2008年3月アーカイブ

そろそろ新入社員が入ってくる時期になりました

道徳の時間って小学生時代は結構好きだった気がする。どんな事をしたのかってのはよく覚えてないが、今は道徳の時間がないらしいというのを聞いた。今日の出来事だが、小学校3~4年生かな?それくらいの子供が立ち入り禁止の立て札を越えて補修されたばかりの補修部をいじくりまわしていたのを見た。親は何をしてんだと。

いや、親に期待しても無駄なのかもしれない。親に道徳心がないのだから親が子に道徳を教えることすらままなっていないのだろう。親も見てたのか見てなかったのか知らないが子供がチョロチョロしてても無関心。最近は親が怒っても子供は萎縮するどころか平然としているという光景を頻繁に見かけるようになった。親に威厳がなくなった証左でもある。当方が子供の頃は親ってのは怒らせると怖いものだと思ってたが、最近はそうでもないらしい。可愛がるのと甘やかす事の区別も大人が出来なくなってきているのだろう。

子供が子供を育てているようなものだから致し方ない。家庭に道徳教育が望めない以上、教育現場でやるしかない。子供は純粋だから学校現場での教育さえしっかりしていれば社会性を身につける事は難しくはないと思うのだが。学校でも変態教師がいたりしてアレかもしれないが、アホを量産するよりはマシである。個性を大事にする教育は大事な事かもしれないが、個性なんぞ自然と滲み出るもので大事にするというのがよくわからない。

でまぁ、4月が目前に迫ってきてそろそろ新入社員が現場にやってくる頃になった。今年の新人の傾向として甘ちゃんであるという予測がどっかのネットニュースに出ていた。バブル期並の売り手市場だから仕方ないが、会社組織というのはそうそう変わるものでなく、彼らが望む大手企業であれば尚の事だと思う。天狗になればぶっ叩かれ気に入らないからと退職するが、第二新卒市場もあるからと次の会社に行っても同じ事の繰り返し。挙句には新卒で入った会社からは比べ物にならない待遇で働くというスパイラルに陥る人が多くなる気がする。

いつの時代もそんな奴はいるものだが、そんな人が多くなればなるほど下らない企業が増えるような気がする。自分に合った職業なんてのはそうそう直感的にわかるものではない。自分に合っているというより楽な仕事を探していると言った方がいいのでないか。どんな仕事でも嫌な事はあるし、最初から自分の居場所なんてない。それは自然と固定化されたり探したり掴んだりするものだと思う。


仕事が選べる時代というのは羨ましい。当方の頃は氷河期真っ只中で選ぶどころか働くところがあるだけで満足するべきという時代だったから、今の時代の新入社員は恵まれていると思う。恵まれていることが万事良い事ばかりかと言えばそうでもない。自分を求める会社はいくらでもある。自分のいくところは他にもあると考えてる間に歳を取り相手にされないという経験をする人は多くなるのではないだろうか。


若者は毎年出てくる。第二新卒とはいえ次の年の本当の新卒が手に入れば僅かでも色のついた奴はいらないとなるのではないだろうか。まぁ新卒が武器になるのほんの僅かな時間だけだろう。今年の新卒もその特権に与れるのは実際のところ転職するなら数ヶ月だけだ。数ヶ月で辞める奴はどこへ行っても数ヶ月経てば嫌になって辞めるの繰り返しをすることだろう。やっぱ石の上にも三年とはよく言ったものだ。三年くらいは一つの事を続けてみるべきである。短期で転職を繰り返せば繰り返すほど良い事はない。ロクに経験もない奴を好待遇で迎える企業はどこを探してもない。


転職を繰り返せば繰り返すほど辞める事への抵抗感も踏ん切りも容易になる。辞めるほど嫌なわけでもないのに少しストレスを感じたからと辞意を示すようになったら人生負け組みへの道を驀進となる。自分はこんなもんじゃないというのは多くの場合が買い被りである。自分の価値は自分が思っているほど高くはない。それをよくよく自覚しつつ天職を見出してもらいたい。以上若さを武器に転職を繰り返した当方から今年の新社会人へ送る言葉でした。転職は決して悪いことばかりではないが、この国ではまだまだ勤続年数が厚待遇への近道だと最近よく思う。

払った年金返してもらっていいですか?

会社で風邪が流行っている。声が変わるほどの風邪を引いているにもかかわらずマスクの一つもしてこないオッサンは何を考えているのかと最近イライラ気味だが、当方も風邪をもらったかもしれない。ここ数日喉が痛い。季節の変わり目は体調管理にいつもより気を使わないと若くはないのだと自分に言い聞かせている今日この頃。花粉症もそろそろ始まっているようなので花粉症の人は大変ですな。

さて、年金問題とマスコミが騒ぎ立てていたわけだが最近何人かの年配者に「君が年金もらえる頃には多分年金なんてないよ」みたいな事を言われた。まぁ当方が払っている年金掛け金は今の年配者がもらう為の金だし、当方が受け取る時代に生活するほどの年金がもらえるのかと言われれば絶望的な気分になってしまう。

当方会社員なので払うも払わないも勝手に給与から引かれているので年金は支払っている。年額に直したら貧乏リーマンにはきつ過ぎる額ではある。新聞を見てたら「払ってもらってるんだけど誰が払ったか特定できない」なんて信じられない社会保険庁の不始末が報道されてた。これで年金制度を信用してくれって言われても、誰が信用するのか。もう払った分だけでいいから返してください。管理能力のない人に将来を預けるなんて御免だからね。

「ヤミ専従」って言葉がある。正規の業務時間に業務に就かずに組合活動に従事することを言うらしい。まぁ公務員だからこそ出来ることだろうが、公務を行わないで給与を受け取るなんぞ給与泥棒そのものではないのか。民間の会社でロクに成果の上がらない社員を給与泥棒なんて揶揄するが、こっちはそのものではないか。自分たちの給与が国庫から出ているからこそ出来る所業だ。何をしてても国庫には国民からの税金が入ってきてそこからもらえるという許しがたい発想なのだろう。


そんな自分たちの権利を守って拡大する事しか考えていない甘えん坊連中がこの国を現場で動かしている。恐ろしくて仕方ない。国だけじゃない。地方も同じようなものだろう。大阪府で知事が始業前に朝礼をすると言い出すと「超過勤務」だと言って手当てを要求するような神経なのだから推して知るべしだ。公務員というのはよほどの特権階級らしい。国庫から給与をもらっているのに民間より手厚い待遇を受けているのは正しい事なのだろうかと。まぁ仕事さえしてくれてれば問題ないが。


話はガラリと変わるが、チベット問題というのがマスコミだけではなくネットで話題になっている。チベット人がデモをしたら中国が武力で抑え込んだというやつだ。中国は内政問題だと強弁しているようだが、これほど情報が行き交う世の中で、起こったことを隠し通そうとすることは不可能だろう。事実、あちあらこちらから様々な情報が漏れ出している。政治体制が共産主義である以上、そこで行われている事はネットで語られている事ではないかと推測するのは合理的であると考えるが。


ともあれ、日本こそ共産主義ではなく右派独裁の軍事政権でも出来た方が国内がピリリと締まっていいかもしれない。ただ軍事政権は共産主義と同じく末路は国民を不幸にする結果になると思うが、腰が砕けた国を立て直すにはそれくらいの劇薬が必要かもしれないと最近はよく思う。そんな世の中になったら当方は多分息苦しくて死んでしまうと思うが。

日本は世界から侮られているのではないだろうか。毒入りのギョーザを食わされて、鯨獲ったら野蛮人だと言われて、それでも何も言わない日本政府は本当にこの国を守ってくれるのだろうか。国家が侮辱を受けたら直ちに怒るべきだよ。軍がないからどうした。怒る時は怒ればいい。

政府の毅然とした態度が国民の愛国心を養うのだと思うが、果たしてこの国が戦争の真っ只中に置かれた時どうなってしまうのかとふと思った。富裕層が国外へ脱出し、政府は混乱し国としての体をなさないような状況に陥るのだろうかと。この国が再び覚醒するのは、戦争だったり国家存亡の危機に直面した時ではないかと思うのだ。

それを大多数が望まない以上、この国が再び国家としての体を成す事はないのかと思う。日本人の戦争とは恐らく先の大戦のようなものを想像してしまうが、果たして今の世の中であのような戦争が現実に起こりうるのか。多分、日本人が想像するような戦争には今の時代ならないのではないだろうかと思う。新兵器の開発と技術の発達はもはや人間の素の力では対抗出来ないところへ入っている気がしないでもない。

なぁんか難しいこと考えてたら眠くなってくるんだけど、天地がひっくり返るような事はたとえ戦争が起ころうとも起こりそうもない。個人的には戦艦同士が戦う海戦なんてかっこいいんだけど、あんな戦争には今の時代ならないんだろう。とにもかくにも鯨獲って文句言われる筋合いもないし、毒入りギョーザ事件は徹底的に追及調査しないとダメだ。ゴチャゴチャ言われたら黙れ!って言えるくらいの政治家がいないもんかねぇ

金持ち喧嘩せず・・・かな?実のとこ借金大国らしいけど、よく破産しないもんだ。破産してるのかもしれないけど。なんか眠くなってきて何がなんだかわからなくなってきた。とりあえず人権擁護法案反対!とにかく反対!よくわかんないよね。人権擁護って。人権って人が生まれた時点で持ってる自然権みたいなもんだよな。それを擁護するの?元からみんなが持ってる権利を必要以上に保護する必要ないと思うぞ?権利権利って言い出したら住み難い社会になりそうだから反対!それに権利権利言う奴は臭いから反対!

最初から最後まで無茶苦茶な繋ぎ方になったな。それもこれも今日は調子がイマイチな証だ。寝よう。

転職する時に確認する事~某銀行勤務の方~

1、転職ってのはね。良い時にこそするべきなんですよ

2、悪い時に嫌だから辞めちゃ良いところにはいけないですよ

3、良い時に、それでも辞めたいと思ったら辞めるべきです


出典:得意先で先方担当者との会話より

組織で生き抜く術~某銀行勤務の方~

1、組織で生きていくってのは、言いたいことも我慢してやりたい事も我慢することです

2、言いたい事言うと生きていけないですよ。干されるし。所詮そんな奴が上に上がるんだから

3、言いたい事を言うんだったら出世は諦めないといけません。日本の組織はそういうもんです


出典:得意先で先方担当者との会話より

世の中春闘だのと言ってますが

もう3月も半ばを過ぎようとしている。今月は年度末で「決算、決算」とどこもかしこも忙しい事だろうと思う。うちの会社も例に漏れず年度計画売上の達成の為に営業マンも所属長もみんなケツを叩かれて見えないゴールへ向かって日々悶絶しているところで、新聞を賑わす春闘やらなんて「そんなの関係ねぇ」とばかりに来年度からの賃上げのことなんて話題にすらならない状態。

4月は人事異動やら新人の入社やら歓迎会やらで忙しくなるのが予想されるし、3月は3月で送別会やら決算やら・・・まぁそんな事言っててもいつものように時間は流れていつの間にかゴールデンウィークが来てしまうのがいつもの流れといえば流れかもしれない。てか、なんでこう休日の夜になると仕事辞めたくなるのか。働きたい時だけ働けたら一番いいのに。

話はいきなり飛びますが、この間某超有名銀行に仕事で出向いた時に先方の担当者との雑談で出た会話。きっかけが何だったか忘れたけど転職の話になった時に、「ここはもう親方日の丸だから辞めたいなんてないでしょうねぇ羨ましい」とか言ってたら「そんな事ないですよ。嫌な上司もいればアホな奴もいる。朝言った事が夕方には変わるような朝令暮改がまかり通ってるんだから嫌になりますよ」みたいな会話で互いに互いの職場の愚痴を言いあってたときに出た先方の言葉。

「転職ってのはね。良い時にこそするべきなんですよ」
「悪い時に嫌だから辞めちゃ良いところにはいけないですよ」
「良い時に、それでも辞めたいと思ったら辞めるべきです」


なんか良い事言うなぁと感心した。まぁ当たり前っちゃ当たり前だけど、嫌だから辞める転職が結構普通のような気がしないでもないし。確かに今が嫌だから新天地を求めるって理に適ってるようで実は負のスパイラルに陥ってるんじゃないのかと。さすが超高待遇のところに勤めてる方は言う事が違うなと。やっぱ労働者としてのレベルが違うなと。民間の中小なんてどこも目くそ鼻くそだし、転職なんて言っても気分転換する程度のねぇ・・・アレなんだけど。


またこの方はこんな事も言ってらっしゃった。


「組織で生きていくってのは、言いたいことも我慢してやりたい事も我慢することです」
「言いたい事言うと生きていけないですよ。干されるし。所詮そんな奴が上に上がるんだから」
「言いたい事を言うんだったら出世は諦めないといけません。日本の組織はそういうもんです」


ほほう。悟ってらっしゃる。じゃ~俺は日本の組織にいちゃダメってことか?!こりゃ大変だ。ってまぁいいんだけど。別に上の仕事にたいして興味ないし(今の仕事にもだが)・・・けどどっかで変えないとダメなんだよなぁ~って思うこともあるし。うちの会社でも俺が変える!って頑張ってる人が孤軍奮闘でもがいてるけど、俺にあのバイタリティーは今のところない。そう思って今日も明日から会社行くの嫌な俺。

こんな時どうしたらいいか

こんな時、どうしたらいいのか。またどうするべきなのか。上司に「やる気を見せろ」「ガッツを見せろ」などと叱責されているのか励まされているのかわからないが、そんな事を言われたらあなたならどうするだろうか。「わかりました!」元気よく返事をすれば丸く収まるのだろうか?

出来もしない事を言うのは期待外れだし、そもそもやる気だのガッツだの抽象的な事を言われてもピンと来ない。要は仕事をしていないと言いたいようだが、例に挙がった事なんかはやっている。まぁそのつもりではある。知らせてくれないとわからないとか言われてもなぁ・・・

特にそれを知らせて評価してもらいたいわけでもないし、内容的には従業員として当たり前のことをやってるつもりなので敢えて知らせるべき事でもない。というかやってて当たり前のことだと思ってたから逆にそんな事を言われて面食らってしまったところもある。そういうことってアピールポイントになるんだ・・・

お客さんに新商品の案内をしたり、新商品の展開をすることなんて至極当たり前というか、それをする為に雇われているんじゃないのかと思ってみたり。それすらやってないと思われていたのか、それすらもやってない奴が他にいるのかよくわからなかったが、とにかくガッツを見せろと言うのだが、ガッツを見せろとは「俺はやってますよ!ほら!見てください」みたいなアピールをしなさいって事だろうか。

それとも昇進候補のリストに挙がってるからもうひと頑張りだ!って意味がこもった激励だったのだろうか。ああ、仕事とか会社ってよくわからない。わかろうとしてないだけかもしれない。昨日ニートのエントリをしておいて今日は仕事の悩み。なんだかニートの人が社会に出たくない気持ちがわかったような気がした一日だった。実は前からわかってたけど。

まぁこんな奴でも自分から辞めるって言わない限り会社勤めって出来るもんなんだよ。働いたら負けかなと思ってる。。。こりゃ深い名言だな。色んな意味で。

ニートは社会問題になっているんじゃないのか

ちょっと前だったか、少し前だったかわからないがニートいわゆる就業もしていない学業にも就いていない人たちの事がマスコミで話題に上った事があった。その数は増え続けていてこりゃ問題だ!みたいな事だったと思う。働かない事が問題なのか、社会的に労働力不足に陥っていく事が問題なのかそこんとこはよくわからない。

2ちゃんねるを見ていたら「人間関係自信ない ニート若者らの意識調査」ってスレッドがあったので元記事を見ていて感じたこと。以下引用

>「働くことに意義を感じ、意欲もあるが、人間関係に自信がなくて就職活動に踏み出せない」―。宮城県がニートの若者らを対象に実施した意識調査で、こんな結果が浮かび上がった。県は今後、職場の人間との付き合いを実際に経験して若者に自信を持ってもらおうと、就労体験を受け入れる企業や団体を増やすための具体策を検討する方針だ。

調査は昨年7、8月、国の委託でNPOが運営する若年者自立支援施設「せんだい若者サポートステーション」(仙台市太白区)を利用するニートの若者らを対象に実施した。10―30代の106人にアンケート用紙を配り、102人から回答を得た。

「働くことに価値があるか」との質問には、92.1%が「そう思う」「どちらかといえばそう思う」と肯定的な回答をした。現在の暮らしについては、41.1%の若者が「(経済的に)苦しい」「やや苦しい」と答え、「余裕がある」「やや余裕がある」の13.7%を大きく上回った。

現在の就職活動状況については、「就職したいが活動はしていない」が52.0%(53人)と過半数を占めた。この53人に就職活動しない理由(複数回答)を尋ねたところ、「人間関係に自信がない」が35人と最も多く、「体力、気力に自信がない」32人、「知識、能力に自信がない」30人の順で続いた。

調査は、保護者107人(回答104人)に対しても実施。最も望む働き方を尋ねる質問では、若者の55.9%が「正社員」と回答したのに対し、保護者は「特にこだわらない」が33.7%と最多だった。

県産業人材・雇用対策課は「雇用形態にかかわらずとにかく就職してほしいという(保護者の)気持ちが表れる結果となった」とみている。

以上河北新報WEBより引用

これが全てではないとは言え、大したことでもないような気がしないでもない。要は組織という枠組みに馴染めない人が増えたということか。それとも「無理してまで組織という枠の中で縛られる必要がない」と教えられた結果がこれなのかはわからない。働く事は社会に生きる上で当たり前の事ではなくなっているような気がする。


必要がなければ働かなくてもいい。そんな風潮が社会にあるんじゃないんだろうかと。当方も別に働かなくてもいいなら働きたくはないかもしれない。やりたくもない仕事をやる必要もないのかもれない。そもそも人間関係に自信なかったり、体力や気力に自信がなかったり、能力に自信がなかったりするだけで働かないという選択が出来るだけ羨ましいとも言える。


そもそも、多くの人は自信なんかないんじゃないだろうか。自分は出来るとか思ってる奴は鼻っ柱を折られるか、どっかで壁にぶつかるものだ。能力があろうがなかろうが、文句言おうが言うまいが会社は簡単にクビにはしない。というか出来ない。居辛くなって辞めるなんてのは珍しい話じゃないけど、一つの会社に入ったからといって一生勤める必要ないし、嫌なら辞めりゃいい。そもそも働かなくても死なないなら働く必要があるのかとも・・・


当方が働くのは、遊んで作った借金の返済やら旨いもん食うためやら欲しいものを買うためやらであって働く事に意義を感じているというよりは思うような消費生活を送る為でもある。正直、自分を高める為だったり、仕事にやりがいを感じていたりとかそういう高尚なものは一切ない。自分に与えられた役割をこなしてそれで給料もらってるだけだったりする。多くの会社員がそうじゃないだろうか。まぁ昇進とかそういうものにもあんまり興味ないし、適当なとこで辞めてもいいと思ってるので精神レベルで言えばニートやってる人と変わらないかもしれない。


それこそ支店長に「お前も将来はこのイスに座りたいだろ」とか言われて「いや、別に」とか言うくらいだから社内ではかなりやる気のない奴だったりするんだと思う。そりゃ結婚してて子供いてとかならある程度社会的地位は欲しいかもしれんが、特にそういうのもない。ただ、なりたいとなれば人を蹴り落としてでもそのイスを取る気はある。でも今は別にないし、主任でもなんでもなりたい奴がなればいいと思うので主任昇格の話もやんわり断ったりしている。だからやる気がないとか言われるんだがw


しかし、上に行ってやりたい事がある人がなればいいし、意欲のある人がやればいいと思うんだよな。当方は特にこれと言ってそういうのがないし、何より自分の事も満足に出来ないのに人の面倒なんぞ見てる余裕がない。ただ上の立場に立って偉そうにしたいだけの奴は上になったら厄介だけど、そういうのはなったところで大したことも出来ないからどうでもいい。


話が逸れてしまったが、ニートが何を考えてて何が社会参加の障害になっているかわかってきたなら対策はあるような気がしないでもない。ニートにも社会参加の意思があるなら彼らが参加しやすいような枠組みを作ってあげればいいんではないのか?それこそアルバイト人口が増えるような形にはなるだろうけど、それを前提に枠組みを作るとか。若者の考え方が云々言う前にそういう教育を若者にしてきたんだから仕方なかろう。意図とは違う結果になったにしろ、そういう教育をしてきた結果が今のニート問題のような気がする。

ブログトップへ戻る



  人気ブログランキングへ

2010年2月

  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28            

このアーカイブについて

このページには、2008年3月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2008年2月です。

次のアーカイブは2008年4月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。