日付的には昨日になりましたが、京都府知事選は予想通りというか現職の三選となったようです。投票率は過去2番目に低い水準だったらしいですが。まぁ一応選挙で選ばれた人ですからこれから任期をしっかり勤め上げてもらいたい。共産党候補との一騎打ちじゃそりゃ当選するだろうと思いますがね。まぁそれはそれ。各政党が独自候補を立てなかったわけだから。
こういうのってやりきれないよなぁ・・・選択肢もないし。積極的に信任してるわけでもないけどって感じで。白票入れたって単なる無効票として扱われるだけだし。政治の責任ですけどね。有権者に対して独自候補を立てて政策論を戦わせないってのは。そういうところが投票率の水準にも出てるわけでしょうしね。低投票率だっていうのは政治家として恥じるべきだと思いますよ。ましてややる前から当選確実な3期目やろうかって人なら尚更気にすべき点じゃないかと。
話題は少し変わりますが、自分が信じたことならとことん突っ走ればいいんだと最近よく思うんですわ。自由社会である以上は、何やっても批判されるし揶揄されるし嫌味言われるし。何かをやる時には必ず批判される事を覚悟でやらねばならんと強く思うようになりました。もちろん自分が信じている事を批判されれば気分は悪いですが、自分にも相手を批判する権利が担保されているわけですからイーブンだと考えます。いかなる事も批判は許さないというような社会になったらそれは自由のない社会ですから。
だから、どんな主張であろうが好き勝手に言っていいんですよ。それを批判する人がいてどっちの理屈が信頼できるかというレベルの事であって。細かい事は言ったらキリがないですからね。もちろん、背景的にどうのこうのというのがあっても今言ってることが良ければそれはそれで良しと。相容れないところは相容れないですよというだけで。あまりにも潔癖すぎると何も出来ない進まないとなりかねませんので。ひとつの事で主張が一緒ならそれはそれでいいじゃないかと。個別には違いますよというのはあるわけですから。
まぁ人間ですから判断が間違うこともあるし、信じてたものが目指していることと考えていたものとは違ったとかいうこともあります。そんときには間違ってたと認めて間違っていると言えばいいわけで。んなこと別にどうってことねぇなと思ってます。もう最終的には誰に何を言われようが糞食らえだって話で。あっちの話に惑わされ、こっちの話に騙されてなんてつまらんことです。自分が信じたことをやりゃいいじゃん?と。あまり一回信じた事に間違っていると気づきながら固執するのはどうかと思うだけでね。
あと、最後に知事選の結果を伝える記事を見て思ったというか、ネットの動画とかでも言ってたけど「地域主権」って何ですかね。主権って言葉の使い方が間違ってるというか、地域の自主性ってのは国家の方針に逆らってまで勝手にやっていいというものではないでしょう。誤解与えますよ?道州制の国でもないんだから主権って言葉は誤用ではないかと。まぁ確信的に使ってるのかもしれないですが。
最近、大阪やら宮崎やらのタレント知事の言動見てると勘違いしてるんじゃないのかな?と思った次第です。タレント出身が駄目だとは言わないけど目新しいことを言ったりやろうとしたりするのが政治じゃねぇだろ?と思うなぁ。有権者がそういうの好きだから知事になれるわけだが。もどかしいかなですな。当方も別に大したものがないので偉そうな事を言えた分際でもないわけですが。

