2012年もう一ヶ月終了。時間が経つのは早いもんで(2012/02/04)

24時間テレビってまだやってんだ

ちょい前にテレビをつけたら日本の夏の風物詩となっている日本テレビの24時間テレビのエンディングが放送されていた。あ~今年もまたやってんだ。とか思ってたらサライが流れるところをオカマが泣きながら母親と思われる女性と涙ながらに崩れていた。なんか言ってたけど特に興味もないのでそのまま消した。

ていうか、あれを毎年楽しみにしてる人とかいるのかな。あれって集めた募金をどっかに寄付してんだよね。それで助かってる人もいるんだろうしやる意味はあるのかなとは思うけどさ。それで出演者だのテレビ局が報酬を得たり利益をあげたりしてるのってチャリティーの理念に当たらないような気がずっとしてんだよな。まぁそのような批判は色んなところであるようなのでいいんだけど。

あれって誇大広告とか嘘偽り大袈裟とかに当たらないのかね。チャリティーマラソンとかチャリティーなんとかって・・・出演者にはギャラが出るらしいじゃないですか。日本の道路を歩くだけで何がどうチャリティーなのかと。まぁ走ってないとか車移動があったとか歩いても楽勝でゴール出来る距離だとかは別にいいんだよ。そんなの営利企業が演出でやることだから。歩いててもいいし、楽勝でゴール出来る距離設定しかしなくても問題ない。ただそれの何がどうチャリティーに結びつくのかと思うんだよな。

走る役の人には多額のギャラが支払われて、前後には各番組出演と色々な恩恵があるわけだろ。まぁ別に利益を全く得るなとは思わないけど、少なくとも出演料くらい辞退しろよな。くれるから貰ったとか言い訳にもなってないというか。目くそ鼻くそというか。身体障害だったり知的障害だったりの人が頑張ってるとこ取材して・・・まぁいいよ。その辺は自由だから。で、それを視聴者に見せて可哀想だからお金出せってか。程度や内容は違っても普通の視聴者もそれなりに大変で可哀想だよと思うけどね。

どうせやるなら金のある著名人が普段からこんなチャリティー活動をしてますとか、著名人がこんな財団をやってこういう人たちを支援していますとかさ。芸能人が道端歩いてるとことか武道館で歌ってるとこを放送して・・・まぁいいんだけど。この著名人は普段から福祉施設を訪問したりしてこういう支援してますとか紹介するなら、まぁチャリティー精神ってのは大事なんだなとかそういう啓蒙になるかもしらんが。そもそもチャリティーなんてのはそれなりに恵まれて豊かな生活してる人がすべきもんだろ。今の日本でそこまで心に余裕のある人がいるだろうかって。そういう人たちが少なくなったのは政治の責任だろ?じゃぁ政治に問題ありだろとかそういうとこに話が行き着くわけなんだけど(笑)

奉仕精神なんてのはそもそも普通の奴が持ち合わせてるもんじゃなかろうに。ああいうの見るとなんだか偽善的だなと思ってしまう自分がいたりして。まぁ陰で笑ってようがチャリティーだチャリティーだと言って、結果恩恵を受けてる人はいるわけで。それはそれかもしらんけど。ちなみにマラソンが完全にゴール出来る楽勝設定になってるのは、出演者の負担というよりは初期に寛平がゴール出来なかったトラウマからだと思われる。構成上やっぱり最後は感動のゴールで終わりたいという局側の思惑だろ。まぁそれはそれで意図は理解出来る。じゃマラソンなんかに拘らなくてもいいしやらなくてもいいんでは?と思うな。

まぁ世の中人知れず社会貢献活動をしている著名人もいるし、団体もあるしチャリティー精神に溢れている人はそれなりにいる。ああやってテレビでチャリティーだチャリティーだと吹聴してる奴ほどチャリティー精神がないように見えてしまうのは仕方ない事で、やるならそれを理解して飲み込んだ上でやってりゃいい。社会貢献活動なんてのは「やってますよ~」って見てもらうものではなく、誰からも知られなくてもいいから自分の思いとしてやっているというものだと思うんだけどもな。24時間テレビが偽善だと批判されるのはそういうとこじゃないのかなと思っているのですが。
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このページは、サイト管理者が2010年9月 1日 01:56に書いたブログ記事です。

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