2009年8月アーカイブ

勝ちや負けは時の運ではない!?~野村克也~

「勝ちに不思議な勝ちあり、負けに不思議な負けなし」

 

この言葉は現楽天ゴールデンイーグルス監督の野村克也が松浦清の剣術書『剣談』から流用した言葉だそうだ。負けるときには、何の理由もなく負けるわけではなく、その試合中に何か負ける要素がある。勝ったときでも、何か負けに繋がる要素があった場合があるという意味で使った。

これは、どの人にでも当てはまる言葉ではないかと思う。勝つ時には偶然が時に勝ちに導く時があり、それは幸運な事だが常に負ける要素はある。勝敗は時の運とは言うが、勝つ為には勝つ為の準備と戦略が必要で偶然の運に頼るような勝負をすべきではないという教訓的な言葉ではないか。

負けた時には必ず負けた原因があり、そこを徹底的に解明して理解する事が勝ちに繋がるという意味では良い言葉だと思う。人は過ぎたことの総括をしない場合が多い。負けた後は次に向かって総括しないままでは進歩が無い。成功する人は必ず失敗から多くのことを得ているような気がする。負けた現実を受け止めて総括する事こそ次に繋がるのだと思う。

起こった事を受け止め、それを分析して経験として蓄積することは意味のあることだと思う。勝ったときには振り返れても負けたときの振り返りをする人は少ないのではないか。当方が思うに勝った時より負けた時。成功した時より失敗した時の方が得られるものや納得できる事は多いような気がする。成功した時に成功した要因を分析するのは少し難しい気もするが、負けた原因はだいたい容易に見出せるような気がする。

冷静さを失っていたとか、状況分析をしないいまま進めてしまったとか、状況を把握していながら楽観的になってしまっていたとか。失敗というのはそういうもので、大体が勝算がないものや、成算の薄いものを強行した時ではないでしょうか。不思議な物で、そういうことは繰り返してしまいます。それを繰り返さない事が勝利への道であると教える言葉は当たり前だとわかっていても、実践できないものでもあり。。。難しいものです。

自民党はこのまま消えるか復活するか

衆院選は事前の予想通り民主党が大勝するようです。単独過半数を窺う勢いということですが、この大勝に民主党は酔いしれているんでしょうが、これは国民の積極的な民主党支持による大勝でないことは言っておきたい。何の実績も無い民主党に対して国民が期待するものがないわけではないにしろ、積極的に民主党政権を支持しているわけではないということ。それは、多くが自民党に対する批判票を得票した結果であると思うわけで。

自民党を政権の座から引きずり降ろす勢力が民主党しかなかっただけのこと。その多くの票が民主党に流れたのでしょう。だから自民党は今回の選挙での敗北をしっかりと総括しなければ退潮の流れを食い止める事は出来ないんでしょう。それは真の現実主義保守党としての立場を明確に取り戻すということではないでしょうか。明確に自民党は保守政党であることを改めて宣言しなおす。そして、国会でもその姿勢を示し続けること。国民が安心して生活できる社会を作る政策を国会で示し続けることが次の選挙に繋がるんではないでしょうか。

真面目に働いてさえいれば安心して生活出来る。そういうことを国民に実感として示せる政党こそ必要ではないでしょうか?国民の生活が第一とスローガンでは言ってみても、明らかに将来的には税金によるお返しが見える政策では国民の失望を買うだけです。自民党が展開したネガティブキャンペーンとマスコミに揶揄された運動も、結局国民の心を動かすには至らなかった。騙されないで!というマスコミの言い分に国民の多くが何らの疑問を持たなかったのでしょう。この辺りが民主主義の限界なんですかね。まぁ民主主義というのはこういうものなのかもしれないですが。

今現在での途中経過では、民主党の圧勝は確定。自民党が100議席にも届かない敗北で公明党が12~3議席を取るという形ですか。とは言っても、公明党は10議席程度を確保する、このことの意味は大きいと思います。公明党は二桁を確保する政党なわけです。民主党が単独で政権を取る公算が高いので公明党の力を借りずとも政権運営は安泰ですから繋がる事はないと思いますが、結果が拮抗していれば、二桁の議席を持つ政党がキーマンになるのは当然あり得ることですから気をつけなければなりません。

但し、公明党はイデオロギー政党であると思いますが、イデオロギー政党と政権運営を共にすることのリスクは既に自民党が証明したところだと思います。政権は常に批判に晒されますが、イデオロギーの違う政党との連立はその批判の的になるわけで、政策がブレたと従来の支持層からも非難されることになり、今回の自民党のような結果を受けることになるわけです。まぁ民主党は公明党と主張が違うかと言われればどうかわかりませんが。郵政選挙の時に当選した多くの自民党議員が、この4年間でどれほどの仕事をしたのか。民主党から今回当選した多くの新人議員が国会で何が出来るのか。

とにかく、国政選挙では国益を最優先に考えられる人を送り出さなければなりません。日本の為に働いてくれる人を国会へと送り出す。当たり前のことが当たり前に出来るようになる日は来るのかどうか。投票率が上がった上がったと言って喜んでばかりもいられないでしょう。人気投票の色合いが濃くなれば弊害もありますから。当方は国益を最優先に政治が出来る人なら多少の悪さは仕方ないと思います。というか、国の為にさえ働いてれば多少の事は別にいい。役得なんだからいいじゃないかと思っています。清廉潔白なんてバカのやること。ドロドロの世界で潔白な人間に舵取りを任せてはいられんでしょう。ダーティーな事も出来て正義もある。そんな人間こそ政治家じゃないかと思います。私利私欲ばかりなんて奴は論外ですけど。

あれやこれやとほじくり返せば色々出てくるのが政治家でしょう。でも、国会でどんな仕事をしてきたかを純粋に評価すればいいと思いますよ。国家の為に汗を流して働いた奴なら多少私腹を肥やしてても許してやろうという気にもなりますし。クリーンが売り物なんて奴ほど疑いますよ。人間そこまで綺麗なものではないですし、純真無垢では政治家なんて立候補すら出来ないでしょうし。自民党から大物議員敗北のニュースがいくつか流れてますが、国民がつけた薬だと思って本来の保守党に立ち戻る事が自民党復権の道だと思います。

なんだかんだ言っても戦後60年以上の長い間、そのほとんどの時間に政治を任されてきた政党ですから国民の絶大なる支持を受けていたはずなんですよ。自民党の政策と理念は。自民党が本来掲げていた理念は日本国民に支持されていたはずですから、原点に立ち返ってもう一度保守政党としての立場を取り戻すこと。それができなければ、自民党は80議席どころではない、これからもっと弱小政党になるんじゃないですかね。一度転がり始めたら流れは簡単に止まりませんよ?

とりあえず、民主党が利を得て獲得した多くの議席は、近いうちに選挙をやってもう一度正常化してもらいたい。一党で全ての事が決められる政治では良くないと思いますよ。議会制民主主義の国としてあるべきではないと思います。まぁこれも結果ですから仕方ないですが、このような状態が一年たりとも続くべきではないと直感として思います。自民党4年間の失望感がこの結果であるとするなら、民主党も同じ轍を踏むんじゃないですか?良い事言ったら言っただけ結果に対する失望感も大きいですからね。

過激発言はドンドンするべし

なんか最近は政治の話ばかりになっていて、このblogは政治blogか?とか思ってしまったりしたりしなかったり。このエントリーが記念すべき100エントリー目になるようです。だからと言って記念的なことを書くつもりもやるつもりもないんですが。とにかく、今日本は岐路に立っているのではないかと思うので政治の動きには注目しています。

いつものように、仕事から帰って新聞社のサイトを見ていると「前空幕長「広島平和記念式典は左翼運動」と発言」(Yomiuri online)の見出し。田母神氏が広島の平和記念式典のあり方を批判した内容だそうです。それに原爆被害者団体などが不快感を示しているとかいう。マスコミは好きだね。自虐史観と弱者擁護。まぁこういう記事に食いつく連中が多い証拠なんですが。左翼云々というか原爆の被害に遭ったのは日本が悪かったからだみたいな発想は典型的な左翼思考じゃないですかね。

当方が思うに、原爆が落とされたのは別に日本に原因があったわけではなく良い口実にされただけではないのかと。アメリカが「戦争を終結させる為に」とかいうのを左翼が都合のいいように利用してるだけでは?思うんですが、毎年原爆忌やら終戦の日に日本は過去の反省やら不戦の誓いをして自己批判しますが、どうしてもっと反米感情が盛り上がらないのかと思うんですよね。同胞に酷い事しやがったアメリカ許さん!いつか見てろ食らわせてやる!みたいな空気になってしかるべきというか。

頭の上に大量殺戮兵器を二度も落とされて、日本全土を焼き払われ無差別殺戮されて、沖縄で民間人を大量に殺戮されて。どうして過去の反省や不戦の誓いなんですか?やり返してやる!じゃないの?戦没者追悼式で「心ならずも命を落とされた」とか靖国参拝して「不戦の誓いを」とかアホじゃないのか。国の為に戦って死んだ人たちを侮辱するのもいい加減にしろといいたい。死ぬ事を望んでいたとかいないじゃない。国家の為に代え難い命というものを捧げた人たちに感謝と、国家繁栄を誓うのが国家のリーダーの使命だろ。

国を守る為に死んだ人たちに向かって「不戦の誓い」だと?あんたたちは死んじゃったけど、俺たちゃ国の為に死ぬのは真っ平御免だから戦わないよ!って言いに行ったようなもんじゃないか。話し合いで解決しなかったら属国にでもなって生きていきますってか?英霊を冒涜するにもほどがある。自主独立と民族自決を守る為に戦った人たちに対しての態度ではない。そんな事にも考えがいかない連中が政治家か。しかも保守を名乗ってるあたりが性質が悪い。左翼は言うに及ばず、保守議員と呼ばれる連中も実は国家観なんてないんじゃないのか?

じゃ、この国の国政を預かっている連中ってのは何なんだ?衆議院選挙が30日に迫っているけど、そんな事を考えながら自分の一票を使いたいものだ。民主党は労組依存だと批判をされているけど、それ以前に日本を敵性国家の如く扱う民潭の支持を受けてたりと日本の国益を追求できる党ではないと思うところが、300議席以上の大勝をする勢いだという事に危機感を覚えないわけにはいかない。単独で3分の2を取るような事態になると危惧をしなきゃいかんだろうと思う。一党独裁で政治が出来る体制が整ってしまう。

与党で3分の2を取った自民党ですら、なんだかんだといい加減に任期一杯まで選挙を引っ張った。解散権は首相の専権事項だということを考えれば大勝させたらダメだ。3分の2は単独で取らせてはいけない。例え参議院で民主党にNOを突きつけても衆議院で再可決という自民党がやった常套手段を使われてしまう。結果的に4年間好き勝手されてしまう。日本で一党が3分の2以上の議席を獲得する事態はよろしくない事が自民党政治でわかったはずなのに、また日本は同じ道を選ぼうとしている。絶対権力を持たせるとロクなことにならないという事を自民党の4年間で学習しないなら日本国民は学習能力がなかったということだろうか?

田母神氏は一貫して信念を喋っているのだろうと思う。信念というか本音と言った方がいいか。本音で話をする奴はわかりやすくていい。日本軍や戦前の日本はまともだったということを言った人がいるとマスコミは必ず問題発言が如く報道する。その根拠はどこにあるのか?マスコミというのは時代錯誤も甚だしく検閲下に置かれているような姿勢を崩さない。一体どこの国の報道機関なのか。田母神氏のように本音を忌憚なく語り、日本人として普通であるべき論理を語り、自分の国を愛し敬う人が増える事は良い事だ。

過激発言と捉えられがちな当たり前の理屈も、言葉狩りを恐れて言わない奴が多いといつまで経っても過激発言のままマスコミの餌食となる。恐れなく本音を語る人が増えればマスコミも逐一取り上げることもなくなるだろうし、それが過激発言だと捉えられなくなる。そうなれば日本正常化へ少し前進できるのではないかと思う。もう奇麗事の建前で自分を騙すのをやめたらどうか日本人。言うべき事は言う。自分の利益は主張する。当たり前のことも出来ないガキであることを止めよう日本人。

甘言を弄す奴は信用してはいけない

実は、少し前に見たアマルフィーという映画の感想でも書こうかと思っていたんですが、感想を書くまでもなくつまらない映画だったのでやめにして政治の事でも。当方の住む京都でも連日選挙カーが走り回り、候補者は街頭に立って必死にアピールしています。民主党の候補者はまだ見たことないですが、自民党の伊吹文明は自分で選挙カーに乗り込んで必死の選挙戦。どうも今回は小選挙区で民主党候補に優勢な戦いをされているようで。

新聞報道では民主党が300議席を超す勢いだと出るほど、民主党は勢いづいています。これじゃ郵政選挙の時の自民党みたいだ。二大政党が言われるようになって急に振れだしたのか?チェンジ!と京都の民主党候補は標語を掲げてましたが、民主党にチェンジすると良くなるのか。自民党じゃダメだから民主党に一回やらせてみようという批判票で政権を取っても長続きしない。今回は民主党が勝つ情勢は変わらないでしょうが、300議席もの大勝をさせてはいけません。候補者本人の主張をよく聞き信頼できる候補者を国会へ送るべきです。党の言う標語を連呼するだけの軽薄な候補者はどこの党でも落選させるべきですから。

ところで、ふと思ったことがある。人は自分にとって利益になること、自分にとって有利になることを言う人にはコロリと騙されてしまうものです。しかし、信頼とは時間をかけて生まれるもので人の言う事も信頼できるものかどうかを見極めないと騙されると思うんです。当方は昔から甘言を弄する奴は信頼するなと言われて育ちました。選挙の時にほとんどの政治家は決まって甘言を弄します。選挙で勝てば、そんな約束は反故にするなんて例はキリがないほどありますよ。状況が変わったとか現実的に今は無理だとか。選挙が終ったら変わる状況を読めない奴が国政をやるなと。

普段主張していた事を選挙になると引っ込める政党や候補者もいますね。日本の為に必要な事だと思うなら積極的に選挙で訴えればいい。例えば、民主党は外国人参政権の問題を非常に熱心に推し進めていたはずです。結党以来の基本政策だと言っていたはずですが今回のマニフェストには触れていないようです。選挙で勝てば懐から出してくるはずですが、このような卑怯な連中に政権担当能力があるか。その他にも選挙前には強力に主張していたいくつかの政策が現実路線に改められたり抽象的な表現になっているようです。

自民党がよくやった選挙前の目くらましとよく似ていますが、今回も国民はこれに騙されるのでしょうか。民主党や民主党の候補者に投票する人はマニフェストや民主党の主張をしっかり吟味すべきでしょう。勝ち馬に乗れ的に世間が民主党圧勝の雰囲気だから自分も民主党に入れておこう。という発想は日本人の悪い部分です。自分は実は何も考えていないのに、賛成多数だと見たらワラワラと賛成の挙手をする会議と同じ。その結果に責任を持たなくてもいいと考える無責任な行動です。自分の考えと意見をしっかり持つ事。それが出来ないなら国民が政治参加するなんて日本じゃ無理なのでは?

甘言を弄されて、それが本当に自分にとって利益になるのか。どういう方法で自分に利益を回してくれるのか。そこまでの発想も出来ないわけでしょ?その人の言う事が本当に実現するのかを考えず、甘言を弄する奴を信用する。出来るか出来ないかじゃない。今回は自民党を政権から降ろす選挙だということでしょうか。そうだとするなら民主党を同じように大きく勝たせてはいけない。どうせ民主党政権は長く持たない。だからとりあえずやらせておこう。そんなんじゃ日本の政治いつまでたっても良くはならない。

衆院選挙が本格化してます

衆院選挙が本格化してます。今日も車を走らせていたら共産党のコクタケイジって人が街頭演説してました。前を車で通っただけなので何を言ってたかまでは聞いてませんが、いよいよ選挙本番って感じですね。共産党は委員長が来て演説したみたいですし、自民党は小泉元首相が京都三条西大路あたりで演説をしたそうです。まぁ候補者が郵政選挙で当選したチルドレンですから。

小泉元首相が応援に来た候補者は京都ではちとよろしくない噂があるらしいと、仕事先の人から聞いたこともありますが、まぁ政治なんてそんなもんでしょう。麻生首相とのツーショットポスターが不人気らしいですが、確かこの人も小泉とのツーショットと与謝野とのツーショットポスターを使ってましたな。まぁ京都には伊吹文明とか谷垣貞一とか有名どころもいますが・・・このあたりは当選するのかな?京都では民主党の選挙カーと幸福実現党の選挙カーが忙しく走り回っているのをよく目にします。

京都で目にする状況はこの辺にしといてですね。今回のエントリーで書きたかったのは、このところの政治の動きというか、候補者とか政治家の動きなんです。民主党はどうやら今回の選挙では勝利を得る勢いらしいですが、勝ち馬に乗ろうとする人たちが蠢いている様子が報道から伝わります。郵政選挙で食らわされた人とか自民党から蹴り出された人たち、言ってしまえば小泉人気盛っていた頃に割を食った人たちが知名度と実績を引っさげてめでたく民主党に迎えられたというニュースがいくつか報道されてます。

こういうのを見て思った。自民党と民主党って似ているようで全然違うじゃないですか。主義も主張も支持基盤も全く異なる政党間を平気で行き来できる人が国政の場にいていいのかと。そりゃ勝ち馬に乗ることは政治家として当然かもしれないですが、こういう奴は信用ならんと思うわけです。選挙民はしっかり覚えとかないといかんですよ。元自民党で今回民主党から出馬しようなんて政治家は。一体民主党のどこに共鳴したのか。民主党もどういった理由で公認をするのか。全くいい加減だと思いますよ。

今回はタレント候補とかそういうのはないみたいですが、結局は知名度と票の取れる人に公認が出されるわけですな。訴える政策なんて二の次なんですかね。選挙民もテレビとかで見て知ってるとかいうのが一定の安心感になるのか、政策なんて元々見てないのかわからんですが。やっぱり自分の生活に直結する問題ですから、政策を見極めて投票すべきですよ。個人的には民主党の言ってる政策には賛成出来ないし、こんなのに政権を取らせたら大変な事になるという危機感もあります。

民主党には保守主義者もいて、一定の歯止めになるとか言ってるけど信用できない。そもそもまともな保守議員なんているんですか?京都で言えば前原とかですか。安全保障では理解できる事も言ってるけど、全体を通して見たらおかしいよ。あの人。親米保守だと思うけど、まともな保守かと言われればどうですかね。まぁ保守であれば何でも良いってわけじゃない。日本人の暮らしと安全を真剣に考える代議士を一人でも多く国会へ送ることが日本人としての義務だと思います。

終戦の日

今年も終戦の日がきました。8月は広島と長崎に原爆が投下された日と終戦の日があるので、大東亜戦争に関する記事なりテレビ番組が多いようです。ここ数年ずっと思う事があります。当方は新聞を購読していないので、専ら新聞社のネット版を見てるんですが記事で目立つのは「首相や野党党首が靖国神社に参拝したかどうか」という記事ですね。これはどこの新聞社もトップページに見出しが出ています。

その数日前には「首相は行くか」「野党党首はどうするか」「参拝する予定の閣僚は」とか靖国神社に参拝するかどうかで騒いでいるわけで。当方は政治家としてこの国の舵取りをしようという連中なら靖国神社には参拝するべきだと思います。それが8月15日である必要はないですけど、春秋の例大祭でもいいわけです。靖国神社は国難によって命を落とした人たちを英霊として祀っているところと理解していますが、そのような場所に政治家が足を運んで参拝するのは当然のことでしょう。

そもそも、靖国神社には大東亜戦争で亡くなった方だけを祀った神社ではないでしょう。A級戦犯が云々かんぬんというのはどうなんでしょうか。あのA級戦犯として死刑になった人達は日本人から見れば戦死に準ずるものではないんですか?彼らが犯罪者だと規定する根拠は東京裁判だけでしょう。東京裁判自体が管轄権が明らかにされなかったいい加減な裁判です。誰がどのような根拠に基づいて行った裁判かわからないわけですから日本がその事にこだわる必要はないと思います。

ある一時期日本の政治を担っていた人たちでしかありません。戦争指揮に誤りがあったとして、そのことそのものが犯罪だとは思いません。彼らが戦争指揮の誤りによって犯罪者だとされるなら、証拠も明らかにない強制連行などを公式に認めた政治家が居ましたが彼らも拘束して裁判にかけなければなりませんね。日本の国益を著しく損なったわけですから。日本が戦争に突入するキッカケは自存自衛が大義名分であって、このままではとても主権は守れないと思ったからこその戦争だったと思います。その為に200万人以上の戦死者と80万人以上の死者を生んだわけですが、そのような犠牲を払って得た結果が今の日本です。戦場で死んだ人たちや特攻作戦で死んだ人たちが今の日本を見たらどう思うんでしょうか。

まぁ今の日本はその後に生きた日本人が作ってきたものですが、少なくとも日本人が日本人足り得るようにと命を落とした人たちに対して無責任であっていいのかと思うわけです。まぁ靖国神社を取り巻く様々な問題は象徴的なことのような気がします。靖国が戦死者を顕彰しているという事にしても、国家の為に命を落とした人たちを顕彰して何が問題なのか。国家という存在に対して命という代え難いものを捧げた人たちを称えるのは、国家が存続して繁栄していく為に必要な事ではないかと思いますよ?さもキチガイじみたような言い方に惑わされたり流されるのはどうかと思いますよ。

自分たちの先祖は立派だったんだ。そう思うことが嫌なんですか?周辺国の感情はあるにしても、それは日本国内のこととは少し違った問題だと思います。他人に配慮して自分のアイデンティティーまでも放棄するのは愚かなことではないですか?自分を持たないのは日本人に多いメンタリティーだと思いますが、確固として国に対する誇りと先祖に対する尊敬は持っていて非難される理由がありません。靖国神社へ参拝することが異常なことだとか、右だとか軍国主義者だとか排外主義者だとかおかしいと思います。左翼が言うことこそ異常で非常識であるとハッキリ言える。

靖国神社に参拝するということは、大東亜戦争が侵略戦争だったかなかったか、韓国や中国に酷い事をしたかしなかったか。日本軍は極悪非道で国の道を誤らせた原因だったかなかったか、軍は国民の敵か味方かとか、そんな事とは切り離して考えるべきことです。毎年8月になると靖国参拝がどうだ、戦争は国民を不幸にするという一連のキャンペーンを見て違和感を感じるところです。

余談ですが、テレビで終戦特集やらで特別ドラマとかよくやりますね。まぁそういうのが受けるからなのか、何かの意図があるのか知りませんけど「先の戦争が如何に国民を不幸したか、戦争中は如何に国民に不自由な思いをさせてきたか」みたいな目線のドラマやりますよね。防空壕だとか空襲だとか、学童疎開とか勤労奉仕とかテーマは色々ですけど必ず戦争末期の敗色濃い時期のものばかりですが、開戦当初に日本軍が快進撃を続けてたところとか、フィリピンからマッカーサーを追い出したこととかは取り上げないんですか?

真珠湾で奇襲攻撃を仕掛けて成功してから、ミッドウェーで負けるまでくらいのところはやらないんですかね。国民みんなが浮かれてる頃は国民生活はどうだったかとか、そういうのはやらないんですかね?バランスがないんだよ。日本で放映して日本のテレビ局が製作するんだから日本が強かった事とか、日本が開戦に至るまでの経緯とかドラマにして放映してみろ。終戦の日なんだから負ける直前の疲弊しきった日本人の風景じゃなくて、東京裁判の再現ドラマでもやれ。そこから日本がサンフランシスコ講和条約締結するまでとか、沖縄返還されるまでとか、そういう経緯で今の日本があるってことをやれ!それが日本のマスコミの使命じゃないのか?首相が靖国へ参拝するか、行ったら私的か公的かなんてことを聞くより余程意味のある事だと思うよ。

不況と言われるときに転職を考える

唐突ですが、当方は一年ほど前から転職を考えている。転職と言っても単なる退職と言った方がいいか。一年ほど前は漠然と考えていただけだったのが、世界不況に入って尻込みしていた昨年末。今年に入って「なぜ退職するのか」という事をずっと考えていたんですが、「俺はこの会社に一生いるつもりがない」事がハッキリしてきたので退職する事を決めました。

直属の上司には年内で退職したい旨を伝えましたが、「早まるな。経済状態も悪いし、他はないぞ?それにすぐに辞められる立場じゃないだろ」と諌められました。確かに少ないにしろ部下もいるし、簡単に辞められる立場ではないにしろ、やっぱり今しかないと思っています。後悔するのかもしれないけど、まぁそれも自分の責任でやることですし。他がないかあるかは正直わからんですね。ないかもしれないし。

別に当方結婚もしてなけりゃ子供もいないし、自分さえ食えればそれでいいので思い切った事をしてみるわけで。不況だし今は早まった事をしてはいけないと言われますが、景気が良かろうが悪かろうが転職ってのは本人のタイミング次第だと思います。希望する職があってそこが景気が悪けりゃ動いても仕方ないでしょうけど、景気が良けりゃ全ていいのかと言われたらそうなのか?とも思いますし。

難しいことはわかりませんけど、景気が上向くのを待って腐ってるより動いた方がいいんじゃないかと思うんですが。景気が良くなったら転職するなんて考え方で仕事なんて出来るのかと単純に思うんですよ。景気が良くなったときには自分の条件が揃っていないなんてことになってないですかね。世間の動きと自分の周りの状況は必ずしも連動していないというか。あくまでも自分の状況ありきで行動するべきだと思うんですが。世間の状況もそりゃ無関係じゃないですが。

成功が約束された転職なんてあるんでしょうか?次を見つけてから辞めるなんて簡単に出来ますかね。転職先との調整と現職先との調整が簡単につきますか。相手はすぐにでも来て欲しいから大概の場合は募集してるわけですし、現職先はすぐ辞められちゃ困る事情もあるわけで。転職にはリスクが付き物ですし、リスクを最小限に抑える事は重要でしょうが立つ鳥後を濁さないようにする。これが退職時の基本じゃないですかね。

当方、別に辞めるときに会社からどう思われても結構です。仕事を放棄したとか、根性が無いから辞めるとかまぁ色々言う人はいるでしょうが、こちらにも事情も思いもあっての事ですからどう取られるかはどう取られても仕方ないですよ。一生続けていこうと思える仕事じゃない。そう思っただけですから。人間関係も良好で、社内評価も悪くはないと思ってますが、実際はどうかわかんないです。自分はそう思ってるだけで(笑)

石の上にも三年、仕事なんて10年続けなけりゃ一人前にならない。色々言われますけど、言う事は理解できるし的を得ていると思いますよ。三年やりゃなんとか一通り出来るくらいにはなる。10年もやりゃ酸いも甘いもわかるでしょうよ。でも日本の社会がそういう価値観で動いていないと思うんですよ。実力主義だの成果主義だの欧米型の社会に変化してるわけですから。自我を殺して会社に尽くす事が将来の安定に必ずしも繋がる社会ではなくなってないですか?

でも会社って自我を殺して会社に尽くせって言いません?給料をもらってますから、会社の利益の為に働きますけど、あくまでも時間の切り売りであって生活保障を会社からもらっているわけではないでしょう。だったら従業員も自己利益の追求をしていいんじゃないかと思いますが。まぁそれを許容される社会になりきっていないのもあるでしょうが。実力主義だの成果主義だの言う割りには、転職経験が多いと敬遠したりするんですから。

採用に少し携わった経験から言うと、ほとんどの会社は誰でも出来る仕事だから、長く文句言わずに勤めてくれる人を欲しがっているのかもしれないですね。会社にとっては誰でもいいんでしょう。誰でも出来るから誰でも良くて文句を言わず安い給料で長く働ける人がいい。誰でも出来るから出来れば単価が安いし若い方がいい。まぁだいたいの人はそういう括りの中にいると思います。当方も含めて。だからその枠内で我慢して生きる人と、誰でもいいんだから俺はどこへ行こうが自由でしょとリスクを省みず出て行く人がいていいと思います。

まぁクレジット関係とか色々会社員やってると有利なこともありますけどね。そこが手放したくなくて会社員におさまってる人もいるでしょう。なんとなく安心感があるとか。冒険好きでダメだと言われることをやってみたくなる当方は完全にダメ括りの方か。まぁ継続は力なりという言葉は否定しないけど、やりたいかやりたくないかで判断するのも絶対悪だと思いませんよ。リスクを負う覚悟と失敗した時に責任を持てるならですが。

こんな文章を書いてると退職することのリスクがヒシヒシと解ります(笑)でも辞めるって言っちゃったし後には引けないな(苦笑)まぁ辞める以上プラス思考で取り組んでいきたいと思っとります。

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