2012年もう一ヶ月終了。時間が経つのは早いもんで(2012/02/04)

天和通りの快男児~天~

天和通りの快男児~天~17巻より

赤木との最後の面談を終えた僧我が一人思いをめぐらせる場面

僧我「確かに大変な天才だが、同時に社会生活を送る者としては破綻者でもあったんや!普通には生きていけない男。唯一奴はあの能力だけを頼りにここまで生き延びてきた。だからそれを失ったらもう死ぬしかない。

さっき、奴は高みのまま消えていくんやな。そう思ったんやが、多分赤木からすればまるで違う感覚なんやろ。奴にすればこれが最低線。譲れないギリギリの線なのかもれん!動物と一緒や!奴は能力が尽きたら死にたいのよ。虎や熊、鷲何でもいいんやが、動物はみな己の突出した能力によってその生命を支えとるやないか。

例えば、猛禽類の王である鷲。鷲は天空を舞う翼と獲物を八つ裂きにする爪、くちばしそれらによって命を支えている。つまり、能力才能がすなわち生!野生動物はだからこそただ生きているだけで美しい。在り方がシンプルで無駄な欲がないから美しい。いうなら機能美。鷲が翼を失い、獲物を八つ裂きにする爪やくちばしを失いただヨタヨタ歩き回るだけのそんな存在になったとしたら。

それはもう鷲やないやろ?DNAなどの問題はともかく、少なくとも生き物としての鷲のイメージはない。当然美しくもない。多分、鷲に言葉を発するそんな能力があるとしたら「もういい」言うんやないかな?「殺せ」と。もっとも、そんなヨタヨタした存在を自然界は許さん。3日と持たず誰かが食い散らかす。それが自然の摂理。当たり前の姿!一見それは残酷に見えるかもしれんが、能力を失って生きる方がよっぽど残酷よ!

死んだ方が生き物としては救いなんよ。赤木がやろうとしてることは多分そういうこと!人としての能力を失って生きていたくないんよ。霞がかったような意識で生きていたくないんや。もういいちゅうことよ。事ここに至ったらもう死にたい!獣のように朽ちたいと!

いらないって決断があっていい。どこまでも生きなくたっていい。その幻想がどれほど人を苦しめてきた事か。出来る事なら人は自由に生き、自由に死んでいきたい。赤木はただそれをやろうとしてるだけなんや!難しい話じゃないのさ。楽になったわ。風が通った感じや心に!わしらは死んでいいんや!恥じる事はない!死のう、時満ちたなら!」
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このページは、サイト管理者が2009年10月 5日 02:10に書いたブログ記事です。

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