2010年1月アーカイブ

野球とベースボールの違い

そろそろプロ野球もキャンプインの時期が来ました。外国人選手が来日したとかニュースを見て思い出したことがある。昔、なんだったかな。なんかの本に書いてあったエピソードなんですが、日本の野球と所謂競技としてのベースボールは違うんですよっていうようなことなんですがね。高校野球って日本では凄く盛んですし、日本のお父さんに限らず若かりし頃野球に汗を流した人はいまでも高校野球って熱心に見てますよ。

野球なんて全く無縁な人生を送ってきた当方からすれば、何故あんな情熱を注げるのかと不思議に思うんですがね。で、本に書いてあった話ってのは要約すると「日本に来る外国人選手は好成績を残したところで、日本野球に馴染めない選手は自然と淘汰される」みたいなことでした。まぁ別になんてことない当たり前なことなんですが、ここでも日本の文化とかそういうのが色濃く出ていると言っていたような気がするんですよ。

つまり、日本の野球というのは「調和」を何よりも重視するスタイルで、一般的な競技として個人技に優れているだけではいけないのが日本野球の特徴だと。今でも個人技思考の選手たちはメジャーリーグに挑戦していますよね。単純に技量を試したいということでなく、その深層心理には個人技重視のメンタリティーが底に流れているんだろうなというのを思うんです。イチローとか松井とか松阪とかメジャーで成功する選手の特徴ですね。

なんていうのか、日本に来る外国人を見る基準として技量というよりは「ベースボールをする為に来た選手」では成功はおぼつかない。ということなんです。日本でやらされるのはあくまでも「野球」であって、ベースボールではないということだそうです。調和を何よりも重視する日本野球で成功するには調和重視の「野球」に対応できる能力が必要だと。今ではグローバル化(?)が進んで個人技に秀でた選手であれば多少のわがままは許されるみたいですが。

それでも、マスコミには叩かれるしファンにも好感を持たれることはないですよね。それは日本人が重視する調和の野球のせいだそうです。日本人が高校野球を好きなのも青春時代を思い出すというより自我を殺す調和の野球が人気の秘密なんですかね。そこでサッカーがイマイチ浸透しない理由もわかるような気がします。サッカーは基本的に組織プレーじゃなく個人技が勝利に直結する競技であるような気がするからです。

だからサッカーは国際試合とかのナショナリズムの生まれる試合には注目が集まっても、Jリーグがイマイチな最大の理由ではないかと。決定的な違いは、サッカーは基本的にはフィールドにボールがある間はノンストップで競技が続きますが、野球はピッチャーがボールを投げてキャッチャーに届いた瞬間に原則的にはプレーが一度止まります。野球は基本的にその動作の繰り返しで進む競技ですが、サッカーは基本的にはフィールドでボールの主導権を奪う競技です。

その違いこそ、野球人気とサッカー人気の差に出てるんじゃないかと。プレーごとに動作のリセットがある野球と、基本的な考えとしてノンストップであることが理想のサッカーとの差というか。サッカーでもフィールド外にボールを蹴り出せばリセット可能ですが、蹴りだした場合は相手にボールを戻す動作を委ねるというペナルティー(と言えるのかわからんですけど)があります。これは推測するに、サッカーというのは本来はノンストップで時間内プレーするのが理想とされているのではないかと。

まぁ要するに組織的に戦略的にプレーするというよりは、本来は個人技を競う競技ではないのかと思うわけですよ。まぁ戦略的にフィールド外にボールを出してリセットする作戦はあっても、それは本来は邪道なのではないかと。だからこそ、ルールを決める時にフィールド外に蹴りだしたらペナルティーを与えるという感覚になったのはではないのかと。野球は別にファールで何回逃げてもペナルティーはありませんしね。もちろん、ストライクカウントは2回まで取られますが、3回目以降やったからといってアウトにはなりませんし。

まぁその辺の機微というかね。日本人向きなんでしょう。バントをして走者を進塁させる作戦なんかも、個人技重視の競技では考えられないものですし。打球方向を考えて併殺を避けるバッティングなんてのもね。そういうプレーを要求されるのが日本の野球の特徴なんだそうです。だから俺はベースボールをやる為に呼ばれたと思ったら、野球をやらされたという外国人選手の言い分になるんでしょう。なんか、キャンプインのニュースを見てこんな事を思い出す当方はやっぱり変人ですかね?

何が言いたかったかというと、野球よりサッカーという時代に本格的になればそれは「日本人」の性質自体が表面的に変質したことの証左になり得るのではないかと思った次第なんです。まぁこんなところにもそういう影響は出るんだなってことですよ。大袈裟に思うかもしれんですが。

運転免許の更新に行ってきた

今日の京都はあいにくの雨模様。そんなわけで、免許センターも少しは空いてるかなと思って更新に行ってきました。いつも思うけど、なんで免許センターってあんなに汚いんだ?運転免許って国民の多くが持ってるし免許センターを利用する人も多いはずなのに汚い。警察には予算がつかないの?建物を綺麗にするくらいの事してもらいたいね。職員の制服とかもなんとかならんか(笑)

で、いつも待たされる。受付→手数料支払い→視力検査→写真撮影までの流れをもっとスムーズに出来んもんかね。ここまでの流れは優良運転者から違反運転者までが同じなわけだし、もっとスムーズでもいいと思うが。講習の待ちがあるとかは別にいいんだけども。

今回は1月4日から導入されたICチップ型の免許証になるとかで、暗証番号とか登録する作業が間に挟まっていました。プライバシー保護の観点から本籍とかICチップに記録されるようになったそうですね。まぁ2重の暗証番号(つまり8桁)で保護されていて、入力を3回誤ると暗証番号自体が無効になるとか言ってたから偽造はほぼ不可能でしょう。

当方は2年半前に速度違反で免停食らってるので今回も青ラベルの3年免許。手数料も優良運転の人より1000円も高い。しかも優良運転の人より1時間半も長い違反者講習を受けなくてはいけません。なんだかんだで今回で3回目の更新だと思いますけど、全部2時間講習か・・・営業マン時代はシートベルトとかの軽微違反で何度かイカれてるし、短期免停は遅刻しそうになって早朝すっ飛ばしてたところをイカれてますしね。次回こそは5年免許いただきたいものです。

いつも思うけど、違反者講習ってもっと厳しくしたらいいと思うんですがね。2時間とは言っても間に10分休憩が入って、15分ほど早めに終わりますからね。実質1時間半程度ですよ。その間でも居眠りしたりケータイ触ったり落ち着きのないのがいるわけですよ。たかだか一時間半の講習を集中出来ない大人がこれだけいるかと思うと情けないですがね。受けるの嫌なら更新しなきゃいいだけなのに、こんなのが公道で自動車を運転してるんだから事故がなくならないのも道理かなと。

まぁ違反者の当方が言うのもなんですが、違反者講習なんて半日くらいやってやりゃいいんだよ。まぁやっても身にならないから手間だしやらんのだろうが。まぁ毎回思うんだよね。休憩時間は何分までって言われてるのにその時間までに戻ってこない奴とか。約2時間他人の話を黙って聞くだけということも出来ない人がこれほど多いかといつも思います。もっと厳しく再講習とかすりゃいいのに。まぁ小競り合いは避けたいのもあるんだろうけどね。

受講者ばっかり悪いみたいな言い方してますが、そもそも講習をする人の能力もどうかと思うけどね。話し慣れてるのはわかるけど、言ってることがよくわからない。法律を噛み砕いて説明しようとするとあそこまで解り難く説明できるかというくらい。そりゃ眠くもなるがね。映像作品を見せるにしても、事故の瞬間の映像をあそこまで繰り返し流すか?気分悪いわ。自転車が飛ばされるとことか、バイクが横転するとことか。深層心理に刷り込まれて帰りの運転がやたら怖くなるしよ(笑)

中嶋悟さんが「これが理想!」って言ってた運転を帰りに意識してやってみたけど、逆にいつもと違って危なかったし。映像では視線を左右後方とずらしまくってたけど、あんなイメージだと逆に危ないんじゃ?と思ったが。まぁ参考にはなるけどね。事故の映像とかでもナレーションで「危ない!」とか急ブレーキの効果音とかいらんで・・・気分悪くなる。免停の一日講習行った時にはそういうの見せられても文句ないけど、更新講習でやられるとなぁ・・・

とまぁ色々思ったことを書き連ねてきたけど、とにかく建物を早く建替えてもらいたいね。ロビーが冷え切ってるようなところで更新手続きしたくないし。建替えが無理なら講習受ける部屋の机くらいなんとかしてくれ。今の日本人の平均的な体格に合った机にしてもらいたい。あれはどう見ても時代遅れだ。子供2人ならわかるけど、大人2人が座れるような机じゃねぇ!荷物は置けないし横との距離間もアレだし。男女の区別なく座らせるんだから配慮してもらたいわ。息のくせぇオッサンとか横だと最悪だし。

当方が次に更新するのは3年後ですから、3年後までに京都免許センターだけでも改善のほど宜しくお願いします。

日本がしっかりしてなきゃ困る!

今年は寒いなぁ・・・政治も寒いし雇用環境も寒いし。さて、自分は結構な保守志向で一般的な保守よりまだ右側にいると自分でも自覚しています。しかし、それは個人的な感情であって世の中は自分の思うようにいかないということくらい自覚していますので全てにおいて自分の思想通りにいくとは思っていません。だいたい、blogで思うことを全て書くと多分引かれるどころか危険分子だと言われそうなのでこれでも抑えて書いています。

抑えてというか、まぁ受け入れてもらえるかなくらいのところ(それでも飛んでるかも)を考えつつ書いてるわけで。まぁ自分の好き勝手なことを書くだけですから、なんでも好き放題に書けばいいんですがだいたい取り上げることは「これだけはイカンだろ」って事とか、それを推進する勢力の勢いを削ぐためとかそういうことしか書いていません。個人的には今は自説を書いてる場合じゃないという気持ちがあるので。

まぁそんなとこで、自分の思いとしては日本がまともであってもらいたいと。ただそれだけです。日本人が安心して一生を終えることの出来る社会であればいいんです。日本人の権利が一番尊重されて、日本人が主役の国家であればいいんです。それが歪められようとしていたらおかしいと言うのが当たり前なんだと思っています。まぁ自分の理想とするような状態ではなくても、日本さえしっかりしていてくれればいいと思っています。土台が歪められようとしているから怒ってそれを阻止しようとしているだけです。

告白するというほどの事ではないんですが、自分は実はいわゆる綺麗な生き方はしていないです。親を尊重しましょうとか、伝統的な日本人の道徳観を自分が持っているかと言われたらそれは疑問です。ホントに好き勝手なことをやっていて、親とか周りからはとんでもない奴だと思われていることでしょう。でも、それも日本という国があって日本という国がしっかりしているからこそ出来ることなのです。だからこれから先も好き勝手が出来るように日本にはしっかりしていてもらわないと困るのです。

別に他人に威張れるような生き方をしていなくても、日本を愛している気持ちに偽りはありませんし日本が日本であってもらいたいと思っています。なんか、現実に当方の事を知っている人からしたらこのblogのエントリを見ていると「あなたが書いているとは思えない」とよく言われますが、思想信条とかぶっちゃけどうでもいいんですよ。例えば、現実世界で保守と言われる組織なり団体なりで活動している人たちとは少し毛色が違うなと思ったりもします。

彼らが美しいという生き方をしているかと言えば全くNOですから。でも、彼らが美しいという生き方を多くの人がすることについては明らかにYESです。当方のようなのは少数で当然なんだと認識していますし、少数である事が正常だと。それと、日本が日本でなくなることを見過ごすこととは違うということなんですよね。自分が自分である為には日本がしっかりしてなきゃ困る!んです。ただそれだけなんです。

日本が変質したのはいつからか

昨年の総選挙以降、政権交代が起こってから民主党の酷さに頭にきまくっていてエントリーが偏っているなと。まぁ鳩山、小沢の政治と金の問題は単なる事件ですが、外国人参政権とか事業仕分けとか民主党政権になってから日本がおかしくなっているという危機感の表れなんですが。それは自民党時代からあったものですが、ここにきてそれが如実に出てるというか。自民も民主も同じ穴のなんとかですから・・・まぁ自民のがマシってだけで。

で、まぁ会社を辞めてからまだ離職票が届かないので仕事は探してるんですが何も進まなく暇な毎日なので毎日読書するくらいしか・・・膨大な一日の時間を潰す方法がないというか、ジムへ行って家で読書しての毎日です。なんか定年退職したオッサンみたいな生活だなと自分でも思いつつ、ゆっくり読書する時間なんて久しぶりに得たので良い充電期間だとポジティブに解釈してます。

最近は日本史に関する本を中心に読んでるんですが、日本が決定的に変質しだしたのっていつからだろうと本を読みながらぼんやり考えてたんですよ。よく戦後だと言われるんですが、まぁそれも間違ってはいないんだろうと思うんですよ。日本人たるのを忘れたのはね。でも、深層では明治からではないのかと。まぁもっと言えば黒船来航からですかね。日本人が狼狽したであろうあそこからではないかと。

江戸の鎖国時代は日本は他国から基本的には隔絶していて、あの時代に日本文化は独特で純粋に育った事も事実だと思いますが、外からの脅威を全く意識せずそれでいて国内での内戦もない状態が200年以上続くわけですよね。戦うことを忘れた時代が260年続いてるわけです。まぁ平和な時代だったわけですね。それが260年続く。そこに黒船っていう見た事もない軍艦がやってきたらそりゃ狼狽しますわな。誰でも。

まぁ日本全体が狼狽したんだろうと思います。そうなりゃもう幕府に事を治めるだけの能力なんてありませんわな。紆余曲折あって近代化へ進み出すと。そこで色んな欧米文化を入れるわけですが、あまりにも急速にやりすぎたんじゃなかろうかと思うんですよ。日本は漢字文化を知ってから実に長い時間をかけて漢字を取り込んで自分のものにしていくわけですが、欧米文化については全く無批判に受け入れすぎたんじゃなかろうかと。

この辺りから、日本人は新しいものが出てくると古いものを全く否定してしまう悪い癖をつけたような気がします。良い物は良いといって残すことがなくなったような気がしますね。物の本質を見極めることを止めてしまうというか。古いものを古臭いと一概に決め付ける癖というか。昔から日本人は外国文化をうまく取り入れてきたと思いますが、それも日本人に合うように日本風に変えてきた結果だと思うんですよ。今はもう入ってきたら彼の国ではこうだからこれが常識だという具合でしょ。

不況になったら散々怠慢やらかしただけなのに、日本型の経営はダメだとか。それで世界に通用する競争力を身につけた事は無かった事にしたり。欧米型の実力主義とやらをそのまま導入してギスギスした社会を作り出す。あんなの一回入れたらなかなか止められないよ。だって欧米型の経営は経営者にとって旨すぎるんだから。明治期に欧米型システムを導入して、その上にまた欧米型を上塗りしたようなもんですからさらに悪くなってる。

もう、古き良き日本なんてこの国のどこに残ってるんですかね。日本精神とか日本文化ってどこにあるんですかね。日本人が日本文化なんて古臭いと全否定してきたような気さえするんですよね。明治から緩やかに日本文化の破壊が始まって戦後急速に勢いを増した気がします。欧米文化のあまりにも急速な導入の弊害と言うか。明治の知識層が無能だったというよりは、日本全体が狼狽した結果であろうと。明治の元勲でさえ冷静に状況を見渡せなかったんだと。

なんか、そんな事を考えながら憂国気分になっている今日この頃。

検察内部に小沢に内通している者がいる?

昨日、関西テレビのニュース番組「アンカー」内で青山繁晴氏が小沢問題について解説していた。その中で青山氏は「検察内部に小沢氏に内通している人がいて、小沢氏はその情報を基に言動を変えている」というような発言をされました。青山氏自身も記者時代、小沢氏が検察関係者を接待しているのを見て、本人に説教したと仰っていますね。

青山さんは「小沢に後ろめたさがないなら、検察内部に内通者を作る必要は無い」と喝破されています。まぁ普通からすればそうですよね。それこそ、小沢が陰謀論者で「俺はいつか悪いこともしてないのに検察に潰される」とか思うトンデモ政治家でない限り、尻尾を掴まれたらヤヴァイと思っていたとしか思えないんですよ。

形式犯であろうがなんであろうが、法令違反の疑いをかけられて周辺からは供述も得られている以上、検察の捜査に応じないという態度は批判されて仕方ないんじゃないですか。検察の横暴とかなんとか言うけど、どうなんですかね。検察がどうとか言う以上に小沢に対する捜査で横暴だと思う人は居ないんじゃないですか?何しろ、この人の金銭スキャンダルって昔から報じられてたわけだし。

まぁ決め付けっぽくなるけど、田中角栄、金丸信と続く系譜から出た政治家でしょ?「ああ、やっぱりね。この人もそうだよね。うん。わかるわ。そりゃそうだろ」ってのが国民感情じゃないですかね。逮捕されるかされないかは知らないが、小沢がやってないと思ってる国民なんて滅多に居ない。それが今の小沢問題に対する国民の反応なんじゃないですかね。やったんなら逮捕されろという。

お前が捕まれば済む話だ

>「国民の理解得る状況つくりたい」小沢幹事長(yomiuriOnline:yomiuri.co.jp/politics/news/20100120-OYT1T01354.htm?from=main1)

お前が検察に洗いざらい喋れば全てカタがつく。あとは司法の判断を待てばいい。だいたいお前は政治資金規正法違反の形式犯だけではないだろう。受託収賄や斡旋利得罪の疑いもある事を忘れるな。抵抗を止めてさっさと取り調べを受けて「潔白」とやらを証明してみろ。

政権と民主党の小沢擁護の動き

小沢一郎に関する話題ばかりになってしまう。甚だ本意じゃないにしても、目につくものが小沢関連になってしまう。なんか、政権と民主党には小沢と共に沈没しても良いという空気でもあるのか異様な小沢擁護の動きがある。政権や党を守りたいという気持ちは当然としても、小沢の疑惑を擁護する意味がよくわからない。

>指揮権発動本当にないのか、千葉法相「一般論としてある」(Yahoo!!news:headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100119-00000002-jct-soci)

ネットで見聞きしたところでは、戦後指揮権が発動された事例は一件のみ(造船疑獄事件)で、今回と同じような政治家逮捕絡みでの発動でした。結局、佐藤栄作は逮捕されることはなかったが、指揮権発動した法務大臣の犬養は翌日辞任。吉田茂内閣も崩壊している。

佐藤栄作は後に総理大臣になりますが、この指揮権発動はやはり悪しき前例となったわけですから同様の事例が起こるようなことがあってはならないと思います。それこそ鳩山内閣にトドメの一撃になるんじゃないですか?鳩山総理は「指揮権発動を考えていない」と発言したそうですが、朝令暮改な総理ですからね・・・

>張り切る輿石幹事長代行、小沢氏擁護に東奔西走(Yahoo!!news:headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100119-00000651-san-pol)

今現在では最も小沢に寄り添った人物と言えるんじゃないですかね。いち早く小沢擁護の姿勢を示し、外国人参政権問題でも小沢の横で怒声を上げて閣僚を怒鳴るということもありましたね。昔は小学校の先生で日教組を支持母体に政界へ出てきた社会党系の代議士が、自民党系金権政治の権化とも言える小沢の最も良い理解者とは。

記事では73歳にして党務No2に昇りつめて、張り切っていると揶揄されるほど浮かれている様子です。完全に周りが見えていない状態なのか、もう最後のチャンスと捉えての行動かわかりませんが。どちらにしろ、民主党は小沢党なんだから何を言っても仕方ないんですかね。政党政治が出来る集団ではないということでしょうか。

他にもまだまだありますよね。検察捜査に対する調査チームかなんかが発足したとか。山岡国対委員長は若手議員に地元で問題追求をされた時のお手本回答を指示したとか。それについては若手議員ですら「交わし切れるわけがない。地元じゃ謝るしかない」と切り捨てられたらしいですが。

もうね。小沢の事なんて検察に任せておきゃいいんだよ。もう完全に疑われて致し方ないと民主党関係者以外誰もが否定してないだろ。国会が始まったんだから「あとは検察の捜査に任せて、小沢さんも職を辞されて捜査に協力すべきだ」って見捨てりゃいいのに。ホント空気読めないね。何か?小沢になんか握られてるの?俺を見捨てたら党壊すぞ!とか言われてんのか?(笑)

そういや、小沢応援団団長の輿石さん。この人国政出てくるときに選挙活動に日教組組合員を動員して公務員の政治活動禁止という法令違反したんじゃなかったですか?その時お金の流れでも不透明な疑惑がありましたね。この人も説明しなければいけないお金の疑惑のある政治家でしたね。これが元教育者だっていうんだからね。日教組の輩出した代議士だってんだからね。呆れて物が言えないってのはこのことだ。

ネットで色んなblogやら動画やら見ていて少し思ったことがある。今は民主党の小沢一郎が検察に逮捕されるかどうかってのが一つの注目点ですが、それと外国人参政権問題と関連させている論調が一部にあるので少し疑問に思ったんですよ。小沢が逮捕されれば外国人参政権は頓挫するみたいなね。そうなんですか?小沢が逮捕されるとしても、外国人参政権は国会に提出されるんじゃないんですか?そう思ってたんですが、違うのかな。

まぁ韓国で約束したのは小沢だけど、他にも民潭の集会なんかでやりますやります言ってる奴はいくらでもいるわけで。むしろ、ああいう法案を熱心にやってる奴は他にも多いと思うんですよ。小沢問題は徹底的に追及して、うやむやにすることのないように監視しなきゃいかんですが外国人参政権とは切り離していかないと。むしろ、最近は小沢一色で外国人参政権問題が脇へ置かれているような気がしないでもない。まぁ小沢がいなくなれば民主党はバラバラになるってのは多少の利点ではあるのかな。

小沢一郎に対する批判が民主党内部から出ないのは「小沢さんを信用していて一枚岩だから」と総理は自慢したらしいが、それは一枚岩とは言わないよ。批判が許されない独裁体制とか自浄能力がないというんだよ。これだけ疑惑が明らかになっているのに、批判の声一つ出ないなんて異常でしかないというのにマスコミは何故小沢を徹底的に批判しないんですか。自浄作用のない民主党の体質を批判しないんですか。そりゃ小沢や鳩山の金銭疑惑を国民は知っていて民主党を選んだから自分たちは国民に選ばれたんだとか平気で言える連中だからね。

小沢は逮捕されるかされないか知らないけど、とにかく外国人参政権に話題が向かずに国会に提出されるような事態になるといよいよヤヴァイなぁと思うんだよね。とにかく今は外国人参政権成立阻止の一点突破ではなかろうかと特に何もしてない当方が言うのはおこがましいんですが思った次第です。

民主党のとんでもない体質は政権党の資格なし

民主党は鳩山総理の脱税問題を切り抜けたかと思ったら、今度は小沢一郎の金銭スキャンダルが出てきた。自民党をあれだけ批判してきた連中がこの体たらくだから、そりゃ日本の政治不信も深まるなと思っているけど民主党は自民党より劣っているなと。こういうスキャンダルが出ると自民党なら必ず自浄作用とは言わないけど、内部から批判の声が上った。キッチリ説明しろ!責任を取れ!という具合。

まぁ今から思えば、自民党政治が長く続いてきた秘訣なのかもしれない。あの政党は政党内部で派閥争いが激しく凌ぎを削ってきたからだ。政権交代が長らく起こらなかったのは、政党内部での権力争いの結果としての実権勢力が交代してきたからだろう。まぁ自民党しかまともなところはないし、あの党はおかしなことやってる奴がいたら内部から追い出しをするという感じじゃなかったですかね。橋本派が調子に乗っていたら小泉が現れてぶっ潰してしまったし。

まぁそれでも、郵政選挙で小泉は造反派を追放してしまったし小泉政権で事実上派閥なんて機能しなくなったから自民党が政権から脱落したんでしょう。皮肉な事ですが、派閥政治をしなくなった自民党は政権政党から引き摺り下ろされたわけです。代わりに任せてくれと出来もしない事をつらつら約束して政権を取ったのが民主党って構図ではないんですかね。まぁ政治家の汚職や金銭スキャンダルは挙げ出したらキリがないほどありますから、例に漏れず鳩山、小沢と出てきたわけです。

鳩山は総理だからなんとか難を逃れたみたいですけど、小沢一郎は逃げ切れるんでしょうか。小沢一郎と言えば日本人なら誰でも知ってるけど金権政治家の代名詞みたいな男でしょう。自民党時代から金権派閥の出身で、彼の親分は田中、金丸とどちらもスキャンダルで失脚しています。そんな先生に大事に大事に可愛がられていた小沢一郎ですから、そういう体質であろう事は想像に難しくないはずです。彼は先に二人が失脚するところを見ているのでやり方が巧妙なんでしょう。

しかし、元秘書が三人(一人は現職の衆議院議員)も逮捕されているわけで、自身の政治団体に強制捜査までされています。報道では悪事を誤魔化す為に姑息な小細工までしていたと。土地を買って裏献金で受けた金を洗浄していたなんてとんでもないことですよ。ヤクザですか?そんな小沢一郎が議員辞職しないどころか幹事長職に留まり、次期参院選で陣頭指揮を執るんだとか。民主党からは小沢は辞めるべきだなんて声が出るどころか、総理も承諾済みで民主党党大会でも拍手をもって承認されたとか。国民を馬鹿にしてます。

その党大会では小沢一郎は登壇して(こんな黒に見えるグレーな奴によく喋らせたな)「この日本にようやく議会制民主主義が定着しようとしている矢先に。参院選で勝つことが議会制民主主義を実現します」みたいな事を言ったらしいですが、馬鹿も休み休み言え。「国民の生活が第一の政治を力を合わせて頑張りましょう」ってこんな事がこの期に及んでまだ抜け抜けと言えるわけですから、面の皮はよほど分厚いんでしょうな。普通の人間なら怯えで入院するか行方をくらますのが普通でしょうから。

それともなんですかね。逮捕されない絶対の自信でもあるんですかね。まぁ逮捕されないような気もしてきました。もう、当方としては逮捕されるかされないかということより、違法スレスレみたいなことしてるのは間違いないわけですよ。先頃ルールの抜け道で金儲けに没頭していたIT企業の社長やファンドマネージャーみたいな事をしてる政治家を担いでこれからも国政をやろうと表明した政党を国民は許していていいのかと思うんですよ。本当の民主主義がこの国にあるのなら、民主党にだけは政治をやらせてはいかんでしょう。

政治家がクリーンである必要はないと正直思ってるんですよ。道理一辺倒な人よりイージーな人でなければ政治家なんて務まらん仕事であるとも思うんです。でもね。国民を馬鹿にしたり、国益を阻害するような政治家には国政を任せておいてはいかんだろうと思うんです。女好きであろうが、金が好きであろうが国家の為になら死ねて国家の為に勉強して汗を流す政治家であればいいと思っています。もう宗教の開祖にでもなれそうな聖人でなくてもいいんですよ別に。どこの国でも後世まで評価されるほどの業績を残した政治家が聖人だったなんて知りません。でも小沢と鳩山は許しておいてはいけません。

何故なら彼らは日本国民の利益にならないからです。自分の利益しか頭にない輩を庶民の税金で肥え太らせる道理はないと思うのです。

日本史について勉強する

最近というかここ5年くらいですかね。保守的な言論を読むようになってから、まぁ目から鱗というか(そもそも馬鹿すぎて常識も知らなかった)そういうことが少なくないんですよね。なんと、自分は観念的に事実関係も知らずに物事を感覚と思い込みで捉えていたんだろうという恥ずかしさがあったんですよ。まぁ最初は色々と本を読み漁って、理論武装してこの思想を啓蒙していこうとか思っていたんですが、最近ではそもそも俺は日本人なのに日本の歴史って知らないなと感じてから日本史に関心を持っています。

それまでは、この国がおかしくなったのは大東亜戦争以後だとの認識から近現代史でも特に大東亜戦争に関する本を多く読んでいましたが、そもそも日本史を知らないんじゃこの時代の動きとか本質がわからないんじゃないかと思ったのがキッカケで日本史を知ろうと思ったわけです。まぁ少年老い易く学なり難しと言いますが、まさにという感じで30歳手前にして義務教育レベルの社会科の勉強をするという始末であります。これがなんで子供時分にやる気にならなかったのかと・・・

そりゃ学校で使う教科書ってつまんないですからね。日本の古代から現代に至るまでを薄い本で網羅しようとしてるわけですから内容が薄弱で面白くありません。話が逸れそうになってきたので本題に戻して、日本史を知ろうと思って本屋に出掛けたけど「書いている人をしっかり見極めて買わないといかんな」と思ったわけです。でも何の予備知識もないわけですから誰が書いているものがいいのやらわからんのです。

そこで近現代史に限って言えばそれなりに知識を持っていたので、近現代史についておかしな言説を書いている人はまず外そうと。半島一利とか分厚くてホントそれらしく見える本が前後巻とかで置いてあって手に取りそうになりますが、これは前述の基準に引っかかるのでパスする。その他のタイトルは惹かれるけど聞いたこともない著者も入門編としては相応しくないのでパス。結局、井沢元彦の本を手にとって買いました。井沢元彦はまぁいいかと。入門編として書いたとか通史として書いたとか書いてあったので。小説家ですから読みやすそうだというのもポイントですかね。

この人、いわゆる井沢史観と言われるような独特の視点と推論で歴史を考察しています。史料に頼りすぎる史料絶対主義を批判して、その弊害も指摘しています。そこで、史料から読み取れる内容から常識的な人間の行動を推測して論を組み立てるという方式です。何年のいつに何が起こったというような教科書的な書き方ではないので、日本史が面白いです。まぁ井沢元彦の書いている事が歴史学的にどうとか、そういうことはわかりませんが史料に基づいてこういう理由でこうだと説明する内容に納得がいくので個人的には気に入ってます。

そもそも、歴史学の分野で常識とされていると書かれている事を真っ向から否定する場合があるんですが、それがホントに常識とされているのかどうかは知りません。でも、何故否定するのかという理由が読んでいて「なるほどな」と納得させられるので、まぁ井沢史観を自分は採用しています。歴史学では「正史」に載っていることのみを真実と捉えるらしいのですが、井沢さんはこれは間違いだと言っています。正史とは時の権力者が自分に都合のいいように編纂するものですから、事実だとは言えないと。

そりゃ基本的に事実ですが、疑わしいことは多いと。それは日本書紀ですら疑ってかかるべきだと。日本書紀にこう書かれているからそれが一概に正しいと言うのは間違いだと。自分としてはなるほど目から鱗です。もう日本史に関する本も何冊か読みましたが、やっぱり古代から平安時代にかけての歴史は少し頭が混乱するんですよね。朝廷とか武家とかが出てきて、登場する名前もなんとか天皇とか・・・まぁテストを受けるわけでもないから概ねの流れさえ掴めればいいと思ってますので肩肘張らずに読んでますが。

自分は基本的に、本を読むときには「同じところを読み返さない」というのが基本です。気になる部分は付箋をしておいてあとでそこだけ読む。読み進めている時には絶対に読み返さない。あるんですよ。意味のわからないというか、気になるというかね。????どういうこと????ってことは。そこで読み返して理解するまで止まっていては本は読み終わらないという事を3年ほど前に自覚してから止めました。まぁそれに著者の主張にそこまで悩んでいても疲れますし。どうしても気になる部分は読み返したりしますけど、それでも「こいつ意味わかんねぇ」で終ることもしばしばあります。

日本史は面白い。そして、そこから自分で見えてくる価値観もある。まぁ自分の場合は、出発点のこれはなんかおかしい!こりゃ調べなければ!から、最近は歴史を知ることによって自分の価値観を補強するというか、価値観を確立させたりというような人間力形成に使っています。これはこれで正しいんだ!っていう信念を持つ為の作業ですかね。まぁ一種の自分にとっての宗教みたいなもんですか。人間何が正しいものかを信じられなければダメだと思います。自分の場合は直感を補強するツールが知識であるということですかね。

これが正しいと思い込む力ってのは重要ですよ。人の価値観に追従するのは楽ですけど、自分はそれでは納得いかんのでね。いやぁ日本史を知って余計日本が好きで日本人である事に誇りを持ちます。綺麗事だけでは語れないのが歴史ですが、それもまた歴史です。日本人の美徳なんて薄っぺらな言葉じゃないんですよね。歴史を知れば。血を流して犠牲を払いながら受け継いできた国の伝統なんですよね。今の日本を後世でどう語られるのかなぁなんて妄想してる今日この頃。

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