2012年もう一ヶ月終了。時間が経つのは早いもんで(2012/02/04)

2010年4月アーカイブ

本屋で思ったこと

世の中もゴールデンウィークってやつですか。今年は7連休になるんですかね?思うんだけど、一週間も休んだら仕事辞めたくならんのですかね。俺なら辞めたくなるっていうか休み明け行かないような気がしないでもない。社会人になってから3連休以上の休みを取った事がないからわからないですけど。根が怠け者なので長期休暇なんてしたら働きたくなくなるような気がします。

この間、外出した時に久しぶりに本屋へ行った。別に欲しい本があったわけでもないですが、久しぶりに本を買おうかと寄ったわけです。別に買う気がなくても本屋ってのは立ち寄ってしまう店のひとつです。買う気がないとはいっても気になった本があると買ってしまったりするものですが。本好きですが、買うときには相当考えます。買う価値のある本かどうかを。お金をたくさん持ってるわけでもないので読まない本を買う余裕なんてありませんから。

本好きな人って結構直感というかタイトルで買ったりとかするみたいですけど、そこまで本を読んでませんし立ち読みで大筋を読んでからしか買うことないな。で、文庫のコーナーを見てると色々と出てるもんでジャンルも幅広い。文庫って結構キャッチーなコピーのものが多いです。気になったので言えば桜井章一という麻雀打ちの本なんかは気になりました。負けない技術とか人を見極める技術だったかな?なんかそういうタイトルの本でした。

気になったので序文と目次を見て気になるところだけサラっと読みました。なんてぇのか、凄いというか目からウロコというようなことが書いてあるわけでもないですが、当たり前のことだけどあまり意識しないようなところが指摘してある感じの内容ですかね。本人は自己啓発本ではないと言ってましたが自己啓発本に近いもののような気がしました。まぁタイトルからして自己啓発本に興味のあるような人が手に取りそうな感じですが。書いてある内容もどうとでも解釈できそうで抽象的な内容だった気がしましたし。言い切ってるようで言い切りはしてないみたいな。

負けないことが重要で勝ち続けることが目的ではない。みたいな何言ってるのかよくわからないけど、なんとなく凄いこと言ってるような感じですかね。宗教家の説教というか、まぁ自己啓発本にありそうな内容というか。得られるものは少ないけど、なんか自分が一枚グレードアップしたような気分になれそうだというか。まぁ買うところまではいかねぇなという感じで。文庫だし買ってもいいようなもんですが、文庫といえども800円以上もしたら単行本買ってるのと大して変わらんというか。コミック買うような値段で買えるならまだしも。

いつも思うんですが、○○氏推奨!とか○○さんも絶賛!とか帯に書いてある本が多いんですけど、ああいうのって販売に影響あるんですかね。まぁ効果あるから使われてるんでしょうけど。ああいうのを見ると胡散臭いなぁ・・・と思うわけです。大して内容に見所がないから他人の書評を売り文句にしないと駄目なんじゃないのか?とすら思うわけで。売り文句にする書評を批判的に書く人なんていないだろうしね。リベラルな人が書いた本をリベラルな人が評価して絶賛するのはそらそうだろと思うし、逆もしかりでね。書評が帯に書いてある本は概ね大したことがないというのが当方の見方です。

で、最近思うんですよ。本屋にいてレジに行く人少ないなと。人はいるんですけどね。みんな立ち読みですよ。レジに行って買ってる人の少ないこと。買う価値のある本が少なくなったのか、本を買う余裕がないのか。わからないですけど、個人的に言うと余裕もないし、金出してまで欲しい本が少ないんですよね。やっぱ景気悪いんだなぁと思うんだよなぁ・・・景気さえ良ければ本くらい気になったら暇のあるときにでも読んでみようかと立ち読みするんじゃなくて買って帰るものだろうし。

やっぱデフレが解消されない限り日本に明るい未来は見えないなと思った次第です。基本的にインフレになるとか国の借金が大変な事になってるとか口癖みたいに言う政治家は、当面必要ないので投票しないようにしなければ、景気回復もしないしデフレも克服できないと思うわけです。インフレ傾向にならなければ給与は増えないし景気も回復しないだろと思うからね。物の値段が下がってるのに給料増えるわけねぇじゃん。
日本国総理大臣とは、日本人の利益のために働く者の代表者であるのだから日本国に対して不利益をもたらしたとするなら、即座に責任を取って辞任しなければ ならない。企業でも同じで企業のためにならない人物がトップにいては組織が瓦解するだけだ。そういう経営者も世の中には少なからずいるけど、だいたいそう いう企業はほころびを見せてくる。

米軍基地問題をはじめとして日本国の国益を著しく毀損した責任は重い。鳩山首相に貫かれた友愛なる政治 信念は日本国の利益にならないようである事は既に明らかになっている。友愛というスローガンを大事に考えていることは個人の自由なんだろうが、日本国総理 大臣、あるいは国務大臣は日本国の利益だけを考えて働いていればそれでいい。というかそうでなければならないはずだ。

子供手当ての支給要 件に国籍条項を設けなかったり、外国人参政権問題、高校無償化に公立学校以外を対象にするなど日本人にとってメリットのない政策が多すぎる。そりゃ税金払 いたくないわな。総理大臣自らが税金を誤魔化すくらいだから、国民はもっと払いたくないのも無理はない。最後には払ったんだからいいだろうと居直るような 奴が総理大臣である。犯罪がばれても謝れば許されるという子供のような思考回路だ。

24日読売新聞WEBに住民の外国人比率が日本一とい う群馬県大泉町を視察した鳩山首相の様子が掲載されている。出稼ぎの外国人を多く雇う工場が近隣に多い為だと思うが、こんな町は日本人にとっては住みにく い町だろうし恐らく地元住民は迷惑に思っているだろう。鳩山首相はブラジル人向けスーパーなどを視察して記者団に以下のようなコメントをしたそうだ。

「将来的にこの国はもっともっと開かれた国にしなければならない。日系ブラジル人が多く住む地域の声を聞き政府が何をやるか考えさせてもらった」(読売新聞 WEBより引用)

本当に地域住民の声を聞いたのか?よくニュースでは外国人労働者が多く住む地域では地元住民と外国人とのトラブ ルが絶えないと聞くことから、地元住民が外国人比率の増加を快く思っていないと想像できるわけだが、鳩山首相はもっと開かれた国にしなければならないとの 認識を持ったそうだ。そもそも開かれた国とは低賃金の単純労働向けの外国人を多く受け入れることではない。日本の利益や国益に資する人材であれば、明治期 のように広く受け入れるのも手段ではあろうが。

この鳩山首相は何が日本人の利益になり、利益に反するかというところが基準にはなっていない。そんな人間は日本国の代表として相応しくないので即刻辞任するべきだ。日本の為に働かない奴は税金で飯を食う資格がない。その前に国家の不利益になるような事をするのは国民としてどうかと思う。外国人の利益代表のような人間が我が国の国会にいるようだけど、そのような奴は必要ないしそのような声も必要ない。外国人の利益なんか日本人のついで程度で十分だと思う。

外国人が快適な生活を日本で送るために日本人が忍耐を強いられる理由はない。少なくとも共生社会とは、日本では日本人が暮らす環境に外国人が適応することを言う。その中で許容できる範囲の中で外国人の文化を尊重することはあっていい。日本人の迷惑にならない範囲内で勝手にやるのは自由程度の事だ。外国人の文化風習を受け入れることじゃない。そもそもハッキリ言えば誰でも出来る単純労働ごときの労働力に日本人が我慢してまで居てもらう必要もないわけだ。

お金を得る為に働きにわざわざ好き好んで来た連中に日本人が我慢する必要なんか全くない。不法に来た者はルール違反だから強制的に問答無用で追い返していい。ちょっと前に話題になったフィリピン一家なんかは不法滞在の事例だから問答無用で強制送還でいい。不法滞在とは読んで字のごとく法的に滞在の許されない人のことだ。日本に不法滞在するような外国人は日本に必要のない人ということになる。こんなものは人権問題じゃないだろう。人権とは法に優先するものなのだろうか。

法律が自由社会を担保しているものだと思っていたが、人権が法の上位概念なのだとしたら自由社会は実現出来ないような気さえする。基本的人権とは日本国内で日本人に適用される原則ではないのだろうか。日本国内で衣食住が保証されるのはあくまでも日本人だけであるべきだと思うが。民間の団体が外国人を支援する活動をするのは自由だが、それに行政などが加担すべきではないと思う。日本の行政、司法、立法の三権は日本人の利益だけを考えて行動していればそれでいい。ヒューマニズムに浸りたいなら自腹でやれと言いたくなる。

まぁ鳩山首相を見てると、今の時代の日本人を見てるようだと書いてた人がいますが言い得て妙だなと思いました。一般の日本人が馬鹿なのはある程度仕方ないとしても(当方もその一人でしょうが)総理大臣まで馬鹿だとしたらとんでもないことです。代わりになる奴がいないとは言いますが、鳩山由紀夫よりはマシでしょう。別に私腹を肥やそうが国益の為に働くなら数万倍ほどマシかと。汚職をやっても働く政治家なら鳩山由紀夫よりは数万倍マシだと。一日でも早い鳩山首相の辞任を望みます。

話は違うけど、元記事があまりにも短かった為に首相官邸のWEBを見たんですが動静記録が金曜日で止まってました。土日はお休みですか・・・民主党のWEBは更新されていましたが。

京都で56年ぶり巨人公式戦

京都で56年ぶりにプロ野球巨人の公式戦が行われました。試合は序盤からペースを握り4-2で横浜を退けています。この試合はわかさスタジアム京都の大規模改修後のこけら落しとして行われ、会場には満員の観客がプロ野球を楽しんだそうです。

実は、この試合。京都で巨人戦が行われるのを知ったのが4月始め。巨人軍のWEBサイトを見ていて「オッ!」と思ってすぐにチケットサイトをチェックするも売り切れ状態。巨人戦の地方主催試合はだいたい売り切れるらしいですが、阪神フリークが多い地域だけに少しだけでもあるかな?と思ったものの・・・まぁ気づくのが遅すぎた。後で聞いたところによると発売日に完売してたとか。そりゃ買えないわ。

意外に多いんですね。京都にも巨人フリークが。収容人員が満員になって1万4000人ですから、そんなに大きな球場ではないにしろね。確か、この球場は数年に一回阪神が主催試合をしてた記憶がありますがここ数回は雨で中止だった気がします。この日も実は予報では雨だったんですよね。前日もその翌日も雨でしたが、この日は雨の降る気配すらなかったです。

京都ってのは大阪に近くてどうも阪神フリークが多く、巨人なんていうと肩身の狭いところがあるんですよ。京都にいながら巨人なんて!みたいな雰囲気で。京都にいながら阪神大嫌いな当方ですから、だいたい銭湯とかジムのサウナとかのテレビで流されるのは阪神戦オンリー。地上波で巨人戦でも衛星放送の阪神戦ですからね。見たかねぇ!っちゅうの(笑)

サウナ入ってて巨人戦流れてるから「おっ珍しい」と思ったら、阪神戦の放映開始時間になると阪神戦に切り替わるという(笑)それなら最初から映さないでもらいたいわ。ものの5分ほどの放映なんて。こんなこともある。阪神戦が雨で中止になると、仕方なくという形で巨人戦が放映されます。まぁここんとこ巨人強いですからね。バカスカ打って3点以上勝ち越す展開になると「おもんないから変えろ!」って声が入って変わってしまうわけです(笑)

だから巨人戦が最後まで放映されているのは、巨人の負け試合ばかりという。唯一の勝ち試合放映は巨人×阪神戦だけという。これはどっちが勝ってても最後まで流れてます。まぁ巨人が勝った瞬間にチャンネル変わるわけですが。なんかここまで来るとねぇ・・・まぁいいんだけど卑しい感じしません?気持ちはわかるんだけどね。贔屓のチームが負けると気分悪いのは。でも巨人が負けると気分がいいってのはわからんなぁ・・・巨人ファンだけど阪神が勝ってても負けてても興味ないけどな。

まぁ巨人と聞くだけで脊髄反射的に拒否反応を示すような阪神ファンが嫌いなだけで、阪神自体が嫌いってわけでもないのかもしれない。と言ってもですね。巨人ファンですが、そこまで野球が好きなわけではなく・・・京都で主催試合があることを直前まで知らなかった程度のファンです。今の巨人は原監督がいるのと、投手の越智と東野が好きだから見てるようなもんで。東野も4連勝だし、越智もストッパー役を頑張ってるようで嬉しい限り。

東野先発で越智が見れるかも?!なんて思ってたので見たかったのですが・・・まぁ先発はゴンザレスでしたが、最終回には2点差ゲームだったので越智が登板したようです。見たかったなぁ・・・交流戦のオリックス戦あたり京セラドームまで見に行ってみるかなぁ・・・野球って外野ならプロレスほど高くないんですよね。お手ごろ価格で見られるのも嬉しいところです。でも、見るなら内野席で選手の顔が見られるくらいの位置で見たいけどな。

最後に、京都の試合は改修後のこけら落しだったことを考えると多くの招待券が配られていた事が考えられますね。一般発売に回った分はごく少なかったような気がします。と負け惜しみだけ言わしてくれ。

闇に降り立った天才~アカギ~

闇に降り立った天才~アカギ~23巻より

アカギとの死闘、鷲津麻雀でいよいよ追い詰められた鷲津が思いをめぐらせる

鷲津「そう、覚醒しわしは永々築いてきた!勝利の不滅の怒涛の強欲の圧勝!偉業の人生を。ありえん!ありえんのじゃ!そうとも!生きるとか死ぬとかそんなことで思い悩むのは駄民!愚民!日々ダラダラ生きてるだけの、街に出れば数多蠢いているゴミ粒、芥子粒、塵芥!そんな低次元な輩のすることだ。わしは・・・君らとは違うんです!生とか死、そんなものよりわしが上!格上!

じゃから訪れない。わしが死を望まないうしは死は訪れない。つまり・・・勝つ!わしはここでアカギを殺して勝つ!それが道理!わしにとっては道理!そう。思えばそう。はたから見たら危ない橋に見える事も、わしからすれば当たり前に勝つ!鉄板の勝負。鉄板。誰も地球を踏み外したりはしない。負けようがない。負けたくても負けられない。ただ勝つ!勝ってしまうわし!見失っていた。その信念!その余波!

わしは、ただ勝つ超人!神、運、ツキそういうものからソッポを向かれた。どうにもならない。これではまるで。そうだ。そう、そりゃそうかもしれん。これは正しい。わしに最初、神などついていなかった。神懸かりは途中からだ。わしはまず自力で何者かになり、その豪腕に神は後からノコノコ乗っかってきたのだ。つまり奴は、強い者の尻馬に乗る事ばかり考えてる日和見主義者ってこと。

故に窮してる者、弱っている者、そういう者の力になど一切ならん!じゃから今のわしには降りてこん。が、かまわん!それで!もともとわしは独りではじめたのじゃ。戻っただけ。だからいらぬ!神などいらぬ!クビ!お払い箱よこっちから!死ね!神など死ね!死ね!上だ!おまえよりわしが上!」

開き直った鷲津にツキが戻る。

鷲津「当然だ!これで当然だ!何巡か回すとどうも勝負が練れるようですから一巡。一巡でどうですか?と擦り寄ってきよったわい。神が!そう。覚えておけ!わしが王!おまえたちは執事、下僕!御用聞き!従ってろ!わしに!そう。これこれ。これだった。神のあしらい方、これだった。だって奴らは助けてくれ、助けてくれと這いつくばり、拝み倒しても決して降りてこん。逆!奴らは自力!自力突破を決意した者の、その気迫、オーラに呼応するのだ。

指紋が消えるほど手を摺り合わせても、そんな輩には冷たい!一瞥もない!よし!きた!無敗無敗、もう無敗。思い出した。神の呼び出し方!思い出したぞアカギ!」

なんとも、まぁ・・・凄い言い様ですが(笑)言い切ってしまうあたりがいいよなぁ。この作者の漫画はどっか現実離れしてるというか、それでいて現実をどこか投影しているというか、全くのファンタジーのようでそうでもないような不思議な感覚があるんですよね。この「アカギ」は「天」の登場人物である、赤木しげるを主役にしたスピンオフのような作品なんですが、これだけでも成立してしまっているという。

2010年現在でもまだ連載中の人気漫画。スピンオフのはずが、吸血麻雀のインパクトがあまりにも強すぎたのか対戦相手の鷲津巌を主役にした更なるスピンオフ漫画も登場しているそうで。アカギは死闘を演じますが、天の前の時代を描いている以上アカギは負けません。まぁ漫画は終わっちゃいないんですけどね。負けたら死を意味する麻雀ですから50過ぎまで生きる設定になっているアカギはどうなってしまうのかと。

まぁわかっちゃいても、勝負というよりは個人の葛藤、思惑なんかがストーリーの主軸ですから関係ないっちゃないわけで。神より格上と断じる鷲津も結局はアカギを凌駕することなく死ぬんでしょうが、この漫画この先どうなるやら。まだまだ吸血麻雀は続いています。

もうね、なんでもかんでも極端だ

>男女間暴力、被害届け前でも逮捕検討・・・警察庁(読売新聞)
yomiuri.co.jp/national/news/20100417-OYT1T00020.htm?from=main3

記事を一部引用

宮城県石巻市の民家で今年2月、少女(18)が2人組の少年に拉致され、姉と友人の女性2人が刺殺された事件に絡み、警察庁は、男女間のトラブルの場合、 被害者が「被害届」を出さない段階でも加害者の逮捕を検討する必要がある――とした対応マニュアルをまとめた。

引用ここまで


こういう記事見て、なんとも思わないのは普通の人。あんまり違和感を持たないのもわかるんだけど、要するに予防逮捕を許容しましょうってことになるわけなんだよなぁ・・・予防逮捕はどうかと思うよ。犯罪者でもない人を犯罪する可能性が高いからという理由で逮捕出来るようにするわけですか?もう監視社会だな。こういうのっていくらでも恣意的に拡大解釈されていきそうで。

きっかけになった事件が凄惨な殺人事件になったということでしょうが、だから予防逮捕に発想が行くっていうのがなぁ・・・そりゃ何かあったら警察の対応が後手だったとか批判されるからなんだろうけど。まぁこういう問題でもやっぱり一般のモラルが低下してるんじゃないの?とか思ったりしないでもないわけで。何でもかんでも責任転嫁する癖がついてしまってるというかね。被害届けを出してるのにマトモな捜査とか対応してないとかなら批判されて当然だと思うんだけどもさ。

この事件では被害の相談を警察にしてるんだけど、被害届けを出す事を渋ったから放置せざるを得なかった事が反省点なんですよね。まぁ加害者が自宅に来たら通報しなさいとか、加害者を呼んで事情を聞くとか色々あっただろうと思うわけですが。要するに被害相談されているのに放置してたんだけじゃないの?と想像するんですがね。ストーカーなんたらかんたらとかいう法律とかで対処出来ないんですかね。そういう対処を相談されたら教えるとか色々あっただろうと思うんですが。

逮捕とか捜査になると被害届けの提出が必要要件ですと説明すりゃいいじゃん。それでも渋る場合は、こういう対処法があるけどやっぱり被害届けは必要だよ。取り返しがつかなくなった事例もあるからとか。それでも起こってしまう事件については警察の責任ではないだろうと思うんですがね。法律の不備とかそういうものでもないだろうし。被害届けも出てない案件を真剣に捜査して、逮捕までするような人員とかやる気が警察にあるんですか?と問いたいよ。

やってますよ~ってポーズじゃないのかと。だいたい逮捕してしまったら色々問題もあるでしょう。どうすんのよ。起訴するんですか?微罪で起訴したって執行猶予ですぐ釈放じゃないのか?監視つけたりするわけ?まぁ今回の加害者みたいな犯罪者はどうでもいいにしろ、予防的にやると冤罪とか多くなるんじゃないのかよと思ったんですよ。だいたい犯罪の被害に遭う人に何らかのメリットがあるとはちょっと思わないんだけどな。それ以上に普通の人の自由というかそういうのが束縛される懸念みたいなものがあるのではないのかと。

今回の事件では被害届けは前日に出すという意思を確認してんだから、再三相談されているという事も考えてそこで素早く動いていれば凄惨な事にはあるいはならなかったかもしれんのじゃないの?被害届けがあろうがなかろうが、警察のやる気次第なんじゃねぇのかと。マニュアル変えようが変えなかろうがやる気がないのに何やっても駄目だと思ったところです。

タバコを吸う人と吸わない人の共存

気がつくと更新も約一週間停止状態か・・・そんなに開いてる気はしてなかったけど開いてるんだ。やっぱり飯食った後にはblog書くとかしないと更新ってのは続かないものだな。関係ないですが、当方自宅で飯食うと眠気が襲ってくるという不思議な体質なものでそのまま寝てしまうなんて事も多々あって。今週はそのまま寝てしまった日が多かったんだなと思っておるところです。

で、最近よく思うんだな。タバコ吸えるところなくなってきましたよね。そりゃ政府が方針として禁煙を推進してるわけですから仕方ないですが。法律で受動喫煙なんたらかんたらとかあるんですよね。世界の潮流というか欧米の流れでしょうが、日本はいつまで欧米流のものを取り入れ続けるんだか。まぁそれだけタバコに対する反感とかそういうものが社会的に流れてたのも間違いはないんでしょうが。

場所も弁えずにタバコ吸ったり、周りも見えないようなアホが喫煙者の印象を悪くしてたのもあるんですかね。あとタバコと言えば悪い奴的なイメージが先行してるのもあるんですかね?まぁいつ頃からそういうイメージで見られているのかわからんですが。タバコって確かに服とか髪の毛に臭いがつくし、自分が吸ってない横で露骨に吸われると気分悪い事も事実ですが。まぁその辺を考慮して分煙ってのはわかるんです。

たとえば、新聞の記事で喫煙ファッショ問題とかいうような記事の中で「喫煙に対する規制が厳しい国ほど若者のドラッグ中毒率が高い」という統計データがあるそうです。まぁそうかな?という感じもしますが、これもタバコを吸うとガンで死ぬとか副流煙による受動喫煙を強いられない権利みたいなレベルの話なのでどうかわかりません。要するには個人の問題ですから。

しかし、日本でも喫煙率が下がった下がったと言いますが薬物汚染がドンドン進んでいる様子は事実みたいです。高校生が薬物やってたとか、大学生の間では普通に薬物が蔓延してるとかですね。タバコ吸わない若い奴増えたけど、薬物やる若い奴増えたよねっていうのが日本の現状じゃないですかね。若い奴にタバコって格好悪いものだと思われていますが、それっていうのは健康とかそういうことじゃなくて要するにビジュアルの問題ではないのかと。

単に草食系に代表されるような小綺麗で華奢なタイプの男が増えたということでしょう。服とか髪に臭いがつくタバコは好きじゃない。でも、体系維持も出来て快感も得られる薬物は好きみたいなおかしいのが増えたんでしょう。これならタバコ吸ってる奴の方がいくらか健全だわと思うわけですが、喫煙者と非喫煙者の薬物中毒者率みたいなのの統計データはないんですかね。タバコも薬物もどっちもやりますみたいなのは悪ぶりたいガキだと思いますし。

まぁタバコの値段を上げるという議論にはなっても、禁止するという議論にはならんのですよね。だから禁止しないなら政府は禁煙推進というのではなく、分煙推進に的を絞るべきだろうと思うわけです。喫煙者率が減れば医療費が減るとか根拠あるのかね。これだけ吸う人減ったのに医療費増えてんじゃないの?ネットではよくタバコ吸う人は健康保険料率を上げろとか言ってる人いますけど、グローバルサービスというか強制加入の保険なのにと思うわけですよ。

それ言い出したら、運転手さんとか建築現場の作業員とか怪我のリスクが高い人は保険料率上げないといけないとかそういうところにまで拡大しますよ。タバコっていうだけで脊髄反射してヒステリック起こす人見てると、日本を貶めようとする反日外人とか反日日本人見てるみたいで。どうも日本人は自分の頭で考えたりすることが苦手なようですな。まぁとにかく分煙でいいじゃね?

タバコ嫌な人が嫌だと言う権利もあるし、タバコを吸う人は吸う権利があるってことで。お互いに不自由を感じながらお互いの自由を作り出すってのが真の自由社会なわけですから。どちらかの自由だけが重視されるのはファッショです。

自分が信じたものを信じりゃいい

日付的には昨日になりましたが、京都府知事選は予想通りというか現職の三選となったようです。投票率は過去2番目に低い水準だったらしいですが。まぁ一応選挙で選ばれた人ですからこれから任期をしっかり勤め上げてもらいたい。共産党候補との一騎打ちじゃそりゃ当選するだろうと思いますがね。まぁそれはそれ。各政党が独自候補を立てなかったわけだから。

こういうのってやりきれないよなぁ・・・選択肢もないし。積極的に信任してるわけでもないけどって感じで。白票入れたって単なる無効票として扱われるだけだし。政治の責任ですけどね。有権者に対して独自候補を立てて政策論を戦わせないってのは。そういうところが投票率の水準にも出てるわけでしょうしね。低投票率だっていうのは政治家として恥じるべきだと思いますよ。ましてややる前から当選確実な3期目やろうかって人なら尚更気にすべき点じゃないかと。

話題は少し変わりますが、自分が信じたことならとことん突っ走ればいいんだと最近よく思うんですわ。自由社会である以上は、何やっても批判されるし揶揄されるし嫌味言われるし。何かをやる時には必ず批判される事を覚悟でやらねばならんと強く思うようになりました。もちろん自分が信じている事を批判されれば気分は悪いですが、自分にも相手を批判する権利が担保されているわけですからイーブンだと考えます。いかなる事も批判は許さないというような社会になったらそれは自由のない社会ですから。

だから、どんな主張であろうが好き勝手に言っていいんですよ。それを批判する人がいてどっちの理屈が信頼できるかというレベルの事であって。細かい事は言ったらキリがないですからね。もちろん、背景的にどうのこうのというのがあっても今言ってることが良ければそれはそれで良しと。相容れないところは相容れないですよというだけで。あまりにも潔癖すぎると何も出来ない進まないとなりかねませんので。ひとつの事で主張が一緒ならそれはそれでいいじゃないかと。個別には違いますよというのはあるわけですから。

まぁ人間ですから判断が間違うこともあるし、信じてたものが目指していることと考えていたものとは違ったとかいうこともあります。そんときには間違ってたと認めて間違っていると言えばいいわけで。んなこと別にどうってことねぇなと思ってます。もう最終的には誰に何を言われようが糞食らえだって話で。あっちの話に惑わされ、こっちの話に騙されてなんてつまらんことです。自分が信じたことをやりゃいいじゃん?と。あまり一回信じた事に間違っていると気づきながら固執するのはどうかと思うだけでね。

あと、最後に知事選の結果を伝える記事を見て思ったというか、ネットの動画とかでも言ってたけど「地域主権」って何ですかね。主権って言葉の使い方が間違ってるというか、地域の自主性ってのは国家の方針に逆らってまで勝手にやっていいというものではないでしょう。誤解与えますよ?道州制の国でもないんだから主権って言葉は誤用ではないかと。まぁ確信的に使ってるのかもしれないですが。

最近、大阪やら宮崎やらのタレント知事の言動見てると勘違いしてるんじゃないのかな?と思った次第です。タレント出身が駄目だとは言わないけど目新しいことを言ったりやろうとしたりするのが政治じゃねぇだろ?と思うなぁ。有権者がそういうの好きだから知事になれるわけだが。もどかしいかなですな。当方も別に大したものがないので偉そうな事を言えた分際でもないわけですが。

参院選に向けて新党がぞろぞろ出てきた

参院選というのがニュースの話題になってきた。そこに新党結成のニュースもぞろぞろと。平沼と与謝野の「たちあがれ日本」とか地方首長経験者の新党とか。自民党も民主党も国民の支持を集めてはいないということの証左でもあるのかな。自民党を下野させて民主党をやらせてみたけど、ロクなことしないけど自民党でもないという。

立ち上がれ日本がどういう人を参院選に擁立するのかわからないですが、自主憲法の制定を掲げている事は大変評価していいことだと思います。消費税議論にしても上げることは不可避だというのはだいたいどの政治家も共通の認識のようですから言うべきことをハッキリ言ってるという感じもします。景気が回復しない状態で上げることには大反対ですけど。まぁいずれは上げるってことは間違いないようですし。ただ、今すぐだって言うなら違うと思いますけどね。

景気刺激をして景気が持ち直してからというならいいですけど、しばらく難しいんじゃないんですかね・・・いろんな政党があって色々な主張があってというのが一番いいです。選択肢の広がりはいいことだと思いますし、二大政党なんて言っても結局は連立なんかしたら二大政党じゃないし。一党の意向がそのまま反映されたらそれはそれで独裁だなんだとうるさい国なんだから二大政党は合わないような気さえする。

だいたい二大政党なんて国民に愛国心が満ち満ちていて国益最優先に考える政党だけの国でしか成立し得ないと思うわけで。保守とリベラルならまだしも、既得権集団と売国集団とどっちがいいと言われても国民としては選びようがないわけで。立ち上がれ日本にしても、実際に出してくる政策を見てないことには何とも言えないなと。もう理念とか主張だけで判断するのは止めた立場からすれば自主憲法なんて言って結党しただけで支持しますなんてわけにはいかないな。

実際に国会で何をやったかで選ばないと。選挙の時に言う事なんて綺麗事と当たり障りのないことばかりで国民におもねるようなことしか言わないんだから基準にはならない。どこがあるいは誰が一番国の事を本気で考えているのかを基準にしないと。どれだけ国の役に立つ人なのかを見極めないと。自分に聞こえのいいこと言う人を選ぶってのは国政選挙での基準じゃないと思ってるので。ぶっちゃけ細かい政策はどうでもよくて、日本をどうしたいのかという主張こそ大事だと思うのです。

とは言うものの、この国がどうなって欲しいのかなんて考えてる人は少ないと思うんです。日本がどうあるべきで、どうなって欲しいのかなんて国家観というかそういうものがない奴が選ぶ奴がロクでもないってのは仕方ない結果ではないかと。言ってる事がここが違うあそこが違うって細かいことはどうでもよくて見てるゴールが一緒かどうかですよ。自分が生まれて育った国がこの先どうなるのかという理想を持ってるかどうかで。

国民に国家観がないんだから、選ばれて出てくる奴もそりゃロクでもない奴になるわなと思うんです。保守でもリベラルでもいいんだけど、日本はこうあるべきだという理想は持つべきでしょう。軍隊持たない、核持たないってんならどうやったらそういう国が実現できるかという道筋まで考えないと。理念だけで周りの国は動いてないんだから。話せばわかるなんて綺麗事で世界が回ってないわけだから。人は話せばわかるなら世界で戦争なんて起こっちゃいないですよ。話してもわからないことだらけだから争うわけで。

そりゃ利害が違うもの同士で話せばわかることなんてないわけで。殺し合ってでも譲れないものが国家にはあるから戦争になるわけでね。そこを無視した理屈は全部綺麗事ですよ。話せばわかるならみんな自分の思うように人生進められますよ。こっちに譲れないものがあって話せばわかると信じるのは勝手ですが、相手も譲れないものがあって話せばわかると思ってる両者が話し合いで分かり合えるとは思いませんね。じゃ殺し合って解決しましょうとなるのは必然のような気もしますよ。

こっちにも譲れないものがあるけど、相手にも譲れないものがあると。でも殺し合いは避けたいからこっちが譲ってそれを避けようという事もそりゃ個人間ではあるだろうが、国家間でやってはいかん。それって国益を損ねてまで争いを避けようってことでしょ。そんなの外交じゃねぇ!少なくとも国益を損ねていいなんて裁量を政治家に持たせた覚えはない。まぁ国民の大多数が国益損ねても日本は譲歩しろというなら別でしょうが。そんな事を自己中になってる日本人が思ってるわけねぇし。

とにかく参院選では各党が出してくる政策を見て判断するしかありません。少なくとも、衆院選で公約違反と公約に書いてないことを強力に推し進めようと画策した民主党だけには投票すべきじゃありません。自民党も含めて嘘吐きの実績がある党には投票しない。出来たばかりの党は何とも言えんが、それくらいの良識が日本人にもあっていいと思う今日この頃。

CR機は違法?パチンコファンが賠償請求

>前代未聞「パチンコ過払い訴訟」がボッ発!「警察が許可したCR機は違法だ」週刊文春が報じる(ビジョンサーチ社)

vsearch.co.jp/entry/news02/post-450.php

 

なかなか斬新な目線のニュースです。パチンコ屋の換金システムを問題視するのではなく、設置されている機械を問題視するわけですか。しかも、相手はパチンコ屋ではなく公権力を相手に国家賠償ですか。内容を要約すると、確率変動という機能を搭載したパチンコCR機は違法であり、違法なものを許可した国および国家公安委員会および警察は賭博幇助にあたるから賠償しろということらしい。

原告側の訴えによれば、現在の規則では景品の最高限度額が「1万円を超えないもの」と定められていることに対して、「1回の大当たりで獲得できる遊技球の上限が2400個、パチンコ玉1個が4円と換算すれば9600円が上限となるところ、確率変動の場合は大当たりが1回でなく無限回の可能性があり最終的には限度額の1万円を超えるため、これが賭博罪にあたる」との主張をしている。

さらに、「2004年の規則改正で警察庁が初めて確率変動を公に規定したことで、射幸性の高いパチンコ機で公然と賭博行為が行われるようになった」ということで、規則を定めた国が賭博幇助にあたるとして糾弾し、このような規則改正は上位規則である風営法に定められる「著しく射幸心をそそる」という条文に違反していると指摘している。当該規則の担当である警察庁生活安全局保安課はCR機が賭博罪にあたるかどうかの回答を避けたという。

こういう事案の判決というのは興味ありますね。裁判所がどういう判断を下すのか。これ、CR機に違法性があると認められたら、記事も指摘している通り全国的に波及すると思いますよ。多分、今のパチンコホールに設置されているパチンコ機の90%以上がCR機でしょうから。CRが駄目ということになればイコール確率変動が駄目だということになるわけですし。原告が裁判に至った理由は置くとしても、まぁ言ってることはわからんでもないわけで。どうなるやら。

これ、パチンコのCRが駄目だということになったら、スロットにも同様の理屈を適用した裁判だってあり得るわけですからね。まぁパチンコ屋の利害関係者は公権力にも多いと思いますから、指摘通りの結果にはなりにくいとは思ってますけど。パチンコ屋もビジネスモデル崩壊してるんだから考える時に来てんだけどね。あれだけ巨大化した市場を維持するのに客の財布が主な収益源ってのが無理あるんだよな。企業広告に依存してきたマスメディアと一緒だ。

そもそも、1日に勝って10万なんて賭博なのに年間何十兆もの産業になる事自体無理がある。今の世の中、毎日1万円負けられる人がどれだけいると思ってんだか。そもそも毎日1万円負けられる人はパチンコ屋の主な顧客じゃないっての。とは言ってもパチンコ屋はなくならないと思いますが。資本力の弱いところが淘汰されるだけだと思ってます。強いとこはそれなりにやるでしょう。大手は未だに毎年数百人とかいう規模で新規採用してるわけですから。

もうね。パチンコを潰すというより業界から朝鮮人駆逐する方考えた方が早いよ。パチンコやめろやめろって言ったってほとんど効果ないでしょ。賭博なんだからやってる人はそう簡単にやめやしない。ホントに潰すなら政治に浸透して警察に対する影響力持たなきゃ。警察の人事に口出しするとか。パチンコと癒着してる奴は徹底的に人事で吊るして、閑職に回して干し上げる。今までズブズブになってる奴は適当な理由つけて弾き出す。これくらいしなきゃパチンコと警察の癒着なんて引き剥がせないと思うがどうか。

止まない雨はない

どうも、人というのはおかしなもので調子がいい時にはイケイケなんですが、調子が下降気味になると何をやっても駄目な気になるんですよね。まぁ感覚というか思い込みみたいなものですから錯覚と言えば錯覚で、そりゃただ単に現実を見失っているだけなんですが、調子の悪い時にはそういうものが見えないというか見ない傾向になるようです。

ツイてる時ってのはだいたい何をやってもうまくいくもんで、それこそセオリーに外れたことでもうまくいくというか後から考えればセオリー通りにやってりゃ成功してなかったなんて事もあるわけです。だからどうしても調子を崩すキッカケってのはセオリーを見失っている時というか、現実を見つめれば見つめるほどセオリーの大事さに気づきながら奇跡が起きなきゃ回復不可能なところまで追い込まれていたりするものです。

そこでセオリー通りにやって回復を待てばいいものの・・・一回味わった濡れ手で粟を忘れられずに奇跡狙いの手法を強行してとんでもないことになるということも多いわけで。まぁだいたい破綻する時ってのは最後の最後なんて、それが成算のないことだなんて理解してる事が多いと思うんですよ。でも起こり得る奇跡を信じて賭けに出るという。まぁ破綻する人の典型的パターンですが、一発逆転する人も中にはいるわけで。でも一発逆転する人ってのはしたたかなもので、奇跡を誘導できるだけの秘策を持っているというか。

まぁもちろん賭けですからうまくいかないこともありますが、これがこうで、これがこうはまってというようなプランがあるわけですよ。数打てば当たるなんてことは絶対してないなと思うわけです。もう経験的にですが、1000万あれば「まぁしばらく安泰だ」と思えるから多少大胆な事もできるわけです。調子が良ければそれがはまって大成功なんてこともあるし。それが少しずつ減ってきて500万になってくると「あぁそろそろやべぇな」となるわけですがまだまだホントの危機感はありません。

ズルズルと手持ちを減らしてきたら、だんだん打つ手が安全策一辺倒になるか一発逆転狙いになるかで分かれると思います。それが裏目に出ると何を信じていいやらわからなくなって、狂ったような手で手持ちをさらに減らす。残り100万になると背水の陣という気持ちになるか、「まだ数回は勝負できる」と開き直るかに分かれるでしょう。そこで最後はゼロになるってのが破綻する時なのかと。

調子がいい時は縦横無尽に色々できるわけですが、調子を崩すと打つ手がワンパターンになってきて見透かされるから完全に裏目に出るという。かと言って石橋を叩いて渡るようじゃ伸びないしねぇ・・・難しいところですが攻める時と撤退する時の見極めを絶妙にできるようになりたいなぁと常々思うんですよね。仕事でも調子に乗って攻めてるとズルズルと袋小路に入り込んで溜め込んだ信頼なくなったりとか。

後から考えりゃ「あぁ・・・あの時引き際だったよなぁ・・・なんとなくわかってたんだけど引くに引けなかったんだよなぁ・・・でも引いてたらこんな事になってなかったよなぁ」とか思うことあるわけで。結局は自分の器量をしっかり把握して、物事を冷静に見る目が必要だなぁと思ったところです。まぁ自分の限界を知るってことですかね。そのときの自分の力量を正確に知るってのは案外出来ないもんだな・・・根が冒険家なので「駄目だとわかっちゃいるけどやってみたい」なんて考えるようじゃ、俺も全然成長してないなぁと思った今日この頃。

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