ここんとこ、色々と仕事のことで悩みがあるというか。まぁ煮詰まってる状態です。うまくいってないから悩むんですが。歯車が狂うというか、何かのキッカケで少しでも変わるならそれはそれでいいんですが。一応、監督職なので管理職と一般職との調整役のつもりでいるんですが一番辛い役回りだと痛感しております。
なんか、もう本屋で「いい上司になる為に」とか「部下を振り向かせるには」とかいう本があったら買ってしまいそうなくらい行き詰ってます。まぁ個人的に思うには自分の役割がなんなのかということを理解してそれを実行するというのが会社員に求められる能力なのではないかと最近思っています。空気を読む的なことだろうと思いますが、今の自分の立ち位置を把握するというか。
主体的に考えて動くべき立場なのか、言われた事を無難にこなす事を求められているのかというような事で。ここをこうすればもっと良いのにという意見を言うことは何ら問題ないのですが、必ずしもそうなるとは限らないしならないことの方が九分九厘であるという事を理解した上で仕事に向かうべきだということです。日本の会社組織の一員である以上、協調性が何よりも求められる事をまず理解すべきなのです。
当方もこのことを理解するのに約5年かかりましたが。この間、ある社員と話をしてる時に「うちの会社では言われた事を素直に実行する事が何よりも評価される。だからどういう考え方をするかは自由だけど、如何に納得できない事を実行できるかが求められるスキルだ」と言った事がありました。また、「言われた事を言われたようにするだけでいい。結果責任はお前にはないんだから楽なもんだ。そう考えろ」とも。
結果責任は指示する事業部なり現場の管理職なりで責任を持つはず。そこで責任転嫁される場合があるので厄介ですが、そこを調整するのが自分の役割かなとも。だから立ち位置は一般職に近いはずなんですが、彼らからするとそうではないようで。まぁそこんとこはあまり重要ではないと思います。言われた事を言われたように無難に処理できるか。それが一般職に求められるスキルであると思います。
実際、そういう人から順番に出世していくわけですし。最近の若い世代(自分も含めてですが)を客観的に見るようになって感じるのは、自分が評価される側である事を理解していない人が少なくないように思います。もう自分が社長か役員にでもなった気になっているのではないかと勘違いしそうになることが。個人を大事にする個性を大事にするゆとり教育というものが如何に社会に対して無意味で有害なものであるかが解ります。
主体性を持つ事は悪い事ではありませんが、それを態度に出してしまう人は日本型の会社組織には完全に向いていません。日本は個人主義の国ではありませんし、そういう価値観とは相容れないと最近つくづく思います。調整力と協調性こそ日本の会社員として備えるべき能力ですが、それがことごとく欠けている人が多い事が社会とのミスマッチを生み出しているのでは?と思っています。自分より組織、自分より公という価値観こそ日本だと思います。現実に日本の会社では多くがそうであると思います。
自分で事業を興したり、芸能やスポーツという個人の能力のみで生きられるという特異な人は置くとしても、多くの人は会社なりなんらかの組織に入ってその中で能力を補い合って生活するわけですから、現実的な社会に溶け込みやすい人材の育成を教育現場でするべきでは?国際的にとか云々言う前にほとんどの日本人は日本国内で働き生計を立てるわけですから。一部の特異な人に合わせるより多くの凡人に合わせた教育をすべきですよ。多くの人が一山いくらというレベルなのだから、自分だけは特別だと勘違いさせるのは大いに国益を害すると思います。
現実に企業の現場では、そういう下らない事で能率が下がってるわけですから。まぁそんな当方も新卒の頃は勘違い全開で上から頭を押さえ込まれてそれがストレスになってましたから偉そうな事は言えたもんじゃないですが、現実を直視すればやっぱり日本には日本人を育てる教育こそ必要であるとそう思います。当方のように「いろはのい」を社会に出てから身につけることこそ非効率で何より本人にとって不幸であると思います。
会社の事から教育にまで話が拡大しましたが、やっぱり日本の企業が復活する為には人間教育が不可欠であると最近ホントに思います。

