2012年もう一ヶ月終了。時間が経つのは早いもんで(2012/02/04)

天和通りの快男児~天~

天和通りの快男児~天~18巻より

17巻での赤木と原田との会話シーンの続きから

赤木「死のうと決めても3%くらい生きたい気持ちが混ざる。逆に言うなら通常生きてる時も何%か死にたい気持ちが混ざっている。スリルって快感じゃねぇか?破滅や死を誰も望んでない、嫌なこったと言いながら一方で少し覗いてみたかったりする。

そんなに嫌なものなら、ただ避けていればいいだけのことなのに一方で望むんだ。破滅や死を呼ぶギャンブルやスピードや血なまぐさい決闘を。まぁ学者の能書きじゃ、それは生を希求する心の変形でそうやって生の対極にある破滅や死を覗くことによって浮かび上がらせてるってことらしい。現在の生を!

つまり死ぬたいのではなく、死にそうになった後に助かりたいのだ。求めているのはこの助かった生き延びたという快感であって、別に死や破滅を求めているわけではないって話だがどうかな?まぁ否定はしない。スリルってやつの正体は概ねそんなところ。

が、果たしてそれが全てか?チキンランでアクセルを踏む時、大穴に有り金を突っ込む時、微かによぎる破滅。それ自体を求める心!死んじまうことへの希求!そんな説明不能な危ない気持ちがまるでゼロと言い切れるか?とりあえず俺にはあった。そんな気分。感性が。

だからここぞという場面で助かるよりむしろ死ぬだろう。それで結構という選択がしばしば混ざった。大事な場面で死に向かう一打が。どうもこれが相手の調子を狂わせてきたらしいぜ。通常一か八かの一打といっても、まぁまぁ勝算の高い方を打ってくるのに俺は時に逆!生き残りの低い方を選択してくるんだから訳がわからない。困惑していた。明らかに!」

原田「なるほど・・・こりゃぁかなわねぇ!かなわねぇはずだ!生きようとする人間の一打は読めても、死のうって人間、死に向かう一打なんてわかるわけがねぇ!読めねぇよ半ば死人の打ち筋なんて!」

赤木「まぁ・・・確かにわかりにくかろうな。読みの基盤が消えちまってんだから我ながら訳わかんねぇ。しかし、俺からすればそれがただ自然だった。いつも俺は生に死が混ざっていた。だから今死ぬと言っても言うなら濃度の問題でよ。生死はコインの表と裏みたいなそういう正反対の変化じゃねぇ。同じ泥中の濃いところと薄いところというか。水割りの濃度の問題と大して変わらない。

いつもは割っていたのに、今回は原酒っていうのにちょっと面食らっているというか、嫌な気分になっているだけだ。3%ほどな」
ブログトップへ戻る



  人気ブログランキングへ

2012年2月

      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29      

ブログ記事について

このページは、サイト管理者が2009年11月 3日 02:46に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「民主党はさっさと国民を騙した事を謝罪しろ」です。

次のブログ記事は「天和通りの快男児~天~」です。

最近のコンテンツはトップページで見られます。過去に書かれたものは各アーカイブページで見られます。