2012年もう一ヶ月終了。時間が経つのは早いもんで(2012/02/04)

2009年10月アーカイブ

やっぱり民主党でもダメなものはダメ

やっぱりダメなものはダメ。甘言を弄する奴は信用してはいけない。民主党なんて所詮は信用出来ないんです。自民党でダメなんだから民主党でなんとかなるわけない。赤字国債はやむを得ないだの、財源が足りないからタバコ税は増税、自動車関連税全廃は見直し。マニフェストって何の為に作るものなんだ?公約だろ。公約をロクに守れない政党が国の舵取り?笑わせるな。

約束しといて、状況が変わっただの、予定が狂っただの言い訳も甚だしい。政治家は一般人じゃないだろうに。国民の財産を預かって国家運営をする立場であるはずなのに自覚がないにも程がある。子供手当てだの高速無料だの財源の伴っていない話を宣伝して国民騙してたと言われても仕方ない。困ったらまた国民に金配ってやり過ごそうってか?自民党と同じじゃないかよ。やる事が。

官僚政治から脱却するんじゃなかったのか?官僚に聞かないと何も出来ない奴を大臣にしてどうするんだよ。厚生労働大臣なんて最悪。年金問題に詳しいからなんだよ。公務員組織に触れもしない奴に何が出来るんだ?使い込まれたものは戻ってはこないだろ。だったらせめて使い込んだ横領犯を財産没収の上吊るすくらいはしてもらわないと腹の虫が収まらんというのに、何もしないじゃないか。

状況が許さないから公約に違反する事もやむを得ないという風潮はどうかと思うよ。公務員の抵抗があろうが公職選挙で主権者から委任された重責を果たしてもわらないと。公務員なんて恐れる事はないだろう。ただ試験通っただけの奴らじゃないか。政治家は主権者から委任状を得た人だろ。主権者が許すな潰せと言ったら潰せばいいんだよ。役人は悪い奴なんだろ?だったら潰せよ。政権取った途端に腰砕けになるのは長年野党やってきた政党の常。何も考えず反対反対してるからだ。

国民もよく考えなきゃいかん。生活が豊かにならなかったら選挙で思い知らさなければ。衆議院は意地でも解散しないっていうなら参院選で民主も社民も国民新も惨敗させればいいだけ。入れなきゃいい。今度は自民に安定多数を取らせて衆院を空転させるくらいすればいい。自分の一票で意思表示をみんながする。それしかないでしょ。今は。

女性の社会進出が日本ではG7最下位

時事通信に表題のようなニュースが出ていました。ダボス会議が主催する世界経済フォーラムが発表した、男女格差指数なるものがネタ元だそうで。社会進出による性別格差を数値化したものらしい。最も格差が小さいのはアイスランド、フィンランド、ノルウェーなど北欧諸国なんだとか。日本の革新勢力が好きな国がズラリ(笑)それでも前回の98位から75位と男女共同参画の成果は着々と上りつつあるようです。

記事では他にも、女性国会議員の数とか就業率格差とか賃金格差とか高等教育への進学率とか日本の女性はまだまだ差別されてると。ハッキリ言っておく。こんな記事とか数字なんて何の意味もないと。性別によるこういう数字は意味が無い。他所の国がどうだとか、世界的にどうだとか関係ない。こんなもんその国の風土とか文化に拠るところが大なわけだ。日本では女性は男性を補佐する立場で、主体的に表に出る役割を担ってこなかっただけだ。

女性の地位が低いとかなんとか、他所の国の基準で見るべきじゃない。表に出なくても見えないところで存在感を発揮しているのだから問題は無い。表で輝く者がいれば裏でそれを支える者がいる。そういうことを無視して、国会議員の数だの下らない事をニュースにしてアホを焚き付けるのがマスコミの悪い癖だ。踊るだけ躍らせて梯子を外すのがいつものやり口だが、焚き付けた責任は取れよ。だいたい女性国会議員なんてロクなのがいないじゃないか。男性だからいいというもんではないだろうが、日本の女性国会議員で他国の政治家と対等にやりあえるようなのがどこにいるんだ。

数の問題じゃない。質の問題なんだよ。こんな小さな島国でしかも、村社会で生きてきた民族に世界の基準を当てはめようという方が無理があるというもんだ。世界的にも独自で独特の文化を持つ国が世界の基準に合わないのは当然。そんなものに迎合しなければ国際的ではないと思い込むあたりが民度が低い。日本は日本の良い部分があって、日本に合う制度とやり方で生きていればいいんだ。外国と接する時には国際感覚を持てばいい。国内の問題を国際問題に摩り替えるなと言いたい。

全く馬鹿げた下らないニュースであると。日本で目立つ女なんてジェンダーフリーの男もどきか、女を捨てたような下品な奴くらいじゃないか。例えば男であんなのがいたら下品でバカで最低のクズ野郎と言われるような奴ばかり。だからジェンダーフリーなんてインチキだと言うんだよ。普通の男からも女からもバカにされるのがジェンダーフリーなんだよ。本来の意味の男女共同参画とは隔絶したものなんだよ。日本で推進されてる男女共同参画ってのは。こういうニュース見るとマスコミの無責任なミスリードに腹が立つ。

読売巨人軍が二年連続日本シリーズ進出

三年連続となったクライマックスシリーズ第二ステージの対中日戦は二年連続で巨人が制した。対戦成績は4勝1敗(アドバンテージ1勝)。初戦こそ落としたものの、二試合連続で逆転勝ちすると、勢いそのままに中日を圧倒。日本シリーズ進出を決めた。

クライマックスシリーズ不調だった越智が最後はピンチを切り抜けるなど、日本シリーズへ向けて明るい材料もあった。七年ぶりの日本一奪回へ向けて視界良好です。唯一の不安材料は先発ピッチャー陣で、先発が5回まで持ちこたえたら後は逃げ切りの必勝パターンへ持ち込めそうだ。先制点を与えずリードした形で終盤へ入る王者の野球で日本一奪回を達成してもらいたい。

終盤で逆転優勝をした昨年とは違い、今年は圧倒的独走で優勝を決めただけに余力も残しているはずで、期待大と思っています。投手コーチの他球団監督就任騒動など、雑音もあるがそれを跳ね除けて日本シリーズではシーズンで見せた強さを見せて欲しい。7年ぶりの日本一奪回をファンは期待している。

世の中はまだまだ不況ど真ん中

世の中不況ど真ん中。数字だけで世の中の景気なんて測れないんだなと思います。企業の業績も上った下がったって一概に言ってみても、ホントに企業の中が良くなったかどうかとは直接関係ないような気もしますしね。役人が数字だけ合わせて上った下がったと言ってるなんて問題になりますが、企業の業績にしたって同じようなものだなと思ったり。

売り上げが前年比で何%だとか、利益は前年比何%だとか。9月は中間決算だったので色々と最後の帳尻合わせで走り回りましたが、決算で出る数字というのは目安でしかないのではないかと。内部で必要な備品購入を制限されて業務に支障を出しながらでも現場でやりくりしたり、粉飾に近いような売上調整をしたり何でもありなところで出る数字なんてアテにゃならんなと。

まぁ地力があるから出来ることなんでしょうが。企業内部の消耗度は正直凄いことになってる状態で数字だけが一人歩きするというか。減った分の収入に対して支出をそれ以上に抑えたら数字は出るだろうと。欲しがりません勝つまでは!をスローガンにみんな頑張ってるんですよ。ほとんどの企業の従業員は。労働組合って功罪両方あるんでしょうが、今の日本の企業の経営を見てると組合のない会社で働くっていうのは不利益しかないような気がします。

まぁ給料上げてくれだの、労働環境を改善してくれだの全て聞き入れられないにしても、意見を上げるという窓口がない会社はちょっとキツイんじゃないかと思いますね。だいたいそういう会社って土曜休みは隔週とか月一回とか多いじゃないですか。飯を食うためには仕事は不可欠な要素ですが、余暇をいかに多く取るかが重要な気がするんですよね。日本の企業が変質したように、従業員気質も変質したような気がします。もう「社会人とは」とか「仕事とは」っていう話をするのはナンセンスではないかと最近思います。

ある程度仕事はやるけど、退勤後と休みの日は仕事には関知したくない。それが今の主流なんだと思うんです。サラリーマンに「プロ意識を持て」「お前はこれで飯を食ってる」なんて言って響く時代じゃないというんですか。プロってのはやった仕事に対して相応の報酬が伴うもんだという感覚がある時代に、定給でプロ意識もクソもあったもんじゃないというのが正直なところでしょう。しかも会社は景気が悪くなると不況だ不況だと給料に手をつけてくる。飯は食わないと生きていけないから我慢して働くけど、身を削ってまで働くなんて真っ平御免。ってのが若い世代の本音なのではと、最近感じてます。

休みの日に業務内容について確認の電話をしたら、露骨なまでに不機嫌な対応したりいい加減な応え方しかしなかったりと。まぁ仕事してるこっちは頭にくることもありますし、休みであろうが仕事のことなら仕方ないと教えられてきた当方には甘ったれた考えだと思ってましたが、もう仕方ないと思ってます。まぁ理屈でなんでも通ると思っているのは若い証拠だと。理屈で社会が回っていると思うところは若いんだと。若いってことは武器なんだと。当方が社会に出たての頃も「お前らは若い。甘い。青い」と散々言われましたが、言った人の気持ちもわかるし言われた方の気持ちもわかる。まぁそんな食べ頃の当方は多分来年転職します(笑)今の会社に付き合ってられねぇ!!!!!

って言いながら食べ頃なのに、社会からは必要とされてないようで少し退職した後の事が心配なのは密かな悩み。

史実を正確に伝えないテレビと新聞

高山正之著 「オバマ大統領は黒人か~~変見自在」(新潮社)から転載

史実を正確に伝えないテレビと新聞

ニュースキャスターの走りといったらNHKの磯村尚徳になるか。

70年代に始まった「ニュースセンター9時」に登場し、NHKとしてはやたらキザな印象があった。

ただ、キザだけならよかがった骨がなかった。

彼が「朝鮮動乱」に触れて「北が南に攻め込んだ」とやった。当たり前の史実だが、これに在日朝鮮人が騒ぎ出した。いや南鮮が攻めてきたのだと。

朝鮮動乱は有り体に言えば朝鮮人同士が分裂して始めた内輪喧嘩だ。どっちが先に攻めたかなど日本にとってそれこそどっちでもいいことだ。

ただ敢えて嘘を言う必要もない。北が攻め込んだ史実を磯村が語った。それが気に食わないからと在日が文句をつけてくる筋合いの話ではない。

だいたい彼らは日本に居候している身で、税金もまともに払っていない、おそらくはNHKの受信料も未払いだろう。

だから磯村も「皆様のNHK」の「皆様」には在日は入っていない、馬鹿は祖国に向かって言いなさいくらいのことを言えばよかった。

しかし彼は在日と同調する土井たか子らからも抗議がきたことを知ると、番組の中で謝罪した。「私ごときが歴史をこうだと決め付けるなど僭越の極み」とか言って在日に何度も頭を下げてお詫びしたのだ。

以来NHKは韓国が侵略したことにし、ただそれを言うと韓国が抗議するから朝鮮動乱は一切無視して、そんな騒ぎはなかったことにしてきた。

磯村はその後、都知事選に出馬したが、落ちた。当たり前だ。圧力があれば歴史を捻じ曲げてへいへい異民族に頭を下げる。そんな男が首都の長になれると思う方がおかしい。

お粗末を絵に描いたような話だが、それでも彼は二つの教訓を残した。一つはもし在日が参政権を持てば磯村都知事が実現したかもしれないということ。

もう一つの教訓は、およそジャーナリズムは圧力があっても史実を気安く書き直してはいけない、事なかれで終わってはいけないということだ。

そのジャーナリズム界にいる朝日新聞がいま夕刊で「新聞と戦争」という連載をやっている。

この新聞は基本的に反日で、先の戦争でも日本は悪いことをした、でも朝日はそれをこっそり批判していた、という自己正当化が連載の主眼になる。

例えば近衛文麿の昭和研究会に朝日新聞から何人かの記者が参加した。一人はソ連に与したスパイ尾崎秀実で、もう一人が佐々淳行の父の弘雄だ。

その弘雄が盧溝橋事件の第一報に接して「中国側が先に撃ったとは考えられない。日本軍が先に仕掛けたんだ」と、家族に言ったと連載にある。

盧溝橋の一発は検証が進んで今では中国側の仕掛けと分かっているが、連載には佐々の間違った判断に何の注釈もつけていない。

これでは「南が先に攻め込んだ」という在日の言い分と同じだろうが。

その盧溝橋のあとを同紙の「歴史は生きている」シリーズが続けているが、これもすごい。

蒋介石は日本が挑発に乗らないと見るや通州の日本人街を襲って二百人を惨殺し、さらに上海を無差別爆撃して日本はついに立ち上がることになる。

ただ、朝日は中国に都合の悪い通州には触れない。上海の無差別爆撃も「日本の横暴に世界の目を向けさせる狙い」だからしょうがなかった風に記述する。

その上で「日本軍は南京に進撃し、兵士も民間人も問わない南京大虐殺事件を起こした」と断定する。

これを書いた福田宏樹記者は12月6日に九段会館で開かれた「参戦勇士の語る南京」を聞きに行くべきだった。

そこには九十三歳の近藤平太夫伍長や九十七歳の稲垣清少尉ら南京攻略部隊の老戦士五人が血を吐く思いで本当の南京を語った。城内はほぼ無人だったこと、死体一つ見なかったこと、日本軍が入るや、市民はほっとして床屋も時計屋も商売を始め、当時の朝日新聞の報道写真にある通り和やかな風景だったことを語った。

とくに九・五ミリ撮影機で撮った映像付きで「捕虜は好きに逃がしてやった」という稲垣少尉の証言はそれだけで「南京大虐殺」の出鱈目さを納得させるものだ。

日本人の証言を聞かないで嘘を書くという手法は大江健三郎をもって最後にすべきだと思わないか。

(2007年12月20日号)

天和通りの快男児~天~

天和通りの快男児~天~17巻より

赤木と原田の面会のシーンで原田が「死ぬのが怖くはないのか!」と赤木に質問する場面

原田「かけらも、ただの1%も生きる気ねぇのかい?ゼロかよ!?本当に心から!」

赤木「クククいや、1どころか3はあるだろうよ!3%は生きたい未練がねぇわけじゃねぇさ」

原田「だったら!」

赤木「原田・・・仕方のない3なんだ。生きてる以上、生きたいという気持ちは完全には消せない。3くらいは混ざる。混ざらざるを得ない。まるっきりスッキリってわけにはいかねぇ。どう頑張っても混ざるものは混ざる。なら、これはもう・・・甘んじて受けるしかない。そうは楽に死ねないと。諦めるしかない。これが死の味と観念するしかない。」

天和通りの快男児~天~

天和通りの快男児~天~17巻より

赤木との最後の面談を終えた僧我が一人思いをめぐらせる場面

僧我「確かに大変な天才だが、同時に社会生活を送る者としては破綻者でもあったんや!普通には生きていけない男。唯一奴はあの能力だけを頼りにここまで生き延びてきた。だからそれを失ったらもう死ぬしかない。

さっき、奴は高みのまま消えていくんやな。そう思ったんやが、多分赤木からすればまるで違う感覚なんやろ。奴にすればこれが最低線。譲れないギリギリの線なのかもれん!動物と一緒や!奴は能力が尽きたら死にたいのよ。虎や熊、鷲何でもいいんやが、動物はみな己の突出した能力によってその生命を支えとるやないか。

例えば、猛禽類の王である鷲。鷲は天空を舞う翼と獲物を八つ裂きにする爪、くちばしそれらによって命を支えている。つまり、能力才能がすなわち生!野生動物はだからこそただ生きているだけで美しい。在り方がシンプルで無駄な欲がないから美しい。いうなら機能美。鷲が翼を失い、獲物を八つ裂きにする爪やくちばしを失いただヨタヨタ歩き回るだけのそんな存在になったとしたら。

それはもう鷲やないやろ?DNAなどの問題はともかく、少なくとも生き物としての鷲のイメージはない。当然美しくもない。多分、鷲に言葉を発するそんな能力があるとしたら「もういい」言うんやないかな?「殺せ」と。もっとも、そんなヨタヨタした存在を自然界は許さん。3日と持たず誰かが食い散らかす。それが自然の摂理。当たり前の姿!一見それは残酷に見えるかもしれんが、能力を失って生きる方がよっぽど残酷よ!

死んだ方が生き物としては救いなんよ。赤木がやろうとしてることは多分そういうこと!人としての能力を失って生きていたくないんよ。霞がかったような意識で生きていたくないんや。もういいちゅうことよ。事ここに至ったらもう死にたい!獣のように朽ちたいと!

いらないって決断があっていい。どこまでも生きなくたっていい。その幻想がどれほど人を苦しめてきた事か。出来る事なら人は自由に生き、自由に死んでいきたい。赤木はただそれをやろうとしてるだけなんや!難しい話じゃないのさ。楽になったわ。風が通った感じや心に!わしらは死んでいいんや!恥じる事はない!死のう、時満ちたなら!」

天和通りの快男児~天~

天和通りの快男児~天~17巻より

赤木と僧我との会話の一場面で

僧我「少しぐらいわからなくたって死ぬ事ないじゃないか!ボケたっていいじゃねぇか!残った意識の中で人生を楽しめる」

赤木「茶でも飲んでろってか?」

僧我「そうだ!そういう幸せもある!」

赤木「いらねぇよ。そんな幸せ。勝負が出来なきゃ無意味。勝負が人生の全て!」

僧我「何を言うとるんや!そんな滅茶苦茶あるかい!全てって事はねぇだろ。他にも女や酒、友人、家族とかいろいろ・・・」

赤木「ククククそんなものは全部休憩だ!あんなものは勝負と勝負の間の息継ぎに過ぎない」

僧我「それは違う!滅茶苦茶偏った考えや!それは!」

赤木「その通り!俺は偏っている。俺は唯一それを誇りにここまで生きてきた」


その後、勝負が人生の全てと言い切り、だから勝負が出来ないんだから死なせろという赤木に対して、偏った考え、しかし偏った考えだからこそ超人的能力や直感を赤木が発揮したのかもしれないと思いをめぐらせるシーンになる。僧我はそこで心で叫ぶ「勝てる気がしねぇ!」

自分を憐れむのは贅沢だったんだ!

「自分を憐れむという贅沢がなければ、 人生なんていうものには耐えられない場合がかなりあると私は思う。」

 

~ヘンリ・ライクロフトの私記より ギッシング~

 

 わかるんだなぁ・・・自分を憐れむという事は自己弁護というか自己防衛というか自己正当化というか。そういうことをして自分を保護しないと耐えられないことだらけなのが人生ってもんなんだなぁ。それが行き過ぎると毒にもなるけど、適度にする分には精神安定剤のようなもんだと思う。

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