以下引用
アパグループ第4回「真の近現代史観」懸賞論文優秀賞(社会人部門)受賞論文
「日本は負けていない」~超経験者しか知らない史実~
中松義郎博士(ドクター中松)著
昭和二十年八月一五日正午、その日は天文台によると三十三度で特に暑かった。突然「第二種軍装(夏用麻製仕立)ノ正装ニテ至急整列スベシ」との館内モー
ルス信号で校庭に集合し直立不動で汗を流しながら待つ我々帝国海軍機関学校最後の海機五十八期生(昭和二十年に海軍兵学校と合併)は、最後の帝国海軍将校
生徒として整列しラジオから流れる玉音放送を聞いた。
海軍機関学校の入学試験の体格検査で七十五センチだった胸囲が入校後の猛訓練と猛鍛錬で僅か三ケ月で百四センチになった巨大な胸が歴史上初めての玉音放送に大きく高鳴った。
しかしラジオの雑音が多く、よく聞き取れない。
「本土決戦が近いので頑張るようにとの天皇陛下御自らの激励のお言葉」と全員が受け取った。当時の日本人は全国民が「歴史上敗れたことがない神国日本は最
後には必ず勝つ」と信じており、全国民誰一人として日本が負けるなどと考える者はいなかった。特に軍は全軍士気旺盛だった。
現に私のいた舞鶴軍港は二十四時間軍艦を造るリベット音が絶えず、食糧、武器、弾薬が豊富で、いつでも敵を迎え撃つ準備が連日連夜進められていた。 会
原爆研究については陸軍が東京帝大の仁科博士と理研に開発を依頼した「二号研究」 (海軍は京都帝大と「F研究」)として行い濃縮ウランは海軍が潜水艦で
ドイツから運ぶ手配がされ、出来た原爆の第一弾をハワイに落とす作戦を杉山参謀総長は陛下に上奏したが、陛下は「原爆という非道なものは使うべきでない。
特にハワ
イには日本人が多いので却下する。」となり杉山参謀総長は解任され、東條首相が参謀総長を兼務することになった経過がある。
この様に非人道的爆弾と陛下が認識されていたものを日本に落とされたのだから陛下の衝撃は大きく終戦する一つのきっかけになったと思われる。
しかし杉山参謀総長は、原爆開発を継続したのだ。軍人は戦争に勝つために打てる手を全て打とうとする。しかしそれは陛下の御意向に反しているので原爆を
造って勝っても、原爆を造らずに敵に原爆を使われて負けても、いずれの場合にも杉山参謀総長の責任なので切腹すると誓い終戦直後に切腹した。元来日本は武
士道を基に戦争を行ってきたのである。
陛下は米の原爆に対し非道だと禁じた原爆で応じたのなら「人類の文明が滅亡する」と終戦を御聖断された。米が原爆を落とせば日本もこれに応じて米に原爆を
落とす。このことによって日米の多数の人が死に、この原爆戦争が世界に及び世界中の人が死ぬ。これを防ぐために米が日本に原爆を落とした時点で終戦にされ
たのであって、日本が原爆を落とされたから、または負けたので終戦にしたのではない。日本は負けていないのに終戦したのである。
これを文章にしたのが終戦の詔勅「敵ハ新ニ残虐ナル爆弾ヲ使用シテ 頻ニ無辜ヲ殺傷シ 惨害ノ及フ所 眞ニ測ルヘカラサルニ至ル而モ 尚 交戦ヲ継続セ
ムカ 終二我力民族ノ滅亡ヲ招来スルノミナラス 延テ人類ノ文明ヲモ破却スヘシ斯ノ如クムハ 朕何ヲ以テカ 億兆ノ赤子ヲ保シ 皇祖皇宗ノ神霊二謝セム
ヤ」であって、終戦の理由は負けたからではない、という意味である事を読み取ってほしい。
以下引用
「官僚は犯罪者」は世界の常識 高山正之著
国家に吸いつく寄生虫
役人はこれまで述べてきたように「貪汚」の性質をもつ。利権に群がってタカリを繰り返す。日本という国家に吸いつく寄生虫だ。
彼らに一切のモラルはないから、どれほど職務規程を厳しくしたところで、犯罪行為をする連中はなくならない。後からあとから虫のようにいくらでもわいて出てくる。
仕事をサボって寝ているのは当たり前、汚職をするのも当たり前、「贈収賄」とよくいうが、収賄はあっても贈賄罪はない。贈賄罪で捕まる企業の側はタカられ、金銭を強要される被害者と言うべきだ。
役人がどれほどこの国を汚しているか、あらためて「事件簿」を並べてみる。
巨悪の正体
都市伝説というのがある。ポインセチアを活けたコップの水を飲んだら死んじゃったとか。みんなが信じているもっともらしい話が、じつは真っ赤な嘘だったという類をそういう。
日本にも「じつは真っ赤な嘘」がいくつかある。「官僚は優秀」もその一つだ。戦後日本の復興は官僚の頭脳があってこそ、といわれた。そこが伝説で、彼らのおかげと思われる成果は何もない。逆に日本発の画期的なMPU(マイクロプロセッサユニット)をインテルに取られたり、港湾荷役のでたらめを放置して日本の港を世界の場末にしたり。日本の農業をダメにし、すべての年金を破綻させたのもみんな官僚が無能だったからだ。
ミスター円とか二つ名をもった元官僚が大いに語っているが、中身はびっくりするほどお粗末だ。そんな彼がいちばん優秀というのだから、あとは推して知るべし。天下れば秘書に車付きが相場とは、いかに彼らに過ぎたものか。
都市伝説の二つ目は「汚職は贈賄と収賄で構成される」という嘘だ。
少し前、元社保庁長官の下村某が中医協(中央社会保険医療協議会)の消費者代表委員に天下り、日歯連(日本歯科医師連盟)から賄賂を取って捕まった。元長官は「心が弱かった」と賄賂の誘惑に勝てなかった風な証言をした。
何を言う。だいたい元官僚がなぜ消費者代表なのか。そのポストなら、業者に接待と賄賂を強要できるから天下ったのだろうが。
贈賄という犯罪はない。汚職とは官僚が賄賂を強要する一方通行で、前述の事件でいえば日歯連は被害者でしかない。
防衛省の守屋武昌前次官が妻と一緒に収賄罪で捕まった。これも構造は同じ。家族で山田洋行にタカり、カネを搾り取った。山田洋行がそれを拒めば。守屋夫妻は軍需ビジネスを別のタカり歓迎の商社にもっていく。
汚職のパターンは松本清張が「点と線」で描いた。民が贈賄し、官が収賄し、その後ろに巨悪、つまり政治家が潜むと。それも伝説で、官僚の後ろには今は誰も居ない。官僚がちょっとケチだけれど巨悪になったからだ。
公務員という名の犯罪集団
公務員の不祥事が続いた時、人事院から「公務員の倫理確立」の講演を頼まれた。
それは無理だと断ったが、どうしてもというので「公務員とは犯罪者と同義」で「もし倫理観の欠片でもあれば一日だって公務員は務まらない」と話した。
彼らは不満げだったが、自身の来し方を思い出してもらったら納得した風だった。
彼らが公務員になってまずやったことは鉛筆や消しゴムの持ち帰り。子供のノートだって買ったことがない。
コソ泥稼業の次はタカりだ。宵闇迫れば業者を呼んで銀座、赤坂で飲み食いし、お土産と黒塗りまでタカる毎日が続く。
だから紅灯の巷に出ると、役人はみんなタダだと思い込む。たまに高校の同期会に出ても、役人になった者はつい癖で、二次会でカネを払ったためしがない。
くすねる事も覚える。役所支給のタクシー券で乗り回しているうちに、3000円のメーターに10000円つけてその差額分の現金を受け取る習性がついていく。
年間500万円もタクシーチケットを使っていた国土交通省の小役人がいたが、大方こんな乗り方をしていたのだろう。
立派な犯罪だが、彼らには倫理観がないから「無駄遣い」と称して処理してしまう。
公務員のせこさは彼らの妻にも感染する。お歳暮と中元で、石鹸も油も稲庭うどんも買ったことがないのが自慢だった。だから退職してもお歳暮が欲しいと夫にせっつく。
せこいだけが取り柄の夫は、最後に自らを「有為の人」という嘘を思いついて、巨額の税金でハコものをつくって、そこに天下る。明白な能力詐称だ。
民主党の国会議員が、例のタクシー券500万円濫用の件で国交省の出先機関を視察した。「国政調査である」と印籠を掲げたものの、連中はひれ伏すどころか、個人情報だとかいって、議員を追い返してしまった。
公務員とは、みみっちい小悪党集団だとばかり思っていたが、違った。彼らは、もはや怖いものもない立派な犯罪者集団に成長していた。
区議がやる仕事など何もない
ロサンゼルスは人口400万人。毎週末の三日間だけで平均22人が殺され、麻薬や不法移民や貧困など社会問題が山積する。それを処理する市議会の議員はたったの15人だ。
その上の市長は、長らく年俸1ドルのリオーダンが務めた。彼らの努力もあって殺人件数も二割下がり、荒れた学校も減った。
対して東京は、殺人件数が週に1件。米国では、HIV患者の食欲増進剤に使われる大麻を日本の学生が吸ったとかいって大騒ぎするくらいで、深刻な麻薬渦もない。
ロスとの人口比でいっても、都議会議員はロスの3倍の45人いれば十分だ。
しかし、現実の都議の数は127人。彼らは何をしているかというと、民主党都議などは海外に遊びに行って、報告書はどこかの文書を丸写しする。暇すぎて「不善」ばかりしている。
これで驚いてはいけない。23区にはそれぞれ区長と50人を超す区議が吸い付いている。都議も多すぎて暇なのに、区議がやる仕事など、はっきり言って何もない。
そのくせ報酬は一人前以上取る。前に「朝日新聞」が就職戦線から脱落したダメ男の話を載せていた。
就職のつもりで区議に立ったら当選した。新人でも報酬は企業の部長級。仕事はゼロで調査費名目でカラ伝票も切れる。いい就職だったと笑っていた。
そんなのが23区と都下合わせて2500人もいる。彼らの掛かりだけで何百億円、選挙や人件費も入れれば毎年何千億円も無駄に使われている。
青山通りから一本奥の住宅街で、火薬の爆発から火災が起きた。消防車が来たが、道が狭くて入れない。鎮火に手間取った。これが山手線の内側の大東京のど真ん中で起きた。
都市計画も都市行政も何もない。渋谷区だけではない。港区も大田区、世田谷区もまるで山村並みの畔道道路がいっぱい残る。
街づくりにはカネが掛かる。それなら無用な区議を廃止して、区長も昔通り都の任命制にすればいい。区長選も区議選もなくなれば、その分、住みやすい東京ができる。
役人の浅知恵はカラス以下
栃木県で日産社員が三人組の不良に拉致された。両親が警察に何度も訴えたが、警官は鼻であしらい、その結果、被害者は凄惨な殺され方をした。県民は怒り、民事裁判で県警は約一億円の慰謝料を支払え、と命じられた時は、皆当然だと思ったものだ。
でもよく考えてみると、その一億円は県民の税金から支払われる。責めを負うべき怠慢で傲慢な警官は停職処分だけで、罰金もなければ退職金も削られなかった。
一億円も納税者に肩代わりさせた広畑史郎・県警本部長は、すいませんでもなく「警官がサラリーマン化した」と言い訳した。警官がおまえら納税者と同じにだらけていただけ、そう目に角立てるな、という意味だ。
だが、サラリーマンがこんな失態をやらかしたら懲戒免職のうえ、家も田畑も売り払って見舞金を作る。新聞はなぜ広畑の暴言を許したのか。
規格と少々違うからと、ワッペンを3400万円もかけて作り直させた都下水道局長が減俸処分にされた無責任役人に始末のつけ方を教えるいい見本だが、それでも「減俸五分の一を三ヶ月」。雀の涙ほどだ。
なぜ、懲戒免職にして、退職金も取り上げなかったのか。
東京都は、また一億円の予算をかけてカラス退治をする。減少一途の都心のカラスが増え始めたからだが、原因はカラス捕獲の餌を、高価なマヨネーズから安い豚の脂にコスト削減をして、捕獲数が減ったためだという。
カラスがマヨネーズとは知らなかったが、都環境局はこうも広報する。「カラスを増やすのは都民が出す生ごみが主因だ」と。
よく言う。十五年前に小豆畑孝清掃局長がゴミの分別で「都民は信用できない」から、と黒のゴミ袋を半透明のゴミ袋に変えさせた。それで山にいた目のいいカラスが大挙都心に移り住んできた。無能な役人の浅知恵がカラス公害を巻き起こしたのが真相だ。
都環境局は「小豆畑が馬鹿をしました。すいません」というべきところだろう。それを都民にぬけぬけと責任転嫁する。カラスより悪質だ。
学校に警官を
東京都内の小学校の校長室に、児童の父親が木刀を手に訪れ、校長に「どういう教育をしているんだ」と文句をつけた。その間、木刀は男の脇に置いたまま。校長は「お前こそどういう教育を受けたんだ」と言いたかったけれど、恐怖心で謹聴するだけだった。男はその後の二ヶ月間に数回、校長室にやってきては校長に偉そうに説教した。
たまりかねた校長は、都の「学校問題解決サポートセンター」に相談した。「産経新聞」によると、弁護士、精神科医、行政書士らを雇って、いわゆるモンスターペアレンツに学校がどう対応するかを忠告する機関だとか。
で、木刀男問題は「威圧的だが暴力はふるっていない。学校側は親心を理解する努力をするよう」勧告した。さらに今回の教訓として「校長が直接ヘンな親に対応しないで済むよう」専門の窓口を設ける考えを示した。
何でも穏便。何でも思いやり。
しかし、それでいいのか。校長は木刀男が学校にきた段階で警察に通報すべきだろう。少なくとも、校長が恐怖心を覚えた時点で、脅迫罪も威力業務妨害罪も成立する。
大体そんな木刀男を校舎内に入れたら、安全な環境を守るという校長の職務にも悖る。本人は「児童の親」というが、他の児童には「見知らぬ危ない大人」だ。見知らぬおじさんが包丁をもって勝手に入ってきて、児童を殺し回った大阪教育大学付属池田小事件を思い出させる。
「学校問題解決サポートセンター」とやらも、さっさと警察に通報せよと指導すべきだった。それが「親心を理解して」とか利いた風なことをいう。だいたい行政書士や精神科医が木刀男に何の解決能力をもつというのか。
埼玉県和光の市立中学校で、茶髪にしただらしない女生徒を教師が注意した。そうしたら両親がいきり立って金属バットを手に学校に押しかけ、教師を体育館裏に呼び出して脅した。学校はさっさと警察に通報して両親は逮捕された。
それが正解だ。東京都は盲腸みたいな機関を作って問題をかえってこじらせた。学校は木刀を持った親の教育まで引き受けてはいない。
区長様の有給休暇
ロサンゼルスの人口は約400万人。市内の、例えばワッツは暴動がつきものの黒人居住区だし、その南のコンプトンは名だたる犯罪地区。ここに車を停めて十分して戻ってみたら、タイヤはおろか、ドアもハンドルもカーラジオもなくなっていたという話がある。
市の中心街の西側にはコリアンタウンが広がる。そこで万引きをした黒人少女を、店番の韓国女が撃ち殺した。ロサンゼルス暴動(1992年)の真の原因になった事件だ。
ロス暴動は、不良黒人ロドニー・キングを袋叩きにした白人警官が無罪になったのがきっかけだが、怒れる黒人たちが襲ったのは白人街ではなく、このコリアンタウンだった。街は四日間燃え続け、五十余人が死んだ。その大半は襲った黒人と襲われた韓国人だった。どこに行っても嫌われる民だ。
海岸沿いのサンペドロは夜ごとの黒人ギャングの抗争で知られる。おかげでロス検死官事務所には、週末の三日間だけで平均22体の殺人遺体や変死体が運び込まれる。
犯罪と人種問題が山積する巨大都市を仕切るのは、市長とたった15人の市議だ。市議の年間歳費は10万ドル(約1000万円)。市長も似たような額だが、ロス暴動のあと就任したリオーダンはそれを返上して年俸1ドルを通した。「この街が私を支えてくれた。そのお礼がしたい」と1ドルメイヤー(市長)は社会奉仕を就任理由に挙げていた。市議も、会社なら課長級の安月給について同じく「社会奉仕」を口にする。
俳優クリント・イーストウッドも、同じころカーメルシティの市長に就任したが、年間歳費は通勤のガソリン代200ドルだけ。これが選挙で選ばれる者の共通した意識だろう。
では東京はどうか。人口400万人のロスをモデルにすれば、人口1200万人の東京は単純計算すれば、都議は45人でいい。一国の首都という立場を勘案してもまあ60人で十分だろう。日本人議員が米国人に劣るとも思えない。
しかし現実は都議が127人もいる。歳費もロス市議の二倍を取り、おまけに意味不明の文書費だのなんだのの別封給料も取る。その点は首長の都知事も同じで、高額歳費のほかに派手に交際費も使いまくる。
都民の苦痛は、金遣いの荒い都知事・都議セットに加えて、23区などに別枠の首長と議員のセットを約40も抱えさせられていることだ。全部合わせれば2500人。ロスとの比率でいえば、じつに60倍にもなる。
それが皆クリント・イーストウッドだったらまだ救われるが、誰一人、社会奉仕精神の持ち合わせはなし。民主党議員などは偽領収書まで使ってもっとカネをせびる。
なかでも分からないのが区長の存在だ。区は都の出先機関で、独自の仕事といったらマンホールの蓋のデザインを決めることぐらい。昔のように都庁の任命で住むのに高いカネをかけて選挙で選んでいる。
そんな盲腸のくせに、たとえば文京区は560億円もかけて超高層庁舎を建てた。赤ん坊まで入れて区民一人三万円を拠出させた計算だ。マンホールの蓋のために、なぜこんな豪奢な庁舎が必要なのか。
その文京区長、成沢広修が厳かに記者会見を開いた。社会奉仕に目覚めました。区民へのタカりをやめて歳費を100円にしますというのかと思ったら「二週間の育児休暇を取って長男の育児に専念する」だと。その理由がふるっている。
「(育児休暇をとっても)キャリアロスにならないことを自ら示し、男性職員に育児休暇を勧めたい」
ただでさえ暇な職員を、もっと休ませるために、自ら範を垂れる意味が分からない。これが記者会見するほど意味のある話と思い込む神経は、もっと分からない。成沢区長は休んだ分のサラリーはもらうことを公言している。区長様の有給休暇だ。
半月休んでも仕事に支障がないという辺りは区長・盲腸説を裏付けた意味はあるとしても、こんなのを選挙で選ばせられる区民がなんとも可哀相だ。
引用ここまで
以下引用
「官僚は犯罪者」は世界の常識 高山正之著
明治政府に端を発する腐敗
江戸時代は農民が虐げられた暗黒時代だった、と教えるおかしな歴史学がある。だが少し調べれば「貧農史観」は誤りで、実際の農民は豊かだったことが分かる。むしろお上のほうが貧しく、それでいて買収にも応じなかった。それほど日本の役人(武士)は清廉だった。
その役人の清廉さが大きく崩れたきっかけが、明治維新だった。なぜなら明治政府になってから役人=武士が崩れ、武士でない役人が登場したからだ。
明治七(一八七四)年に、土佐藩の板垣退助と後藤象二郎が明治政府を「上帝室ニ在ラス下人民ニ在ラス、而独有司ニ帰ス」(民撰議院設立建白書)と非難した。「独有司ニ帰ス」というのは側近官僚の独裁というほどの意味だ。板垣退助は五箇条の御誓文に違反するとして、 民撰議院の設立建白書を出している。
これは権力をもった者の権力の濫用、つまり官僚の思い上がりを始めて指摘した言葉である。
引用以上
高山正之著 「偉人リンカーンは奴隷好き~変見自在~」(新潮社)より転載
アフガニスタンに援助はいらない
アフガンを初めて訪れた時は杏の花が咲き乱れていた。村人は畑を耕し、羊を追っていた。長閑そうに見えたが、それは見かけだけだった。
道が鎖で通せんぼされていた。「この道を直した。通りたかったら金を払え」と髭の若者が言った。傍らにAK47があったから言われるまま金を払った。
峠で孫を連れた老人が我々の車に手をあげた。ヒッチハイクのつもりかと速度を落とすと、タジク人のガイドが「ダメだ。轢いてでも逃げろ」と言った。
加速して通り抜ける。老人がマントに隠し持っていた銃を構える姿をバックミラーで確認した。
彼らは獲物を見つけると畑を耕す手を休め、みんなで追いかけて仕留める。それが鹿でも狐でも異邦人でも同じ事だった。
同じ頃、早大の学生ら四人がインダス川をカヌーで下っていて誘拐される事件があった。
ダコイト(盗賊)の犯行だと新聞は書いたが、正しくは、羊を追っていた村人が川を下る獲物を見つけた。みんなで捕獲して金目の物を奪った。人間の方は適当に処分するつもりだったが、学生についていたガイドが機転で命を助ければ金になると説得した。
おかげで早大生は助かったが、要するにあの国の民はみなダコイトなのだ。
アフガンにはパキスタンのクエッタからピシン峠越えで入った。
本当はハイバル峠を下ってトルハムから入る予定だったが、入国管理人が七千ドルを吹っかけた。役人までダコイトだった。
ピシン峠の検問所は別に金を要求しなかったが、その先にあるスピンバルダックは村ごとダコイトだった。
街の広場に鹵獲したソ連軍の兵員輸送車があった。それを見ていたら、彼らが襲う準備をしているとタジク人ガイドが教えてくれた。彼はこの辺のパシュトゥン語を知っていた。
さりげなく車に戻り、猛スピードで脱出した。
だいぶ後にやはりクエッタからピシン峠のコースでテレビ朝日のカメラマンがこの村に入り、村人に身包み剥がされた。幸いガイドがいたから三万ドルの身代金で救い出された。
同じコースを数年前に広島の中学校教諭二人がたどった。当然この村も通ったはずだ。
二人が読んでいた朝日新聞は「アフガンの人はいい人ばかり」と書いていた。
アフガンで井戸を掘る中村哲の「丸腰の美学」もよさそうに取り上げていた。朝日歌壇では「米軍が地雷を敷設して誰も居ないアフガンの村には砂舞うばかり」とも載せた。
アフガンに地雷を敷いたのはソ連だ。米軍は入ったばかりでまだ地雷は敷いていない。
二人はそんな朝日新聞の嘘を頭から信じて無邪気にカンダハルからハイバル峠に抜けるプランを立てていた。
二人はアフガンに入ってすぐ襲われて金品を取られた。しかし、ガイドのいない悲しさ、身代金話も出ないまま頭を撃ち抜かれて殺された。
中村医師の丸腰の美学を信じたNGOの若者も昨年夏にアフガン人に拉致され、撃ち殺された。
「アフガンはいい国」と書く朝日は現地に記者は出していない。嘘は東京でも書けるからだ。
しかしニューヨーク・タイムズ紙は違う。カブールに支局を出し、「もう二度も記者が誘拐され、助手が殺されている」(宮崎正弘の国債ニュース・早読み)
アフガンはペルシャもロシアもインドも中国も眼下に見下ろす。ここを制すれば世界の覇権者になる。
それでアレクサンダー大王もジンギス汗も英国も征服を試み、失敗した。最後のソ連は崩壊までした。
それはここがダコイトの国だからだ。正規軍もない。普段は羊を追う。カモが来れば襲う。それでみんなやっつけてきた。
今回は米国が出てきたが、ベトナムにも勝てなかった国では無理だろう。
それは米国の勝手として、困りものは鳩山由紀夫だ。彼はアフガン人を無職だと信じて五十億ドルも出して職業訓練させるという。
兼業ダコイトにあとどんな仕事をやらせる気だ。(2009年11月26日号週刊新潮)
高山正之著 「偉人リンカーンは奴隷好き~変見自在~」(新潮社)より転載
白人に寝返った哀れなツケ
真珠湾攻撃のあと、米政府はカリフォルニア州など西海岸三州の日系人に引き払い命令を出した。
日本軍がここに上陸したとき呼応して侵略に手を貸すに違いないという言い分だった。
しかし東海岸でドイツ系市民を隔離はしなかった。生意気な非白人種を始末したいという思いがそこに覗いている。
驚いたことに何百人かはこの理不尽な命令に黙って従って家を捨て見知らぬ土地に移っていった。のちに東京五輪招致に手弁当で協力したフレッド和田もこのときオークランドからユタ州の荒地に移っている。
しかし大方の日系人はこれを拒んだ。
年が明けて米政府は一斉に日系人を狩り出し、モハベ砂漠に作られたマンザナなど十箇所の強制収容所に追い立てていった。
手製のカメラでこの収容所の生活を記録した宮武東洋のドキュメンタリーが今、公開されている。
映し出される画像はあのナチのユダヤ人ゲットーの狩り立てと強制収容所送りの映像に恐ろしいほどダブって見える。米国人の正体が透けて見える。
収容所に送られたのは十二万人に及ぶ。漏れはなかった。短時日にここまで完璧にやれたのは日系市民連盟(JACL)の協力があったからこそだった。
この組織はもともと日系への偏見を正し、権利を守るために作られた。
それが寝返って、身内を売り渡したのだ。
裏切りの証拠はある。日系人がすべて収監された中でJACL幹部とその家族は自由世界にとどまれたこともその証の一つだ。
しかし組織の全メンバーが鉄条網の外にいたわけではなかった。何人かは善良な日系人を装って収容所に入り、内側から収容者の言動を監視し、米当局に報告していた。孫子・用間篇に言う「死間」、つまりクサだ。
これがやがて「マンザナの暴動」を引き起こす。
発端は隠れJACLが若い二世に「日本人であることを忘れろ。米国の為に兵役に志願しろ」と誘いをかけて歩いたことだった。
宮武のドキュメンタリーには怒る一世の声が入っている。財産や自由ばかりか日本人の心まで奪っておいて、そんな国に忠誠を誓えというのか、と。
鬱積した思いが開戦からまもなく一年というときにはじけた。ある夜、収容所内で隠れJACLの一人が六人の男に襲われて袋叩きにされた。
米当局はすぐさま容疑者を逮捕する。収容者がそれに抗議すると当局は待っていたように丸腰の収容者に銃撃で応えた。暴動とされるこの騒ぎで十人の日系人が死傷した。
これ以降、JACLは公然と米国への忠誠を謳い、米政府は日系人部隊の創設を決めた。
収容所では「日本国天皇への忠誠を否認する」ことを求めた忠誠登録が収容者に押し付けられた。
拒んだ者は別の施設に送られ、若い二世の多くは兵役を志願して出所した。
やがて欧州戦線での二世部隊の活躍が伝えられた。彼らの代名詞「Go for broke(当たって砕けろ)」が示すように舞台の消耗率は半端ではなかった。
収容者は最後にわが子まで失って泣き、JACLはこれで評価が上がったと笑ったが、米政府からは何の挨拶もなかった。
この組織は半世紀後の三菱自動車セクハラ訴訟にも出てきた。組織代表のポール・イガサキは「日本では女に人権はない」から「日系企業の三菱は職場のセクハラを推奨した」と嘘八百を並べて三菱を訴えた。
彼はこの恐喝訴訟のためにクリントンに雇われたが、四十億円を脅し取った段階で使い捨てられた。
米国への忠誠を祖国・日本を裏切ることと錯覚する者は多い。日本軍は二十万人の女性を拉致して性の奴隷にしたという従軍慰安婦の嘘を担いだマイク・ホンダもそれで米国社会に取り入ったと信じているが、果たして次はあるのか。
ニューヨークタイムズのノリミツ・オオニシも無知を曝け出しながら日本を貶め続けたが、この三月に人知れず日本を去った。
次のポストは不明。彼も用済みになったか。(2009年5月21日号週刊新潮)
高山正之著 「偉人リンカーンは奴隷好き~変見自在~」(新潮社)より転載
日本に住むには百年早い
家から一分ほどの駐車場を借りている。隣はかなり古い型の乗用車が入っていて、持ち主はインド人の若い女性だった。
ある日、駐車場に行ったら彼女がバケツの水で車を洗っていた。目が合って軽く会釈する。
車に乗り込んで発車しようとしたら、頭上でヘンな音がした。
窓越しに見ると彼女がこっちの車の屋根からフロアマットを取り込もうとしていた。
洗って濡れたマットの干し場にわが愛車の屋根を使っていたのだ。
車を止め、彼女にインドと日本の違いを教え、ソフトにたしなめた。
インド人は表情を消して、まるで言葉がわかりませんみたいな顔をして突っ立っていた。
そんなことがあって数日後、愛車の左側、つまり彼女の車のある側のドアに小さな凹みがついていた。
それからまた数日後、凹みは三つに増えていた。凹みの高さは同じ。
計ってみると彼女の車のドア下端と同じ高さだった。たしなめられたことへの報復にドアをぶつけていたのだろう。
傷が四つになる前に彼女に会う機会があり、もう一度たしなめたら、別の駐車場に移っていった。
インドでは未亡人は夫の亡骸とともに生きたまま荼毘にふされる。いわゆるサティだが、そういう風習が生まれる理由が何となしに分かるような気がした。
渋谷駅の山手線ホームで、祖父から孫まで十人くらいのインド人家族と行き合った。電車が入ってくると整列する日本人客の脇から息子夫婦が割り込んでいった。気がつくと後ろにいたはずの祖父母もこっちより先に乗り込んでいた。
かつて新疆ウルムチ駅でそれと同じ光景を見た記憶がある。割る込んだのは中国人だが、そのテクニックは同じだ。
そのときは座席指定車両の乗車口で、なぜ中国人がわれ先に割り込んだのか意味が分からなかったが、乗ってみたらこちらの座席を占拠していた。
「日本人の席だ」と怒鳴ったら退散したが、そうでなかったら指定席でも先に居座った者が勝つらしい。
インド人一家が混んだ電車に割り込み乗車したところでそれで座れるワケでなし、意味のないことをすると思うのは日本人だけで、恵比寿を過ぎた頃には全員が座っていた。
日本人はそんな彼らに眉を顰めるが、彼らはそれを痛痒にも感じない。
先日、仕事で新横浜から新幹線「のぞみ」のグリーン車に乗った。
混んでなければ並んだ二席を独り占めできるが、このときは通路側に中年の紳士が座っていた。他はガラガラで運の悪さに泣いたが、そうじゃあなかった。
結論から言うと隣の紳士の本当の席は三列後ろの窓側席。ところが品川駅から乗ったら、白人夫婦と十歳くらいの息子が席を向かい合わせにして座っていた。
席が違うと言っても「空いている席に座ればいい」とまるで中国人の対応だ。車掌を呼んだが、グリーン車の車掌は女性だから対応も大人しい。
「少しの間ですから」とわが隣の席に座らされたそうだ。
そのうちこの米国人一家の父親が車掌と戻ってきた。彼らの本来乗るべき普通車を車掌に案内させて見てきたらしい。
それで移るのかと思ったら「普通車だと家族はバラバラになる」「子供は車窓の景色も見られない」とかゴネ続ける。
そして「もう半分まで来たじゃないか」と父親は言う。確かに新幹線はもう静岡を通過中だった。
「だからあと少しここにいてもいいだろう。周りもすいてるし」
車掌がそこで毅然として言った。「結構です。ただし規定料金の三倍をいただきます」と。
この一言で傲岸不遜の米国人一家はやっと立ち退いた。ついでながら、これがオランダだとうっかり一等車に入っただけで料金の三倍を取り立てる。まだ日本は温情が過ぎる。
池袋に蝟集する中国人がここに中華街を作って新名所にするそうだ、と朝日新聞が嬉しそうに書いていた。
しかしマナーも知らない、平気で街は汚す余所者に地元は拒絶反応を示した。当たり前だが計画は頓挫した。
日本に住むには百年早い者がまだまだ多い。(2009年4月9日号週刊新潮)
高山正之著 「偉人リンカーンは奴隷好き~変見自在~」(新潮社)より転載
リンカーン大統領は偉人か
朝日新聞はオバマがよほど好きみたいだ。
先日の論説委員コラムは「オバマの尊敬するリンカーンが徳川家茂に宛てた書簡があった」という、それがどしたみたいな話を載せていた。
書簡は南北戦争のさなかに書かれ、そのすぐ後に彼は奴隷解放を宣言している。それから百五十年、いまオバマ大統領が登場した。家茂から現代までの年月と重ねてみて「これを長いと見るか短いと見るか」とコラムは問う。
問いがよくわからない。
だいたい百五十年前まで奴隷を使っていたこと自体、米国は恥ずかしいほど遅れていた。
やっと奴隷制をやめてなお、百五十年間も人種の壁を崩さなかったのは正気の国とも思えない。
奴隷制を憎んでその歴史も持たない日本と重ねたら、なおさらこの国のお粗末さが際立つだけだ。
このコラム子はそれも分からずに、あたかも米国がいい国のように語る。
この国の正体は百五十年前を見ただけではだめだ。遡ってメイフラワー号でやってきた清教徒の時代から見なければならない。
彼らは知られるようにワンパグノ族の酋長マサソイトが恵んだ食糧で冬を越す。感謝祭の謂れだか、よさそうな話にはけったいな続きがある。
七面鳥で元気になった清教徒らは酋長の死ぬのを待って彼らの領土を奪い始める。抵抗した息子は殺され、その首は二十年間プリマスの港に晒された。
彼の妻子と一族もまとめてカリブの奴隷商人に叩き売られた。
土地を手に入れた清教徒は働き手と妻を最寄の奴隷市場に買いにいった。
奴隷市場は実はメイフラワー号が着く一年前に店開きしていて、最初の売り物は百四十人の英国産の白人女囚だった。
新大陸はまず男どもが入植したから圧倒的な女日照りだった。それで英政府は万引き程度の罪でもみな島流しを宣告して新大陸に送り込んだという。
女が行き渡ると市場の主商品は黒人になった。
こちらも当初は開墾だとかの力仕事に耐えられる男の奴隷が主だったが、やがて女の奴隷も入れるようになった。
輸入に頼らず、国内で繁殖させればコストは安上がりになる。
ちなみに独立宣言を起草したトーマス・ジェファーソンは黒人女性サリー・ヘミングスを隠し妻にしたことで知られるが、彼女は正確には八分の一の黒人混血児だった。
つまり繁殖用に輸入された曾祖母がまずブリーダーの白人に犯され、生まれた娘がまた白人に犯され、孫も犯されてサリーが生まれたということだ。
彼女がずっと隠し妻だったのは当時、黒人女性など有色人種と白人が性交すること自体が罪とされていたからだ。
それでもジェファーソンは「人は等しく創造され、生命と自由と幸福追求の権利を持つ」と書いて恥じるところがなかった。
こうした裏切りや背徳が山と積まれたころ、リンカーンが登場する。
彼は確かに黒人奴隷制の廃止を宣言した。
いかにも人道的な人のように見えるが、この宣言に前後して彼はダゴタ族の討伐命令を下し、その処刑まで命じている。
発端は白人側の裏切りで、土地を取り上げた代償の食糧品などが粗悪を極めた。怒ったダコタ族が決起すると、待ってましたと騎兵隊が殺到して全滅させた。いつもの手口だ。
このときは法に則って裁判を開いたというが、たった五分で結審して三百人のダコタ族に死刑判決が下された。ミネソタ版の東京裁判といっていい。
リンカーンはそれを支持した。人道的というには程遠くないか。
奴隷廃止も額面通りではない。米国は国際世論がうるさい黒人奴隷に替わる格安の中国人苦力をとっくに見つけていた。実際、ペリー来日前に米の奴隷船から苦力が石垣島に逃げ込み、ペリー艦隊の戦艦サラトガが砲撃、上陸して逃亡した苦力をみな殺しにしている。
コラムはリンカーンの性格は筆跡からきっと「正直に違いない」と見る。そして日本に書簡を認めるとき「どんな日本を思い浮かべたのだろう」と結ぶ。
同じモンゴロイドのダコタ族を虐殺し、苦力を代替奴隷に使う白人大統領が日本人をどう思っていたか、コラム筆者は想像がつかないのだろうか。(2009年2月12号週刊新潮)
高山正之著「日本人の目を覚ます痛快35章~朝日新聞、米国、中国を疑え~」(テーミス)より転載
民を泣き寝入りさせる北朝鮮との国交にNOを
~ビルマのネウインは国家再建のためデノミ徳政令を出したが~
2千の英国人がインドを統治
62年、軍事クーデターでビルマの実権を握ったネウインは当初、どう国を処理していいか途方に暮れた。
ビルマは、ほんの1世紀前までは敬虔な仏教徒ビルマ族の国だった。すべての民は8歳で髪を落とし、仏門に入り、集団生活を送りながら仏の道と読み書きを習った。食事は毎朝の托鉢で賄う。
修行が明けると環俗して家族の下に帰る。ビルマ人が日本と並んで高い識字率を誇ったのは、この制度のおかげだった。
豊穣の実りに加え、石油を含む地下資源にルビーなど宝石も産出した。
その豊かさを狙って19世紀、英国がこの国を武力攻略した。英国は植民地統治では実に狡賢い。インドではイスラムとヒンズーの宗教確執に加え、人種や風俗の違いも対立をあおる材料にした。
西ベンガルでは人種と宗教が異なるベンガルとビハールを抱き合わせ、地方選挙のたびごとに双方で1千人単位の住民が殺されてきた。インド人が団結して英国の植民地支配に抵抗しようなどという状況は望むべくもなかった。
だから、たった2千人の英国人が4億のインド人を自在に統治でき、第一次大戦では英国のためにインド人が嬉々として戦場に赴き9万人が戦死している。戦没者の名はニューデリーのインド門に彫られ、彼らは英国の為に戦死することを誇りとしてきた。
そういう経験からいえば、単一宗教単一民族のビルマの統治は難しい。で、英国は考えた。それならいっそのことビルマを多民族国家にすればいい。
植民地システムを壊した日本
かくて華僑をどんどん入れ、山ほどのイスラム系インド人を運び込んだ。華僑にはビルマでの交易の下請けを任せ、インド人は主に金融を担当させた。そして仕上げにモン、カチン、カレンなど周辺山岳民族を山からおろしてキリスト教に改宗させて、軍と警察を担当させた。
治安対象は、この国の本来の主ビルマ人で、彼らが団結して英国人に歯向かわないよう、その目配りをやらせた。騒擾があれば、その鎮圧が任務だった。実際、30年代に起きたサヤサンの暴動では、モンの部隊がインド兵とともに残忍な鎮圧をやっている。
かくてラングーンには、この山岳民族のためのキリスト教会とインド人用のモスク、華僑の関羽廟がスーレーパゴダを取り囲むように建ち並んでいた。首都の人口構成も宗主国の英国人とシーク教徒のインド人、ベンガル人、華僑、それに山岳民族が64%を占め、ビルマ人は36%だったと英史家J・ファーニバルが記録している。
そして第二次大戦。日本軍が英国の芸の細かい植民地システムを打ち壊し、アウンサンがビルマ人の国防軍を作った。
しかし、多民族国家という社会構成は、戦後もほぼそのまま残り、商業実権を華僑が、金融関係をインド人が握ったままだった。
ネウインが当惑したのは、英国が持ち込んでそのままビルマ社会に棲みついたインド人、華僑、山を下りたままの山岳民族をどうするかだった。
ここはビルマ人の国、華僑もインド人も国に帰れ、山岳民族は山に戻れといっても、ハイそうですかと出て行く相手ではない。強制すれば内戦の危険だってある。
「ともに貧しく」政策のビルマ
で、ネウインが選んだ道が鎖国だった。国を閉ざし、自給自足で行く。ということは、貿易も商売もほとんどなくなる。それで食ってきた華僑は困った。でもやせ我慢がいつまで続くか、たかをくくっていたのが3年経ち5年経っていく。ネウインに泣きついても「ともに貧しく生きましょう」と諭される。華僑の多くはこのときに逃げ出していった。
ベトナムでは南北統一後、居着いた華僑に対し、強制的に財産没収をやった。それが嫌で華僑は小さな船で逃げ出した。いわゆるボートピープルだ。多くは同胞のシナ人の海賊に襲われ、殺された。嵐で船が沈んで死んだ者もいる。
それに比べて、ビルマ方式はいかにも殺生を嫌う仏教国らしい手法だ。ネウインはまた何年かごとにデノミや新札を発行した。そのとき例えば5万チャットを上限にそれ以上は没収した。「ともに貧しく」政策だ。貧しいビルマ人は誰も上限に達しないが、金融業のインド人には痛手だった。持ち金を家族に細分して目減りを最小限にしたが、ネウインの新札発行は頻繁に行われ、その都度、上限額は下げられた。最後は新札の図案も出尽くして90チャット札45チャット札まで登場した。インド人も、ついにビルマに長居するだけ損になることに気づいて出ていった。
問題は山岳民族だったが、ネウインは彼らとの共存の道を選ぶことにし、国名をビルマから「ミャンマー」に改めた。結局ネウインは「貧しさ」という誰も傷つかない手法で、英国植民地が残した負の遺産を大方洗い落とすのに成功した。
しかし、忍耐強いビルマの民も4半世紀に及んだ鎖国に倦み、88年いわゆる民主化運動が起きる。ネウインにひどい目に遭ったインド人、華僑、それに一部の山岳民族が英国の手先のアウンサン・スーチーを担ぎ出したのはこのときのことだが、それは別項に譲る。
金正日「不逞の者」は銃殺せよ
昨年暮れ、金正日は突如としてデノミを実行した。100ウォンを新1ウォンにするそうだが、各家庭は1ヶ月分の収入に相当する10万ウォン(約30ドル)だけしか交換できなかった。それ以上の貯金は全て没収される。人民の不満は高いが、金正日は1人10万ウォンの制限を掻い潜って他人に交換を依頼した「不逞の者」2人を銃殺して強硬姿勢を納得させた。
また民の泣き寝入りで終わりそうな気配だ。
北朝鮮では国家経済をよそに、ヤミ市など地下金融が国家予算の半分にも達している。今回のデノミはこうしたヤミ市の成金から金を搾り取るのが目的だという。
ネウインは国家を再建するために、泣いてデノミ徳政令をやった。同じ新貨発行という手法でも、金正日とは志が違う。日本は、ヤミ市の上前をはねて恥じない首領を戴く国との国交などいらない。
(2010年2月号)
高山正之著「日本人の目を覚ます痛快35章~朝日新聞、米国、中国を疑え~」(テーミス)より転載
沖縄返還「密約」説に乗る朝日新聞の浅はかな論調
~一方でカンヌ国際広告大賞では電通マンの情けない一票が~
中国の人工衛星に見る物真似
嫌いな国、胸糞が悪くなる国といえば、中国とか韓国あたりが相場だろうか。
とくに、中国は可愛くない。
この国の近代化の基本は「日本人にできることは、われわれにも出来るはずだ」と日露戦争を見て語った孫文の言葉で、以来、中国はひたすら日本を手本にしてきた。
日本人が卓球で世界一になると10億の民に卓球をやらせ、今では日本より強くなった。三宅選手が勝つと重量挙げに力をいれ、東洋の魔女が名を売るとバレーに手を出した。
スポーツはそれで何とかなったが、技術や知的財産はからっきしだめだった。
50ccの原チャリも作れない。それで日本製品をばらしては、そっくり盗作することで誤魔化してきた。ホンダを寸分違わずコピーした「HONGDA」がいい例だ。
性悪の中国人はそれを認めたがらず、「中国は日本に先駆けて人工衛星を飛ばした」とか、偉そうにいう。
確かに地上200キロの低空周回軌道に乗ったことは確かだが、その乗員の帽子を見て十分に笑えた。もう半世紀も前のソ連ガガーリンが被っていたのと、そっくり同じ形だった。
中国の宇宙開発は、蜜月時代のソ連から技術を盗んだものだ。盗用の技術は凄い。寸分違わずに作ったのは立派だが、せめて帽子の形くらいは変えた方がよかった。
その中国が、宇宙開発では「日本を追い越し、10年以内に米国に追いつく」(3月11日付産経新聞)と見栄を張る。3千万人を殺した大躍進のスローガン「超英追美」(英国を追い越し米国に追いつく)を思い出す。またこれで何千万かが殺されるのだろうか。
そういう中国や、喧しい韓国がすぐ隣で喚き続けるので日本人は見落としているが、たちの悪さではノルウェーもひどい。
この国は事情も知らないくせに、なぜか日本を嫌って、折に触れては侮辱する。
例えば、この国のブローテン航空のテレビコマーシャルだ。タイトルは「日本人」。
日本人乗客が出されたケーキをお絞りと間違えて顔を拭き、クリームがべったり。同じ日本人が次に乗ってきてお絞りを渡されると、「おなかが一杯」というゼスチュアをして断ってみせる。
日本人役は、ぶよぶよ肥って顔がでかくて醜い。朝鮮系の印象だが、いずれにせよ日本人を外国語が話せない、ホットタオルも知らない馬鹿に描いて虚仮にしている。
ノーベル平和賞に対する疑問
しかし、お絞りは日本固有の文化だ。日本人が発明し、それを戦後、日航が国際線進出とともに機内サービスとして出した。
外国人、とくにノルウェー人は、そんな美風を知らない。朝、顔も洗わない。つい半世紀前まで風呂に入る習慣もなかった。中国農民と変わらない生活をしてきた。
中国の農民はまだ箸を使うが、彼らはつい最近まで手づかみで食っていた。かなり下品な育ちをしてきた民族だ。
そんな彼らに、ちょっと汗ばんだり埃っぽさを感じたりというときに、そっと出されるお絞りの心地よさは、理解も出来ない。
それを馬鹿にすることなく、そっと教えたのは日本だ。そんな起源も知らず「日本人がお絞りを知らない」という無知で悪意ある制作態度は、明らかな人種偏見を感じさせる。
ちなみに、この作品はカンヌの国際広告大賞で、グランプリを獲得した。日本からは電通の社員が審査員で出ていたが、彼はお絞りが日本文化とも知らず、この作品に喜んで一票を投じた。電通の人材不足に呆れる。
ノルウェーは、スウェーデンのノーベル賞に対抗してノーベル平和賞を出している。しかし、受賞の定義はあやふやで「極めて政治的に使われる」(ブルッキングス研究所リチャード・ハース国際政治学部長)といった指摘が毎回出る。
過去の受賞者を見てもまともなのは、79年のマリア・テレサと89年のダライ・ラマ、93年のマンデラくらいか。
あとは胡散臭い。先年は地雷除去の米国のNPOが受賞したが、その直前まで米、露、中国の地雷生産国家の責任が追及され、非難されていた。この3カ国が製造し、ばら撒いた責任を取るべきだ、と。
それをNPOが平和賞を受賞することで、米露と中国はまんまと責任逃れして、代わりに日本などが資金拠出を割り振られた。
佐藤栄作にケチをつけた委員
ともに無差別テロで名をあげたイスラエルのラビンとパレスチナのアラファトが受賞したのは、中東紛争終結のための政治的思惑からだ。しかし、ラビンは身内に暗殺され、アラファトは棺の蓋を閉じる前に国際援助を私していた正体がばれた。
最悪がポルトガル人と原住民の混血(ハーフカスト)のラモス・ホルタだ。ポルトガル植民地だった東ティーモールがもらえると思ったら、インドネシアに吸収され、偉い白人の血を持つのに原住民と同じ扱い。それで東ティモールに石油があることを知って、オーストラリアと母国ポルトガルと組んで例の独立運動をやった。
平和賞機関とどういう取引をしたが、前述のハース部長も首を傾げる中、ホルタの受賞が決まり、東ティモールは独立する。
そういう非難を受けて、平和賞委員会が100周年記念の折に攻撃に出た。諺にいう「桑を指して塊(えんじゅ)を罵る」という奴で、委員会自ら平和賞を授けた者の悪口を言い出したのだ。
ハース部長の米国も、政治的受賞者は星の数ほどいる。平和賞の不純さを非難するなら、「米国のだれそれもごく政治的だったことを暴露しますよ」という脅しだ。
で、委員会が見せしめにしたのが、非核三原則を政策化したことで74年に受賞した佐藤栄作だった。平和賞委員会のスティネルセン博士は、ノルウェーのアフテンポステン紙に「あれは最大の誤りだった」と述べている。
非難の根拠は、彼が非核三原則を陰で非現実的といったという噂だけ。前述のブローテン航空と同じで、日本はそういう非難に真剣に怒らない。大人しいからスケープゴートに使ったわけだ。実に卑劣なやり口だ。
しかし、佐藤栄作の業績は恐らくマリア・テレサを凌ぐくらい大きなものがある。なぜなら彼は非核三原則を掲げ、戦争なしで失地回復している。
沖縄返還は、実は世界の歴史にも例を見ない快挙なのだ。
中国へのODAこそ「密約」だ
彼は東西冷戦という状況を踏まえ、なお性悪な東側陣営も非核という形で納得させ、その上で米国を説得した。
そして戦争もしないで沖縄を取り返した。米軍基地の費用を見るという条件はあるにせよ、人類の歴史になかった「領土紛争の平和的解決」を現実のものとしたのだ。
現にあの強欲ロシアですら、北方四島のうち幾つかは戦争なしで返すと言い出している。それを考えれば、平和賞10個分にも相当する偉業といっていい。
最近その沖縄返還で密約があったと、朝日新聞が嬉しそうに書いている。なぜ自民党は密約したのか、と。あのころ、つまり70年安保のさなか、この新聞は領土を平和裏に取り戻せる意味が理解できなかった。ひたすら反政府、反安保を叫んでいた。
本来なら歴史的な偉業に付随する必要経費の400万ドルを「密約」にせざるを得なかったのは、朝日以下のマスコミも文化人もモノが見えない馬鹿ばかりだったためだろうが。
しょうもない中国に400万ドルどころか何億ドルものODAを意味なくやっている。国民はそっちの方に密約があると疑っていることを、朝日新聞は知っているのだろうか。
(2006年4月号)
高山正之著「日本人の目を覚ます痛快35章~朝日新聞、米国、中国を疑え~」(テーミス)より転載
李登輝招聘に嘴を挟んだ小島朋之慶大教授の「面子」
~中国のご機嫌取りを卑屈に繰り返す大学教授が日本を滅ぼす~
訃報欄に大学教授が多い理由
今は首都高速道路が入り乱れる東京・麻布の丘の上に、昔通っていた小学校がある。
学校の前の道を右に行くと、通称柳段々があった。その石段を下ると箪笥町になる。今の全日空ホテルがある辺りだ。
そこに友達の一人が住んでいた。父親は慶応大学の高名な教授だとかで、遊びに行くたびにいつも書斎の机に端然と向かう姿があったように記憶している。子供心にも、とてつもなく偉い人のように感じたものだ。
そういう刷り込みがあって、やがて社会部記者になったころ、三面の下の訃報欄に「教授」があまりに多いのにびっくりした。鶏の鳴かない日はあっても、教授の亡者記事がない日はないのだ。
大学が増えた。国立、私立に加え、県立や市立まで出てきて駅弁どころか、もはやバス停なみになって、それで教授の頭数も増えたためだろう。
それで新聞社も最近は教授というだけでは亡者欄には載せなくなった。何かしらの学術功績か、新聞に論評を載せるような知名度みたいな基準を置くようになった。
今の教授は亡者欄に載るよう、何としても新聞ダネになりたがっている。
難しくはない。例えば朝日新聞は自虐史観が大好きだから、それに合わせればいい。
朝鮮で従軍慰安婦とかが問題になる。すぐにアジア各地に飛んでそう主張する女性を見つけて「ここにもいた」とやる。慶応の倉沢愛子などがいい例だろう。
おかげでインドネシアでは、当時駐屯した日本の兵員数の5分の1もの慰安婦がいたことになって彼女らは「毎日、十数人を相手にさせられた」という。日本兵は連日、休みなくはしごで数人の慰安婦を相手にしていた計算になる。
スマトラに旧日本軍が掘った洞窟がある。これをヒントに早大の後藤乾一教授は「現地民に穴を掘らせたあと、秘密保持のために彼ら3千人を殺した」という話を作った。
いや朝日の喜ぶまいことか。それが嘘とバレても朝日は気にしない。むしろもっとどぎつい創作ネタを彼に求める。折から話題の東ティモール問題で日本軍が戦時中、現地民4万人殺したという話を作る。朝日はもっと喜びこの捏造話をでかでか掲載した。
この話は船橋洋一のコラムにも取り上げられ、さらに現地特派員も新たな東ティモールの所有者となったポルトガル混血児に「日本に戦時賠償を求めよ」とけしかけ、自虐史観の格好の材料として使い回している。
竹村正義という愚かな政治家
今月初め、家永三郎が死んだ。戦前は「筆をもって皇国の御盾とならん」と書いた男は戦後、自虐史観の先頭に立ち、教科書裁判を繰り返して朝日新聞を喜ばせた。
だから、朝日はその貢献度を評価し、訃報を一面で扱った。後藤教授の訃報もその貢献度で朝日には確実に載る。
これは日経も同じ。今世紀は中国の世紀と信じ、だから中国と日本がコトを構えるのを同紙は好まない。それに教授が合わせる。
やや古いが、例えば慶大の染谷芳秀教授の「米中関係を読む」だ。当時、ユーゴの中国大使館を米軍が意図的に誤爆した問題で、米中対立が深刻そうな展開になっていた。
それを受けて染谷教授は「日本は大国として振舞うな」という。臆病者でいい。米国のスカートの陰に隠れていろ、と主張する。
昔、武村正義という愚かな政治家も同じように「日本は小さくていい、きらり輝けば」とか言っていた。
しかし、事実は違う。ワシントン・ポスト紙が日本の論評で「10年の不況下にある」と形容詞をつけながら「世界第2位の経済大国」である事実を認め、最近の米国の不況でも日本を参考にする社説(10月26日付け)も掲げて米国の舵の切り方を考えている。ジョージ・ソロスのしでかした不始末で起きたアジア経済危機の尻拭いも、結局は日本がやった。
中国の国家ぐるみの詐欺行為
日本は黙っていたって大国だ。それもわからず勝手に小さくてもいいと卑下する不勉強な男が、一時は国政の中枢にいたかと思うと少々ぞっとする。
そしてそれと同じことを大学の教授が臆面もなく新聞に発表する。おまけに大国でなくていい、臆病に逃げ回れば中国と商売ができるという根拠が「戦後日本は侵略戦争の歴史に対する深い自省」にあるという。
国際政治学の先生ともあろうものが、朝日のいう安手の自虐史観をそのまま信じ込んで、それを根拠にしていることにもう一度驚かされたものだ。
百歩譲って、卑屈に中国のご機嫌を取っても、あの国に本当に将来性があるのか。武村正義は今、中国の善意を信じて中国に植林しようとボランティアのようなことをしているが、中国はそれが示すように自分の国の緑も守らない。その代わりベトナム国境で戦闘は今でも一生懸命にやっている。民族の違うウイグルやチベットの人権も、またすき放題に踏みにじっている。
ビジネスでもその狡猾さ、凶暴さは変わらない。スズキがインドでの成功を踏まえて800ccの自動車生産を中国で始めた。大歓迎した北京政府は生産が始まると、すぐ1000cc以下の車の高速道走行を禁止した。
ヤマハがバイクの現地生産を始めると、地方政府はにわかにバイクのナンバー登録業務をストップした。ともに赤字だ。やがて日本企業が破産して逃げ出すのを待って、中国が工場を乗っ取る。そういう国家ぐるみの詐欺行為を平然とやっている。
中国に将来性はない、と例えば米国ランド社の中国専門家マイケル・スウェインが分析している。「巨大人口は国のエネルギーにはならない」と彼は言う。
確かに歴史を動かした国に人口大国はなかった。国際戦略研のシガールも、絶筆となる論文で中国の将来性を否定している。
日本は大国として、そういう非道を繰り返す中国をたしなめ、正道に戻すべき立場にあるのではないか。それを自分の亡者記事を意識して、明日を担う学生に現実に背を向けた偽りを教えるのはいかがなものか。
こういう新聞迎合型とは別に寄生虫型もある。誰か偉いヒトにへばりつき、その威光を借りる。亡者記事では「○○氏との親交があり」と書いてもらえるようにするタイプ。
これもまた慶応の先生だが、三田祭の実行委員会が李登輝氏を招聘したことに嘴を挟んだ。ご本人は中国問題専門の大家で「自分こそは李氏の日本側窓口」と思い込んでいた小島朋之教授だ。彼の李氏側近に宛てたメールはすさまじい。
最高学府に及んだ「教育破壊」
慇懃な口ぶりを口語体に直せば「俺を無視して勝手に日本に来るとは何ごとだ。おかげで俺の面子は丸つぶれ。みんな俺のことを馬鹿にするだろう。今回の訪日はやめろ。それを無視したら日台関係がどうなっても知らないからな」ということになる。
まさかそんなと誰でも思う。なにせ教授様だ。しかし原文には本当に「面子を失った」「日台対話への支援もなくなる」とある。
国際社会の現状もわからず、自分の評判と知名度、面子でしかものが考えられない人物が、教授として教壇に立っているのだ。
教育の危機は限度まできた。日教組に握られた小学校では今、学力低下に加えジェンダーフリーとかでセックスを教え、「女性器が濡れてから」とか解説する。
それ以上の教育破壊が、今、教授の堕落という形で最高学府にも及んでいる。
(2003年1月号)