2012年もう一ヶ月終了。時間が経つのは早いもんで(2012/02/04)

雰囲気を変える人と影響を与える人

どうも最近は堅いエントリーばっかになってしまうな。とは言ってもこのblogは当方の頭の中というかそういうものが具現化されているようなものなので、小難しいことばかり考えてるとそんなエントリーばかりになってしまう。それは仕方ないことで読んでもらいたくて迎合するような形で時事ネタを取り上げても疲れるだけで、検索かけてたまたまかかったから何の気なしに読んでみたなんて人がいたらそれでいい。blogを公開するという事は読まれることを前提にするのだから読まれること自体は嬉しいわけで。

で、部署内で全体ミーティングというか会議があった。まぁ毎度の事ですが、重苦しい雰囲気になったりしてみんな大変疲れた。不況下でもあるし、経費削減だの売上アップだの本社やら事業部から降りてくる施策がどうだのまぁ色々。みんな色々ノートやらメモ帳やらに色々書いてるが何を書いているのかいつも気になる。まぁ当方と大差ないだろうけど、それを後で見返したりしてるのだろうかと。ちなみに当方は見返したことは一度もない。まぁミーティング前に暇だから以前のものを読み返す程度。書く事といえば自分が喋る側になる時に使いまわせそうなことばかり。

業務上の指示事項なんかは一応書くけど、毎朝朝礼で耳にタコだし見返したりする必要もない。そんなわけだから全体ミーティングなんて必要ないじゃんと皆が心の中で思っているけど毎月やる全体ミーティング。まぁ内容さえ見直せば必要なんですけど。そこで現場幹部から出る言葉は毎月同じで耳にタコでしょうと。一般社員は当然のことですが、当方のような末端監督職にとっても退屈で仕方ない時間でもあって。言ってる事が頭の先からつま先まで自己利益追求の匂いがプンプンですよ。

まぁそれが企業であって、当たり前の風景だと思いますが。「物売りなんだから売って当たり前だ」といわれても、うちの会社の利益がどうやって出てるか知ってる者にとっては「いや、お前数字が上がらないとてめぇの査定がヤヴァイことになるだけだろ」と思うから、尤もらしい事を言ってると思ってるのは本人だけという大変痛々しい状態に。ましてやてめぇの査定の為に動き回るのが自分の役割かと思うと下を向いて暗い気持ちに。

まぁそれは組織の一員として仕方ないことだと割り切ってるのでいいんですが。今の会社だけでなく数十人の上司と仕事をしてきて感じることがあります。それはみんな例外なく共通するのは自分色に染めてやろうとする意識をみんな持っているということです。もちろん、自分が管理する集団を自分色に染めようとするのは当たり前のことなのかもしれないですが、そこで思ったことが一つ。それは雰囲気を変える人と影響を与える人の二種類いるなと。だいたいが前者で後者はなかなかいないですが。

どういうことかと言うと、解り易い例えかどうかは定かでないですが学校のクラスのような3~40人単位の集団の中では必ず誰かが主導権を握るものです。まぁクラスのリーダー的なやつですね。それはクラスが出来てしばらくすると固定化されていくものですが、大勢が決まるとみんなそれぞれのスタンスを取るようになりますよね。存在感を薄れさせたり、積極的に関わって自分の居場所を居心地のいいものにしようとしたり、または対極に立って別なグループを作ったりと。しかし、それは一時の雰囲気で主導権者が消滅したり変わったりするとリセットされるわけです。

本人が雰囲気の中心にいるときは、まるで集団そのものが一纏まりになっているように見えますがそれは雰囲気を支配してるに過ぎないと。会社内の部署も同じで一度その本人が消えると無かったことのように雰囲気というのは変わるわけでして。箍が外れるという言い方がありますけど、まぁそのようなものです。次の主導権者に合った雰囲気というのがまた醸成されていくというその繰り返し。それはあくまで雰囲気を変えるだけで、有形無形の影響力によって自動的にというか。本人の能力というより肩書きだったりそういうバックボーンによって出来るものだったりします。

ただ、影響を与える人というのはその本人がどこか別のところへ行ったとしても継続的に他人の行動とか思考に関与する能力がある人の事です。こういう人に出会えたら幸せだろうと思います。仕事の能力云々というより、これはもう人間力というか人生経験とか生まれ持ったとかそういうところからにじみ出る能力なので男には股間にチンコがあって女には穴があるというくらいに誰でもが持っているものではないわけで。こういう人に出会える事を人生の目標にするし、また自分もそうありたいと向上心を持つわけですが。

ちょっと前に「俺がいなくなってミスが多いらしいな。やっぱ俺がいなきゃここはダメだな」みたいなことを聞きましたが、こういう人は自分が如何に優秀であるかを誇示したかったか自己陶酔に浸ってたかのどちらかでしょうが、自分なら「あ~やっぱ俺は雰囲気を支配しただけで、影響は残せなかった」と打ちひしがれると思います。恐怖心とか功名心を上手く使って雰囲気を支配してただけだったかと。俺がいなくなれば俺の考えなんてぶっ飛んでしまうのかと。まぁ企業というのはそういうものなんですが。

いるんだな。言いたいことはよくわかる。そうだ、君はそんな事無理だってわかってる。でも言わなきゃいけないから言ってるんだろ?その辛い気持ちはよくわかる。でもその言い方じゃ伝わらないよ。その方法じゃ動かないよと思う人が。よくわかる。自分がそうやって教育されてきたから同じ方法で指導して何が悪いそれしか出来ないと。でもやっぱ時代を読まないと。もうそういうやり方で誰もついてこない事は痛いほど経験してきたはずじゃないか。それでもまだそこから学ばないか?

下に意識を変えろというのは容易い。でも、自分は変わろうとしてるか?変わる必要がないか自分は絶対正義だと思い込んでるのか。トップダウンで物事を進めすぎると必ず瓦解するんじゃないのか?そうだ。組織で生きるにはトップダウンに従うのがいいんだ。でもそれじゃ人はついてこないんだ。笛を吹いても踊ってくれなきゃ結果は出ない。そこをよく考えろ(笑)時には自分が苦しんで下を変える為に上を変える努力をしたらどうだ?意識を変えて(笑)

先に書いたが、肩書きを免罪符に笛を吹けば踊ってるふりはしてくれる。本当に踊ってくれてるかどうかだ。まぁそんな事は結果さえ同じならどうでもいい事なんだけど、決定的に違うのは根っこを押さえてるか押さえてないかでここ一番で差が出ると今は思っている。当方は常に場の雰囲気を変える人でなく人に影響を与えられる人になりたいと思って生きていたい。我ながらナルシストな文章になって正直スマン。

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このページは、サイト管理者が2009年5月 8日 22:29に書いたブログ記事です。

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