻撃に出た。諺にいう「桑を指して塊(えんじゅ)を罵る」という奴で、委員会自ら平和賞を授けた者の悪口を言い出したのだ。

ハース部長の米国も、政治的受賞者は星の数ほどいる。平和賞の不純さを非難するなら、「米国のだれそれもごく政治的だったことを暴露しますよ」という脅しだ。

で、委員会が見せしめにしたのが、非核三原則を政策化したことで74年に受賞した佐藤栄作だった。平和賞委員会のスティネルセン博士は、ノルウェーのアフテンポステン紙に「あれは最大の誤りだった」と述べている。

非難の根拠は、彼が非核三原則を陰で非現実的といったという噂だけ。前述のブローテン航空と同じで、日本はそういう非難に真剣に怒らない。大人しいからスケープゴートに使ったわけだ。実に卑劣なやり口だ。

しかし、佐藤栄作の業績は恐らくマリア・テレサを凌ぐくらい大きなものがある。なぜなら彼は非核三原則を掲げ、戦争なしで失地回復している。

沖縄返還は、実は世界の歴史にも例を見ない快挙なのだ。

中国へのODAこそ「密約」だ

彼は東西冷戦という状況を踏まえ、なお性悪な東側陣営も非核という形で納得させ、その上で米国を説得した。

そして戦争もしないで沖縄を取り返した。米軍基地の費用を見るという条件はあるにせよ、人類の歴史になかった「領土紛争の平和的解決」を現実のものとしたのだ。

現にあの強欲ロシアですら、北方四島のうち幾つかは戦争なしで返すと言い出している。それを考えれば、平和賞10個分にも相当する偉業といっていい。

最近その沖縄返還で密約があったと、朝日新聞が嬉しそうに書いている。なぜ自民党は密約したのか、と。あのころ、つまり70年安保のさなか、この新聞は領土を平和裏に取り戻せる意味が理解できなかった。ひたすら反政府、反安保を叫んでいた。

本来なら歴史的な偉業に付随する必要経費の400万ドルを「密約」にせざるを得なかったのは、朝日以下のマスコミも文化人もモノが見えない馬鹿ばかりだったためだろうが。

しょうもない中国に400万ドルどころか何億ドルものODAを意味なくやっている。国民はそっちの方に密約があると疑っていることを、朝日新聞は知っているのだろうか。

(2006年4月号)
高山正之著「日本人の目を覚ます痛快35章~朝日新聞、米国、中国を疑え~」(テーミス)より転載

李登輝招聘に嘴を挟んだ小島朋之慶大教授の「面子」
~中国のご機嫌取りを卑屈に繰り返す大学教授が日本を滅ぼす~

訃報欄に大学教授が多い理由

今は首都高速道路が入り乱れる東京・麻布の丘の上に、昔通っていた小学校がある。

学校の前の道を右に行くと、通称柳段々があった。その石段を下ると箪笥町になる。今の全日空ホテルがある辺りだ。

そこに友達の一人が住んでいた。父親は慶応大学の高名な教授だとかで、遊びに行くたびにいつも書斎の机に端然と向かう姿があったように記憶している。子供心にも、とてつもなく偉い人のように感じたものだ。

そういう刷り込みがあって、やがて社会部記者になったころ、三面の下の訃報欄に「教授」があまりに多いのにびっくりした。鶏の鳴かない日はあっても、教授の亡者記事がない日はないのだ。

大学が増えた。国立、私立に加え、県立や市立まで出てきて駅弁どころか、もはやバス停なみになって、それで教授の頭数も増えたためだろう。

それで新聞社も最近は教授というだけでは亡者欄には載せなくなった。何かしらの学術功績か、新聞に論評を載せるような知名度みたいな基準を置くようになった。

今の教授は亡者欄に載るよう、何としても新聞ダネになりたがっている。

難しくはない。例えば朝日新聞は自虐史観が大好きだから、それに合わせればいい。

朝鮮で従軍慰安婦とかが問題になる。すぐにアジア各地に飛んでそう主張する女性を見つけて「ここにもいた」とやる。慶応の倉沢愛子などがいい例だろう。

おかげでインドネシアでは、当時駐屯した日本の兵員数の5分の1もの慰安婦がいたことになって彼女らは「毎日、十数人を相手にさせられた」という。日本兵は連日、休みなくはしごで数人の慰安婦を相手にしていた計算になる。

スマトラに旧日本軍が掘った洞窟がある。これをヒントに早大の後藤乾一教授は「現地民に穴を掘らせたあと、秘密保持のために彼ら3千人を殺した」という話を作った。

いや朝日の喜ぶまいことか。それが嘘とバレても朝日は気にしない。むしろもっとどぎつい創作ネタを彼に求める。折から話題の東ティモール問題で日本軍が戦時中、現地民4万人殺したという話を作る。朝日はもっと喜びこの捏造話をでかでか掲載した。

この話は船橋洋一のコラムにも取り上げられ、さらに現地特派員も新たな東ティモールの所有者となったポルトガル混血児に「日本に戦時賠償を求めよ」とけしかけ、自虐史観の格好の材料として使い回している。


竹村正義という愚かな政治家

今月初め、家永三郎が死んだ。戦前は「筆をもって皇国の御盾とならん」と書いた男は戦後、自虐史観の先頭に立ち、教科書裁判を繰り返して朝日新聞を喜ばせた。

だから、朝日はその貢献度を評価し、訃報を一面で扱った。後藤教授の訃報もその貢献度で朝日には確実に載る。

これは日経も同じ。今世紀は中国の世紀と信じ、だから中国と日本がコトを構えるのを同紙は好まない。それに教授が合わせる。

やや古いが、例えば慶大の染谷芳秀教授の「米中関係を読む」だ。当時、ユーゴの中国大使館を米軍が意図的に誤爆した問題で、米中対立が深刻そうな展開になっていた。

それを受けて染谷教授は「日本は大国として振舞うな」という。臆病者でいい。米国のスカートの陰に隠れていろ、と主張する。

昔、武村正義という愚かな政治家も同じように「日本は小さくていい、きらり輝けば」とか言っていた。

しかし、事実は違う。ワシントン・ポスト紙が日本の論評で「10年の不況下にある」と形容詞をつけながら「世界第2位の経済大国」である事実を認め、最近の米国の不況でも日本を参考にする社説(10月26日付け)も掲げて米国の舵の切り方を考えている。ジョージ・ソロスのしでかした不始末で起きたアジア経済危機の尻拭いも、結局は日本がやった。

中国の国家ぐるみの詐欺行為

日本は黙っていたって大国だ。それもわからず勝手に小さくてもいいと卑下する不勉強な男が、一時は国政の中枢にいたかと思うと少々ぞっとする。

そしてそれと同じことを大学の教授が臆面もなく新聞に発表する。おまけに大国でなくていい、臆病に逃げ回れば中国と商売ができるという根拠が「戦後日本は侵略戦争の歴史に対する深い自省」にあるという。

国際政治学の先生ともあろうものが、朝日のいう安手の自虐史観をそのまま信じ込んで、それを根拠にしていることにもう一度驚かされたものだ。

百歩譲って、卑屈に中国のご機嫌を取っても、あの国に本当に将来性があるのか。武村正義は今、中国の善意を信じて中国に植林しようとボランティアのようなことをしているが、中国はそれが示すように自分の国の緑も守らない。その代わりベトナム国境で戦闘は今でも一生懸命にやっている。民族の違うウイグルやチベットの人権も、またすき放題に踏みにじっている。

ビジネスでもその狡猾さ、凶暴さは変わらない。スズキがインドでの成功を踏まえて800ccの自動車生産を中国で始めた。大歓迎した北京政府は生産が始まると、すぐ1000cc以下の車の高速道走行を禁止した。

ヤマハがバイクの現地生産を始めると、地方政府はにわかにバイクのナンバー登録業務をストップした。ともに赤字だ。やがて日本企業が破産して逃げ出すのを待って、中国が工場を乗っ取る。そういう国家ぐるみの詐欺行為を平然とやっている。

中国に将来性はない、と例えば米国ランド社の中国専門家マイケル・スウェインが分析している。「巨大人口は国のエネルギーにはならない」と彼は言う。

確かに歴史を動かした国に人口大国はなかった。国際戦略研のシガールも、絶筆となる論文で中国の将来性を否定している。

日本は大国として、そういう非道を繰り返す中国をたしなめ、正道に戻すべき立場にあるのではないか。それを自分の亡者記事を意識して、明日を担う学生に現実に背を向けた偽りを教えるのはいかがなものか。

こういう新聞迎合型とは別に寄生虫型もある。誰か偉いヒトにへばりつき、その威光を借りる。亡者記事では「○○氏との親交があり」と書いてもらえるようにするタイプ。

これもまた慶応の先生だが、三田祭の実行委員会が李登輝氏を招聘したことに嘴を挟んだ。ご本人は中国問題専門の大家で「自分こそは李氏の日本側窓口」と思い込んでいた小島朋之教授だ。彼の李氏側近に宛てたメールはすさまじい。

最高学府に及んだ「教育破壊」

慇懃な口ぶりを口語体に直せば「俺を無視して勝手に日本に来るとは何ごとだ。おかげで俺の面子は丸つぶれ。みんな俺のことを馬鹿にするだろう。今回の訪日はやめろ。それを無視したら日台関係がどうなっても知らないからな」ということになる。

まさかそんなと誰でも思う。なにせ教授様だ。しかし原文には本当に「面子を失った」「日台対話への支援もなくなる」とある。

国際社会の現状もわからず、自分の評判と知名度、面子でしかものが考えられない人物が、教授として教壇に立っているのだ。

教育の危機は限度まできた。日教組に握られた小学校では今、学力低下に加えジェンダーフリーとかでセックスを教え、「女性器が濡れてから」とか解説する。

それ以上の教育破壊が、今、教授の堕落という形で最高学府にも及んでいる。

(2003年1月号)

高山正之著「日本人の目を覚ます痛快35章~朝日新聞、米国、中国を疑え~」(テーミス)より転載

大学のジャーナリズム論は「曲学阿世」で学生を惑わす

~門奈直樹立教大教授「現代の戦争報道」にみる浅薄な主張を斬る~

「日本は侵略国家」説を根拠に

大学でジャーナリズム講座を持っていた関係で、先達の学者先生の著作をいろいろ買って読んだ。その一冊に立教大教授の門奈直樹の「ジャーナリズムの科学」があった。この人は同志社に学び、欺界では結構な権威という話だった。

で、読んでみて、びっくりした。

例えば、日本のジャーナリズムについての語りでは、まず歴史家の大江志乃夫の「終戦の日」の視点を紹介する。

あの日は「軍事力によって国際的地位を高めようとした思想が挫折した日」で「それ以後は経済力で国際的地歩を固めていこうとする時代に入っていった。軍事がだめなら今度は経済でいこうよ、そういうスタンスの変化があの日に生まれた」と。

浅薄な決め付けに驚かされるが、門奈先生は何のためらいもなく、この主張をあたかも神の摂理のごとく扱い「軍事力と経済力、この二つのあいだにはスタンスの違いはあるにせよ、世界制覇を目指してきたということでは日本の政治は戦前と戦後が連続していたとみていいだろう」と続ける。

そして日本のジャーナリズムを論ずるのだが、それは措く。ここではただ一点「日本は戦前、軍事力で世界制覇を狙った。戦後は経済で世界制覇を狙った」という滅茶な定義を彼は何を根拠に言い立てるのか。

思いつくのは「日本は世界制覇を狙って侵略戦争を仕掛けた」という東京裁判での日本への告発文だ。

根拠にしたのは中国が排日に走り始めた1929年に登場した「田中上奏文」だ。田中義一首相が「日本は満州を取り、中国とアジアを制し、欧米を倒し世界を制覇する」ことを天皇に建策した、という内容だ。

できの悪い中国製偽物だが、なぜか真実扱いされ続けたのは、それが日本を誹謗する格好の口実にされたからだ。そのできの悪さは、いんちきな東京裁判でさえ証拠採用を躊躇ったことで十分証明されている。

いずれにせよ、そんないんちきな「田中上奏文」で下支えした「日本は侵略国家」説をさも真実のようにいう大雑把さ、いい加減さで学生を教えるのはいかがなものか。

ちなみに、北京政府もこの先生と同じに日本は侵略国家で、その証拠に「中国の領土である満州を取った」と今でもいう。

しかし、黄文雄が産経新聞の「新地球日本史」に書いているように、満州が中国領だったことは歴史上一度もない。孫文でさえ「満州は中国ではない」(同)と語っている。

白人国家が日本を追い詰めた

その「新地球日本史」でハーバード大経済学博士、池田美智子は日清、日露戦争の勝利で台頭した黄色い日本人を白人国家がいじめまくる様子を貿易面から分析している。

天然資源もない、国土の8割を山地が占める貧しい日本が唯一の生計の道にしたのが加工貿易だが、大恐慌のあと米国が2000%という関税をかけ、欧州諸国も右に倣って日本商品締め出した様子がよく分かる。

日本は活路を周辺アジアに求めるが、ここもすべて欧米の植民地と化していて対応は本国と同じ。残るは中国市場だが、中国人は日本の支援で近代化を果たしながら、欧米に魂を売って日本商品不買運動を起こす。

それを見るだけでも、日本には世界支配を狙う軍事力も体力もなかったことが分かる。

日本が軍事力に訴えず生きる道はあった。英、仏などがその植民地でやったように台湾や朝鮮の民に重税を課し、阿片を売りつけて搾り取ればよかった。しかし、日本は逆に金を出して鉄道や電気を引いてやり、その近代化を努めたことを、門奈先生は無知にしてまったく知らないらしい。

それにしても、なぜ白人国家が嘘の「田中上奏文」を意図的に真実と扱い、経済封鎖をかけてまで日本を追い詰めたのか。

その理由は日本が有色人種であり、日本の台頭が白人国家の奴隷だった第三世界に強烈な刺激を与え、奴隷状態からの脱出に動き出していたことにある。

日本を敵役にする「情報戦争」

そういう危険な動きのもとを絶つ、つまり日本をヒーローの座から追い落とし、押し潰し、白人国家に盾突くことの愚かしさを見せ付ける必要が、どうしてもあったからだ。

満州事変や支那事変、さらに満州国問題を口実に「日本は侵略国家だ」「残忍な国民性だ」といい立てたのは、それによって「日本は邪悪な国」だと国際社会に宣伝し、評価を落とすことにあった。それで日本を国際社会から孤立させ、国力を弱めるのに最適な経済制裁を課す口実にもしていった。

日本を敵役に、そしていじめる白人国家側に正義があるように、国際世論を動かす。これがいわゆる情報戦争、プロパガンダであり、孫氏のいう「兵は詭道なり」だ。

東京裁判史観とは、つまりそのプロパガンダの集大成になるのだが、それをジャーナリズムというその情報戦争の主役について教える先生が無反省に「事実」と受け止める。笑えない笑い話だ。本人は笑われるだけですむが、教えられる学生にとっては悲劇だ。

ところがその先生が「現代の戦争報道」という本を出した。ベースにしているのはアンヌ・モレリの「戦争プロパガンダ10の法則」という本だが、先生はその中でブッシュ大統領がイラクのサダム・フセインについて「裁判なしの死刑、日常的な拷問、新生児は保育器から投げ出され、透析患者は器具を引き抜かれ・・・彼はまさにヒトラーの再来だ」と語ったことを取り上げている。

あるいは湾岸戦争とは無関係のオイルまみれの水鳥の映像に、英米の新聞が彼を「野蛮人」「環境を破壊するテロリスト」と決め付けたことを取り上げ。「こういうプロパガンダで彼を極悪非道と思い込ませ、大義なき戦争を正義の戦争に仕立てた」と解析する。

そしてこういうプロパガンダに騙されないために「懐疑心をもって戦争報道を読み、一方の側だけが正しいと思うな」という英国の戦史家の言葉を引用する。

これを読むだけで、かつての東条英機や日本軍についての東京裁判の主張によく似ていることに、普通は気付く。

まともな学者だったら、あれっと思うはずだ。そして日本について見直すものだ。

が、この人は違う。彼の著書には対日プロパガンダの項はない。それどころか「軍国主義にどっぷり浸かった日本の支配者」がこのプロパガンダを大いに使ったとある。

南京大虐殺の虚構はどうなる

要するに日本が侵略国家とかいう非難はまっとうだった。で、押し通す。それが「真実などどうでもいい、そう日本を悪く言い立てるのが進歩的学者としてのポーズなのだ」と考えてのことか。単にこの先生が愚かで考えが及ばなかっただけのことなのか。

実はそのヒントが最新号のマスコミ学会誌にあった。「限定戦争におけるメディア」というタイトルで、北大の先生が第一次大戦からこの方の戦争プロパガンダを分析しているのだが、第一次大戦に次いで第二次大戦では欧州戦線での情報戦のみを論ずるだけ。

その次はベトナム戦争、フォークランド紛争、湾岸戦争、コソボと続く。なぜか対日戦はここでも素通りしているのだ。

門奈先生以下どのマスコミ関係の学者も日本には絶対触れない。それに触れたら、対日プロパガンダの凄まじさがすぐ明らかになる。侵略国・日本、あるいは南京大虐殺の虚構など一瞬にしてばれてしまう。

門奈教授を見ていると曲学阿世の徒という言葉が自然と出てくる。

(2005年4月号)

国会にはロクな奴がいない

2010年11月30日産経新聞WEBから引用

非礼の極み 民主・中井前国家公安委員長が秋篠宮ご夫妻に不平...「早く座れよ」 議会開設120年記念式典

11月29日の議会開設120年記念式典で、民主党の中井洽前国家公安委員長が、来賓の秋篠宮ご夫妻が天皇、皇后両陛下のご入場まで起立されたのを見て「早く座れよ。こっちも座れないじゃないか」と不平を漏らしていたことが30日、分かった。自民党は「懲罰の対象になりうる著しく品を欠く発言だ」と問題視している。西岡武夫参院議長も事実関係を調査する意向を示した。

複数の国会議員によると、秋篠宮ご夫妻は式典会場の参院本会議場に入られ、天皇、皇后両陛下のご入場まで約5分間起立して待たれた。国会議員も立っていたところ、中井氏は1分半ほどで「早く座れよ」などとぼやき始めた。それほど大声ではなかったが、議場は静まっており、周囲に響き渡ったという。

みんなの党の桜内文城参院議員は30日にブログで「想像を絶することが起こった。これでは国会崩壊だ。1人の国民として今回の野次は決して許すことはできない」と批判した。

中井氏は30日、産経新聞の取材に「『早く座らないとだれも座れないよ』と言ったかもしれないが、秋篠宮さまに向けて言うはずがない。副議長らに言った」と釈明した。

引用終了

この中井とか言う奴は死ねばいいのに。民主党は事実関係を調査して発表するべきで、本人にはただちに議員辞職させるべき。皇室軽視は国民の代表としての資格がない。こんなの一般であろうと主催側が来賓として招いた相手に野次など言語道断。人としてどうなのか。

まぁ世間一般でも来賓の挨拶を落ち着かない動きでダルそうに聞いてる奴とかいるけどね。もう国会議員がそのレベルとは。なんだか、自民党の議員も携帯の着信鳴らしたりしてるし何してんだか。自民党の逢沢も議員辞職しろよ。議員としての資格ないから。皇族が出席される式典に欠席した奴も辞職しろよ。

国会が崩壊してる。こんな連中が税金で飯食ってるかと思うとね。正直、正月の一般参賀やら行ったこともないし皇室動向について詳しくは知らん分際ですが、皇室軽視や皇室蔑視は日本人として許せません。返す刀で言ってしまうと女系天皇容認などと言ってる連中も好きではないし、賛成しません。小林よしのりとか昔から読んだ事ないですけど、人に批判されるとムキになって罵倒するあたりなんかは醜いなと思う事しきりで。

まぁとにかく中井と逢沢は即刻謝罪して議員辞職しろよ。言い訳しても許されることと許されないことがある。

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