ホントに日本社会は幼児化が進んだと思う。便利になったと言えば聞こえはいいけど、つまるところ幼児化ではないのかと。今日、スーパー銭湯のサウナでテレビを見てたら「液体味噌」なる商品のCMがやってた。なんでも湯に入れるだけですぐ溶けるのが売りだそうだ。味噌汁作るときに味噌を湯に溶かすのが面倒だと思った事がなかったので少し着想にはビックリだったが、これが売れてるらしい。
なんでも手間いらずで出来る商品が増えた。便利になったのと同時に思考するとか手間をかけるということがドンドン必要な事でなくなる。企業はニーズに応えるだけだけど、それでいいのかとも。まぁ仕方ないっちゃ仕方ないんだろうけど。ただ、良いものが駆逐されているような気がしないでもない。効率化という名の下に本当に大事なものが失われているような。味噌の話は単なる一端ですが。
好きとか嫌いとか、当たり前の感情をストレートに表現することが必ずしも良いことかどうか。当方サラリーマンなので思うんですが、気の合う人とか自分の事を理解してくれていると感じる人とかしか付き合わなかったり、接しようとしなかったりする人が増えているような気がします。要するに居心地が良い方に流れて現実逃避にも似た行動を取る人が。プレッシャーとか威圧とかそういうものに極端に弱い人が。
とにかく、自分が苦しい事とか辛い事が目の前にあるとそこから遠ざかろうとする。まぁ人間ですから防衛本能が働いてそうなる事はありますが、何でもかんでもとなると違うだろうと。そういうものを跳ね返す力もないし、耐性もない。極端な場合は辞めたりするし、だいたい自分が圧力を感じる人と接しようとしない。話をしてもぶっきら棒で聞いてるのか聞いてないのかわからない。自分にとって耳の痛いことはとにかく聞き流したり、排除しようとする。そこを意地でも克服しようとするだけの力がない。
だから周りからは迫力に欠けたり頼りなく見えたりする。上司と話してる時にはどうしようもない奴なのに、気の合う人と喋る時には別人みたいに生き生きしてたりする。誰でもあることでしょうが、とにかく自分本位過ぎると感じます。自分は別にその人に評価されたり認められなくてもいいと会社とか社会の構造をまったく無視した行動を取る。とにかく自分の居心地が良ければそれでいいという考え方。例によって自分の部下なんですが。
とにかく、助けてもらいたい時だけしか話をしてこない。それでいて助けてもらっても「それが当たり前」という態度。少し叱責されると不貞腐れるか、現実逃避を始める。そんな奴のどこを評価しろと?どこを認めろと?(笑)そういう態度だから仕事が教えてもらえない。出来ない奴だという評価が定着する。それでも現実を認めたくなくて気の合う人に仕事のやり方を教えてもらおうとする。「何で俺に聞かない?」と言われても「お前には聞きたくない」と態度が雄弁に物語る。結果、勝手にしろと放置されて更に出来ない奴になっていく。
それは自分の言動が招いた結果だと考えず、教えなかったあの人が悪い。俺がこんな状態になってるのはすべてあの人のせいだと。思ってるかどうかは知らないけど態度がそう言ってる。「やる気ないんだったら辞めたら?」思わず言った一言にも「お前とやりたくないだけだ」と目が訴える。もうその幼稚さに付き合いきれないと思う今日この頃。当方もそんな時期はありましたから、ある程度の理解はあったと思うし歩み寄った指導をしたつもりだったんですが、それが彼を勘違いさせる結果になったのかもしれない。まぁ最初からそうだったと思えばそうだったかもしれないけど。
一つ仕事を手伝えば、もう手伝ってもらえるのが当たり前。自分が休んでる間に施策を進めておいて欲しいときたから、「自分の仕事は自分でやれ」と言ったら、無言で立ち去り何やら文句を言ってるらしい。さすがにカチンときて
「お前、いい加減にしろよ。辞めるか?別にいいぞ。明日から来なくて。辞めさせる権限はないから、お前が辞めないなら俺が辞めるわ。お前なんかと一緒に出来るか!」と言ったまでは良かったが、それだったら俺も同じか?とか思ったけどさすがに今日は溜まってた鬱憤が噴出してしまった。多分帰って親に散々愚痴ってるんだろう。
当方ならとっくに辞めてるだろう状態でも辞めないって神経太いのか無神経なのかよくわからない。最近のゆとり世代は手強いと聞いてきたけど、それを身をもって実感してる次第です。まぁこんな事なくても当方はそろそろ辞めるかもしれないけど。

